第11話 食料確保と、雨風竜の赤ちゃんとの出会い。
防衛兵器のクウちゃんは、八本の脚を内部へと収納することが出来る。
防衛兵器である以上、身を隠すという性能は必要不可欠だったのだろう。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「リリィ、お気をつけて」
鳥の大群を追いかけた二人は、巨木の森へと到着していた。
高さはビル程ではないものの、広がった枝葉はどこまでも日光を遮る。
以前立ち寄った呪いの館にも似ている雰囲気だが、この森は毒素を含んでいない。
木の実は普通に食べられるし、小動物だって生活している。
気持ちのいい木漏れ日の下、バッカス中将は一人、巨木を登るリリィを見守っていた。
コンパクトになったクウちゃんに腰かけながら見守るその様は、まるで父親のようだ。
当のリリィはと言うと、小柄な体を活かし、ひょいひょいと巨木を登っていく。
大剣を自由自在に扱える程の怪力の持ち主なのだ、自分の身体なんて指一本で持ち上がる。
(あは、やった。やっぱり卵いっぱいだ)
鳥が巣を作る時は、決まって繁殖期であることが多い。
上空を旋回する巨鳥に気づかれぬよう、リリィはそっと巣へと侵入する。
(予想通りだね。全部じゃ可哀想だから、食べられる分だけ持って行こうかな)
ドラゴニアエッグと同じように、巨鳥の卵もリリィの身体ぐらいには大きい。
リリィは出来るだけ大きい卵を選ぶと、ぽいぽいぽいと抱え持った。
計三個の卵を器用に持ち上げると、上がってきた木をぴょんぴょんと飛び降りる。
「成功! 見て見て、大きくない!?」
「素晴らしいです。これだけのサイズならば、いろいろな料理が出来ますね」
「たまごスープに目玉焼き、あ、小動物のお肉と一緒に焼いてもいいね!」
「はい、腕によりをかけて、美味しいタマゴ料理をご準備いたしますよ」
無事任務を終えたリリィは鼻高々だ。
そんなリリィをバッカス中将は素直に褒める。
「まだまだ沢山あるみたいだから、この場所は覚えておいても損はないかもね」
「ええ、ですがリリィ」
「なになに?」
「どうやら、親鳥に気づかれたみたいです」
バッカス中将が見上げると、つられてリリィも視線を上げた。
見れば、旋回していたはずの巨鳥の群れが、一斉に降下を始めているではないか。
「うわ、あんなに沢山! 静かに行動したのに!」
「大きな声を出してしまいましたからね」
「とりあえず逃げよ! クウちゃん早く!」
「わかりました、では、防衛兵器クウちゃんを起動します」
真四角に収まっていたクウちゃんから、八本の脚がしゅぽんと飛び出す。
舗装されていない山道であっても、クウちゃんならそれなりに速い。
かしゃこん かしゃこん
スプリングから音を立てながら飛ぶように走る。
だが、巨鳥の方も卵を獲られた恨みからか、まさに飛ぶ勢いで追尾してきた。
「うわわわ! 鳥さん、ごめんよう! 美味しく食べるから許して!」
「どうしますか? 一羽くらい倒しておきますか?」
「ムリムリ! 相手千羽くらいいるから!」
「正確には二千二百三十五羽ですね」
「そんな情報いらなーい!」
空を覆いつくすほどの数で迫る巨鳥相手には、逃げの一手しかない。
しかし、もともとが防衛兵器だ、速度重視の乗り物ではない。
「これ、追いつかれちゃうね」
「どうしますか? 卵を諦めますか?」
「んーん、諦めない」
「おや、リリィ、服を脱いでどうしましたか?」
リリィは脱いだ服で卵を固定すると、裸一貫、巨鳥の前に仁王立ちする。
「逃げるんだよ、空を飛んでね!」
多脚車輪駆動式のクウちゃんの後ろ脚を強引に畳むと、リリィは体重を掛けて沈ませた。
そして、見事なまでの美脚から、爆発的な蹴りを地面へとお見舞いする。
ドガンッ! と地面がさく裂し、クウちゃんが空を飛ぶ。
「うっひゃー! 速い!」
「これは素晴らしいですね、一気に逃げられそうです」
「鳥さんまた来るからー! 卵用意して待っててねー!」
大きく手を振るリリィに対し、巨鳥は鳴き声を上げて威嚇をし続ける。
だが、それもやがて聞こえなくなり、しばらくすると姿も見えなくなってしまった。
「ふぅ、やれやれだったね」
リリィはハッチ付近にあぐらをかいて座る。
一仕事を終えた彼女の顔は、どこか晴れやかだった。
「ええ、リリィ。それで、どうやって着地しますか?」
二人が乗るクウちゃんは、とてつもない勢いで空を飛んでいる。
無論、多脚車輪駆動式のクウちゃんには着地機能など搭載していない。
「え、どうしよっか」
「まさか、何も考えずに空へ?」
「え、だって、それしかないって思ったから」
人差し指をつんつんしながら、リリィは縋るような目でバッカス中将を見た。
なんとか出来るでしょ? という懇願の目に、バッカス中将はとても弱い。
「冗談です。飛行魔法で何とかしてみます」
「あ、そっか、バッカス中将飛べるもんね」
「はい。リリィの困った顔が見れて良かったです」
「なにそれ……もう」
リリィは頬を赤らめると、バッカス中将を軽く小突いた。
飛行魔法を発動すると、クウちゃんは速度をどんどん緩めていった。
ゆっくりと地面へと落下し、かしゃこんっと音を立てながら着地する。
「ふぅ、良かった、安心したらお腹すいちゃった」
「ええ、ですがリリィ、問題が発生しました」
「問題? タマゴ割れちゃった?」
「いえ、孵ってしまいましたね」
「孵る……え、生まれちゃったってこと?」
「はい。しかもこれは」
リリィが獲ってきた一番大きい卵。
そこから顔を覗かせているのは、もふっとした子犬のような形をした生き物だ。
「きゃあああああああ! 可愛い! 何なのこの子!」
真っ黒なつぶらな瞳でキョロキョロした後、その生き物はリリィを捉える。
タマゴの殻をよちよちと登って出てくると、ぽてんと落ち、そのままリリィの腕の中へ。
「はわわわ、はわわわわ!」
「リリィ……これは、ドラゴニアの赤ちゃんです」
「可愛い! 可愛いよバッカス中将!」
「はい、幼年期の赤ちゃんドラゴニアは子犬のように可愛いと言います」
「そっかぁそっかぁ! 赤ちゃんドラゴニアかぁ!」
黄色いもふもふに頬を摺り寄せて数秒後。
「……え? 赤ちゃんドラゴニア?」
「はい、この子は風雨竜、ウェザードラゴニアの赤ちゃんですね」