第12話 黄色いもふもふの名前を決めよう。
リリィとバッカスの前に、一匹の可愛らしいもふもふした存在がお座りをしている。
短い手足を揃えて座っている様は、もうそれだけで愛らしくてたまらない。
「もう一度聞くけどさ、本当にこの子が風雨竜の赤ちゃんなの?」
「はい、風雨竜、ウェザードラゴニアに間違いありません」
バッカス中将は子犬を抱きかかえると、もふもふした毛を梳いて地肌を見せる。
「あ、本当だ、鱗だ」
「はい、幼年期のドラゴニアは鱗の上に羽毛が生えているのです」
「へぇー。どれぐらいで大きくなっちゃうのかな?」
「長寿種ですので、十年はこのままですね」
「そっかぁ。でも、なんで鳥の巣にドラゴニアの卵があったのかな?」
他の卵もドラゴニアだったり? とリリィが問うも、バッカス中将は違いますと断言した。
「恐らく、托卵だったのでしょう」
「托卵?」
「はい、卵を他の動物に託し、飼育させることを言います」
「ドラゴニアが? そんなみみっちいことするの?」
バッカス中将の腕の中にいる赤ちゃんドラゴニアを奪うと、リリィは抱きながら座り込んだ。
「基本的にドラゴニアとは単一で行動する種族です。それが自分の子供であったとしても変わりません。育児……育竜と言いますか、親として子供を育てる、という行為をしないんです」
「そうなの? よく生きていけるね」
「絶対強者ですから。そもそも、ドラゴニアは自身の子を嫌います」
絶対強者、と呼ばれている赤ちゃんドラゴニアのもふもふお腹に、リリィは顔を沈める。
「知的生命体ですから、成長した後のことを考えるのです。身体が大きいということは、それだけ食料が必要になります。たとえ親子であったとしても縄張り意識を持ち、狩場を譲らないんですよ。火竜、ドラゴニアの産卵を共に見ましたよね?」
「うん、コロコロ転がってた」
「はい、むしろあの火竜は、あの塔に卵を捨てに行っていたのだと思われます。あの場所に産卵すれば勝手に排除、もしくは卵が割れるという事を知っているのでしょう。それほどまでに、ドラゴニアとは孤独を好み、子供への愛情を注がない生き物なのです」
赤ちゃんドラゴニアはリリィの膝の上で横になると、そのまま瞼を閉じた。
お人形さんのような可愛さに、リリィは思わず口をむずむずさせる。
「話は戻るけど、じゃあなんで托卵を? 子供嫌いなんだよね?」
「恐らく、親竜に寿命が近いのだと思います」
「……そか」
「無論、産卵は別の場所で行い、手下に鳥の巣に運ばせたのでしょうね」
「でもなんで鳥の巣なんだろうね。もっと地上の方が食べ物とかあるのに」
「何を言っているんですかリリィ、巣の中に卵が沢山あったんですよね?」
「うん」
「なら、それを食べるに決まってるじゃないですか」
「……あ、なるほど」
「数千羽分の巣があったのですから、それはもう食べたい放題です。しかも餌付けに親鳥もやってきますから、身体が大きくなれば親鳥だって食べます。ご馳走が勝手にやってくる状態ですよ」
あの巨鳥をこんな小さいのが? とリリィは疑問に思う。
柔らかな尻尾を優しく撫でながら、鼻と鼻とをくっつけながら微笑む。
「最終的に森に生きる生き物、全てを喰らい支配し、あの森の覇者として生きる運命だったのでしょうね。それが、リリィによって確保され、遠くへと連れ去られ、今はこうして子犬のように愛玩動物となり果てている。どうしますかリリィ、このドラゴニア、元の場所に戻しますか?」
膝の上で眠る赤ちゃんドラゴニアは、既にぽかぽかだ。
お腹をさらけ出して、完全に無防備な状態で爆睡している。
「いや、無理でしょ。あの鳥さんたちが襲ってくるよ」
「そうですね、戻ったが最後、集中攻撃を喰らうと思います」
「まぁ、育ったら知的生命体、って奴になるかもしれないし?」
「では、このまま飼う、ということで宜しいのでしょうか?」
「そだね、それが一番なんじゃないかな」
リリィは四つ足の、黒くてもにゅもにゅの肉球を揉み続ける。
「かしこまりました。最終的に非常食にもなりますからね」
「……え、結構残酷なこと言うんだね」
「そうでしょうか? 過去、人間は家畜という、食す為に動物を飼育していたと記録にございます。それにドラゴニアの肉はいつの時代も高級食材の仲間入りをしていたそうです。加えて、この風雨竜は草食系であり、肉の臭みもなく旨味たっぷりな仕上がりになるとか」
高級食材という言葉の意味は理解できないものの。
香ばしい肉が焼けているのを想像したリリィは、一人唾を飲み込む。
「……ダメダメ、こんな可愛いの食べるとか」
「涎が出ていますよ、リリィ」
「これは、お腹が空いたからであって」
「そうですか、では、さっそく調理しましょうか」
「だ、ダメだよ! この子は調理しちゃダメ!」
「ふふふっ、何を言っているのですか? 僕が調理するのは鳥の卵ですよ」
クウちゃんに積んであったフライパンを手にすると、バッカス中将はニヤリと笑った。
否、バッカス中将は魔法生命体だ、表情があるはずがない。
ないはずなのだが、リリィにはニヒルに笑ったように見えてしょうがなかった。
「バッカス中将のくせに、生意気!」
「はははっ、そうです、飼うのならば、名前を決めねばなりません」
「名前? 名前かぁ……黄色いし、オムレツでいいんじゃないかな」
「オムレツですか? 将来食材になりそうな名前ですね」
「食べないし。それに、どれだけ緊急事態になってもリサイクル食品があるんでしょ」
「おや、リサイクル食品をお認めになるので?」
自分で口にしてしまい、しまったと、リリィは一人げんなりとするのであった。