第13話 謎の遺跡を探索しよう。
「クウちゃんは水だけで走るとか凄いね」
「はい、水だけで走る仕組みまでは、僕の記録に残っていません」
「ということは、壊れたらおしまいってことか。クウちゃん、大事に使おうね」
二人と一匹は、森に犯されつつある道を進んでいた。
目標は魔王兵器の破壊、ただひとつ。
「おや、探知魔法に何かが引っかかりましたね」
「本当? 生きてる人かな?」
「いえ……これは、魔法? 一度確認に向かいましょうか」
目標は決まっているものの、それがどこにいるのかまでは分かっていない。
ビルを襲ったワーム型以降、魔王兵器の模造品にすら出会えていないのだ。
バッカス中将は探知魔法の精度を上げながら、森の奥へとクウちゃんを走らせる。
「深いね」
「そうですね。残念ですが、ここからは徒歩で向かいましょうか」
二人の前に現れたのは、深い谷であった。
向こう岸に行くためには橋が必要な程に深い谷。
恐らく谷底には川が流れていると思われるのだが、肉眼で目視することは出来ない。
それほどまでに深い谷だからこそ、何が反応しているのか気になるところ。
防衛兵器のクウちゃんをコンパクトにした後、二人は谷底へと降下を始める。
「急斜面とはいえ、そんなでもないかな」
リリィはぴょんぴょんと、小さな足場を器用に使いながら飛び降りる。
バッカス中将は巨体が故に、崖を削りながら落ちる、といった感じだ。
そして彼の肩には、オムレツという名前の黄色い赤ちゃんドラゴニアが丸まっている。
「オムレツって飛べるのかな?」
「風雨竜は飛竜の部類に入ります。翼もあるでしょう?」
バッカス中将はオムレツの、リリィの小指程度の大きさしかない羽を摘まみ上げた。
さすがにこれで飛ぶのは無理がある。
リリィは苦笑するのみだ。
「とりあえず、落とさないようにね」
「配慮します。リリィの方こそ、お気をつけて」
「ありがと。でも、そろそろ谷底見えてきたし」
谷底に下りると、そこには予想通り川が流れていた。
川、というよりも小川といった方が適切だろう。
「アレが、バッカス中将の探知魔法に引っ掛かった感じかな?」
谷底の周囲に草木はなく、地面は水流で削られたであろう白い石ばかり。
せせらぎの音しか無い世界で、その建造物はぽつんと佇んでいた。
「人工物ですね、四角く切り抜いた石を積み上げた建築をしています。この建築方法は人の歴史から見てもとても古く、川底にあったのか石に苔もむしています。全体に緑色をしている、相当な年数が経過していると思われます」
「説明は分かったから、中に入ろ」
「リリィ、苔部分は滑りやすくなってます、足元にお気を付けください」
「まったくもう、バッカス中将は心配性だなぁぁぁぁっとぉ!?」
言った途端に、入口の段差でリリィは派手に転んだ。
あまりの音に寝ていたオムレツも起きてしまう程だ。
「あいたたた……」
「リリィ、大丈夫ですか?」
「うん、平気、想像以上だった」
「お気を付けください。良ければ僕の腕につかまりますか?」
「そうしておこうかな」
ひょいとバッカス中将の腕を掴み、ふと、リリィは気づいた。
「そういえば、バッカス中将の身体にも苔あるよね」
「そうですね」
「ということはさ、バッカス中将も川の中にいた事があるってこと?」
「いえ、そのような記録は残されておりません」
全体的に緑なのは服に見える部分のみ。
青白い髪や端正な顔部分には、苔はついていないように見える。
「ふぅん……今度、バッカス中将の身体も洗おっか」
「いえ、以前立ち寄ったビルで洗浄済みなのですが、この苔は落ちませんでした」
「そうなの? 頑固だね……あ、確かに、全然落ちないや」
がしがしと靴でこするも、バッカス中将の苔は落ちず。
「まぁいっか」と諦め、二人は遺跡内へと向かった。
「明かりを点けます」
遺跡の中は暗く、そしてカビ臭い。
バッカス中将が目を緑色に光らせることで、ようやく足元が見えた。
升目状に設けられた床石、積み上げられた壁や天井も白い石で統一されている。
「階段だ」
「ええ、リリィ、お気をつけて」
入ってすぐに階段があり、それを降りる。
どこまでも降りていくと、やがて二人は最下層の広間に到着した。
「うわ! 広い! なんなのここ!」
リリィが叫ぶも、声が不自然に響かない感じに聞こえる。
防音室の中で叫ぶような独特な感じだ。
「あー! あー!」とリリィは楽し気に何度も叫ぶ。
「上物はあくまで入口だったのでしょうね。見て下さいリリィ、石碑がありますよ」
「石碑? ああ、ほんとだ。で、なんて書いてあるの?」
「少々お待ち下さい、解析を開始します」
室内中央にそびえ立つ石碑には、確かに文字が刻まれていた。
バッカス中将の目から放たれる解析の光がその文字に触れると、文字全体が輝き始める。
「なんかカッコいいね、演出?」
「いえ、違います。僕の魔力が、石碑に吸い取られています」
「そうなんだ、凄いね。……へ? 吸い取られているって?」
「これは……マズイです、止められません」
次の瞬間、石碑から強烈な光が放たれると、リリィは咄嗟に目をつむった。
途端、匂いが変わった。
石碑内の滞留したカビ臭いものから、とても爽やかな花の香りへと。
目を開くと、そこは真っ暗な遺跡ではなく。
「なんなの、ここ」
風吹きすさぶ雲の上へと、リリィとバッカス中将は転移していたのであった。