第10話 快適な移動と、変態への苦言。
「マテリアル・コア、見つからなかったね」
「そうですね。崩落に巻き込まれて流出した様子もないですし、あの程度の崩落でマテリアル・コアが破壊されるとも考えられません。可能性として挙げられるのは、マテリアル・コアを使用していない魔王兵器の模造品、といった所でしょうか」
バッカス中将はガラス瓶に収納した魔王兵器の肉片を眺める。
既に熱源反応はない。二人がエネルギーを枯渇させたのだから当然なのだが。
「コアがなくてもゲームが遊べたんならさ、コアがあったらずっと遊べたってことかな?」
「はい、それに町一個、全ての機械を起動させても余裕で耐えたでしょうね」
「えー、いいなぁ。私たち用に残してくれていたら良かったのに」
「リリィ、我々の目標は魔王兵器の破壊です。言い換えれば、マテリアル・コアは絶対破壊の最終目標ですよ」
もっともな意見を受け、リリィは沈黙した。
沈黙のまま、缶詰の中に残る油をぺろりと舐める。
「それにしてもコイツ、かなり便利だね」
「はい、今後の移動は快適になりそうです」
リリィが乗り込み、バッカス中将が運転しているもの。
それは多脚車輪駆動式の防衛兵器であった。
瓦礫の多い道であっても脚を伸縮させればどこでも通行が可能。
整った道路であれば結構な速度で移動が出来る。
「あーあ、それにしても、まさかあのビルが破壊されていたとはなぁ」
リリィとバッカス中将が根城にしていたビルは、魔王兵器によって倒壊してしまっていた。
食料や水、その他設備は壊滅状態にあり、回収できたのはこの防衛兵器のみである。
「我々ではなく、最初からそれが目的だったのかもしれませんね」
「そうなの?」
「はい、あのビルは独自の動力を持ち、過去の文明を稼働させることが可能でした」
「うん」
「恐らく、それは魔王兵器からしたら禁忌なのです」
「きんき? 何それ?」
「禁忌、許されざること、という意味です。過去、魔王兵器は人類を滅亡させましたが、具体的には人類が生み出した文明を滅亡させてしまったのです。人間という個体は脆く、戦うだけの力もありません。文明という力があったからこそ、人は星を制圧出来たのです」
道具のない人間なんて餌でしかありませんよ。
そう語りながら、バッカス中将は速度を上げた。
「速いなぁ……ねぇバッカス中将、この子にも名前つけてあげよっか」
「名前ですか? 型式を見るに〝防衛兵器ク号〟と書かれてありますが」
「ク号? じゃあクウちゃんでいっか」
「わかりました、とても可愛らしくていいと思います」
クウちゃんと名付けられた防衛兵器は、爽やかな青空の下、赤い大地に敷かれた一本の道路を延々と走り続ける。八本の脚を器用に動かしながら、綺麗に瓦礫を避けて進むのに、搭乗者への振動はほぼ皆無だ。とはいえ、バッカス中将が座る操縦手席と、リリィが座る車長席の座り心地は、あまり宜しくない。戦車の車内よろしく、環境よりも性能重視なのは否めない所だ。
「それにしても、この道路ってどこまで続いているのかなぁ」
身体を仰向けに倒し、開いたままの搭乗口ハッチから空を眺めつつ、リリィは一人ごちる。
一人ごちたのだが、きちんと返事をするのがバッカス中将である。
「基本的に道路とは、人の生活圏と生活圏とを結ぶ役割を果たしておりました。つまり始点も終点も、そこは人がいた場所、という訳です。どこまで続いているのかと言えば、人がいた場所まで、というのが回答になります」
「こんなに広い大地なのに、どこまでも人がいたってこと?」
「はい、そうなりますね」
「じゃあさ、人が増えすぎたから、魔王兵器は人を減らしちゃったのかな?」
「減らすというか、絶滅ですね。僕とリリィ以外、誰も生き残っていませんよ」
バッカス中将は探知魔法を常時発動している。
熱源探知があればすぐにでも生存者を発見できるのだが、発見者数はゼロのままだ。
「じゃあさ、魔王兵器の目標は達成できた訳じゃん? なんでまだ稼働してるのかな」
「それほどまでに、人の存在、文明が許しがたい存在だったのでしょう」
「ゲームだって楽しかったのに。こんな何もない世界で何が楽しいんだか」
「そうですね。ですが、僕はそう悪い気はしていませんよ」
「そうなの?」
「はい、僕にはリリィがおりますから」
歯が浮く言葉を耳にすると、リリィは頬を赤らめそっぽを向いた。
この感情が何なのかは、今のリリィには理解出来そうにない。
ただ嬉しいだけのような、それ以外の何かもあるような。
考えてはみるものの、やはり分からないままだ。
「わぁ……バッカス中将、見て」
「どちらをですか? 操縦席は狭いので、探知魔法を使用します」
「空、鳥が沢山飛んでるよ」
ひと昔前に見たあの鳥とは違う。
もっと大きくて、もっと凛々しい顔をした茶色い鳥。
それが数えきれない程に群れをなして、空を飛んでいるのだ。
「魔王兵器の考えていること何か分からないけどさ」
リリィは車長席から身体を乗り出すと、ハッチに腰かけながら群れを見上げる。
風に遊ぶ琥珀色をした髪を指で梳きながら、くぅと鳴る腹を手で押さえた。
「とりあえず今は、空腹を満たすために移動しよっか」
「空腹ですか? でしたらリサイクル食品をご用意しますが」
「無理でしょ。私、最近バッカス中将に提出してないし」
「……」
「え、ちょっと待って。まさかビルでしたの、回収した?」
「……」
「ねぇ本気!? 最低なんだけど! もうやだこのエロゴーレム!」
げしげしとリリィに足蹴にされるも。
表情のないバッカス中将の顔は、どこか嬉しそうに見えるのだった。