第14話 空島を探索しよう。
谷底の遺跡から雲の上へと。
花吹く大地はある、けれども眼下には雲も見えるのだ。
山頂に立ち世界を見下ろしているような、そんな感覚に襲われる。
ごおおおおおぉぉぉ……
ごおおおおぉぉぉ……
強い風に飛ばされないように身体を小さくさせながら、リリィは周囲を見渡した。
すぐ側に谷底で見た石碑と同じ物がある。
それにしがみつくバッカス中将と、彼の肩で丸まっているオムレツの姿も。
「バッカス中将、大丈夫?」
リリィは腕で強風から顔を守りながら、バッカス中将へと問うた。
魔力を吸われた、と言っていた彼は、強風の中すんなりと立ち上がる。
「……はい、僕としたことが油断しました」
「その石碑で移動したんでしょ? 戻れないの?」
「今すぐは難しいです。僕の生殖器機能が停止してしまいます」
「生殖? それって大事なの?」
「僕の存在価値そのものです」
「そか、じゃあしばらくは無理って事なんだね」
リリィは立ち上がると、改めて周囲を確認する。
少し歩いて判明したことだが、石碑はどこかの山頂にある訳ではなかった。
「バッカス中将、この島、空に浮いてる」
「空に浮く? そうですか。恐らく、ここは空島と呼ばれる場所なのでしょう」
「空島?」
「はい、魔王兵器から逃れるために、人類は空へと逃げることを計画したと記録が残されております。ここがその逃げ場だったのでしょう。あの谷底の転移装置は魔王兵器から逃れるために、あんな場所に設けられたのでしょうね」
確かに、地上からここまで離れていては、魔王兵器の脅威も及ばないかもしれない。
避難先宜しく、浮かんでいる空島はひとつではなかったのだ。
無数の空の楽園、それが過去の人類が生み出した空島という住処。
「じゃあ、生きている人間がいるってこと?」
「……いえ、探知魔法に引っ掛かる熱源はありません」
「え? せっかく空の上に逃げてきたのに、死んじゃったの?」
「原因は不明ですが、恐らく」
「そっか、残念。あ、でもでも、人がいたってことは、食料があるんじゃないかな?」
避難先な以上、水と食料があるはずだ。
場合によっては、生活としての拠点も生きているかもしれない。
一縷の望みにかけて、リリィとバッカス中将は空島探索を開始する。
「それにしてもさ、この空島ってどうやって浮いているのかな?」
「風に浮かぶ鉱石を利用しているのだと、記録に残されております」
「風に浮かぶ鉱石? そんなのあるんだ」
「はい、浮遊石と呼ばれる石材になります。ほらリリィ、丁度真上に空島がありますが、島の底辺は全て、黒い幾何学模様の石材で出来ているでしょう? あれの上に農作物に適した土壌を積載させ、空へと浮かべたのだと記録に残されております」
見上げると、確かに空島の下には黒い石材があり、石材の表面を何本もの緑色の線が光を放ち続けていた。
「あの緑色の光、バッカス中将の魔力に似ているね」
「そうですね。風を受けて自動で発動する魔法、そんな感じなのかもしれません」
「そっか……ねぇバッカス中将、この島はもう何もないみたいだから、他に移ろ」
「はい、そうしましょう。浮遊魔法で行きましょうか?」
「ううん、私は飛べるから平気」
リリィはかがむと、ぴょんとジャンプして他の島へと飛び移った。
彼女が飛んだ距離は恐らく三十メートル、地上で見かけた十階建てのビルに相当する。
「ほら、バッカス中将、早くー!」
「わかりました、少々お待ちくださいね」
バッカス中将は空島の端に立つリリィを見上げながら思った。
今日は白ですね、と。
「さっきはお花畑だったけど、ここは建物が沢山あるよ」
「ふむ、島によって目的を設けてたのかもしれませんね」
「さっきのが公園だとすると、ここは住居、みたいな?」
公園にしては広大だったが、バッカス中将は何も言わず。
ただ一人、探知魔法を発動させ、その結果に眉をひそめる。
「確かに人工物っぽいけど、何だかこれまでと違うね」
「木材と土で出来た住居ですね、鉄だと重さに浮遊石が耐えられなかったのでしょう」
「ああ、そか。鉄って重いもんね。昔の人っていろいろと考えてたんだ」
「そうですね……ですので、ここはそのままにしておきましょうか」
リリィが扉を開けると、室内にはおびただしい数の骸骨があった。
一人一人丁寧に埋葬された、という訳ではないらしい。
死体を適当に放り投げて閉じ込めておいた、そんな感じがする。
「ここ、お墓かな?」
「いえ、違いますね。ここは巣のようです」
「巣? 一体なんの?」
「この空島を支配する魔王兵器の巣、でしょうね」
人が生活する場所を、星は許しはしない。
例えそれが空であっても、文明の残滓を消し去るのだ。
「なんか来たね」
「ええ、低体温生物、探知には引っかかっておりましたよ」
それは、翼の生えた蛇のよう。
手足のない胴体をしならせる仕草は、対象を無意味に恐怖に染め上げる。
「これも、魔王兵器なの?」
爆風と共に現れた敵に対して、リリィは問うた。
彼女の目が赤く輝いているのを確認し、バッカス中将は力強く返事をする。
「はい、間違いなく。僕たちのターゲットです」
「そっか……前は模造品だったから、今回は本物だといいね!」
バッカス中将から大剣、テンプリウム・ストームを受け取ると、リリィは白い歯を見せながら笑顔になり、浮かぶ敵へと猪突猛進に突っ込んだのであった。