第1話 ゴーレムは眠らない。
新作、投稿始めます。
すでに完結まで執筆済みです。
ネットコンテスト応募作品になります。
応援、宜しくお願いいたします。
くぅと腹が鳴る。
ぺっこぺこに凹んだ腹を押さえながら、少女が言った。
「バッカス中将、あれって食べられるかな」
果てしなく高い空にいる鳥を見ながら、少女は口にした。
オレンジ色を透かしたような、琥珀めいた色をした髪が、肩付近で縦にカールしている。
赤いドレスのような衣装は、よく見ればちらほらと汚れが目立ち。細い腕を日光から守る白い手袋は、指先がほつれ穴が空いている。スカートからのぞく白いタイツも伝線し破れていて、履いている赤い靴も磨けば光るヒールのある靴なのだろうけど、今は薄汚れていた。
少女の名をリリィ・ハルモニアという。
どこかの貴族のお姫様のようで、没落貴族の貧乏令嬢のようにも見える。
そんな服装をしたリリィは、指を輪にして、今もなお赤い鳥を狙撃せんと見抜く。
リリィはソリにひかれていた。
安っぽい反り返った板に縄を付けただけの、簡素なソリだ。
縄の先を握るのは、涼やかな透ける水色の髪をした大男だった。
その大男が、風体に似合わぬ少年のような声で、少女の疑問に答える。
「検索結果。バッコスバード、鳥類バッコス目バッコス科。醜い見た目をしておりますが、食す分には問題ありません。胸肉は焼いて良し、煮て良しの逸品です。サイズが故に血液量も多く、ろ過浄水すれば当分の水分確保にもつながります。リリィ、どうしますか?」
空腹で腹を泣かせている少女相手に、どうしますか? は愚問だ。
「もちろん撃ち落とす。だって食料の貯蓄、もう全然ないんでしょ?」
リリィに問われて、バッカス中将は歩みを止めた。
肩にかけた巨大なリュック、腰から下げた水袋に、左肩に乗せたままの箱。
中将という名の通り、彼は膝下まであるサーコートをまとった、緑色の軍服のような出で立ちだ。たすきに掛けた巨大な鞘、それに納められた大剣。黒い編み上げの軍靴は、まさに中将と呼ぶに相応しい服装に見える。
そんな彼が、食料の管理、つまりは今日の晩御飯を考えているのだから、見る人が見たらそれだけで違和感を抱いてしまうのであろう。否、違和感というのならば、なぜこのような大男がリリィのような小娘の言うことを聞いているのか、そこからかもしれない。
「そうですね……残り一日、といった所でしょうか」
「じゃあもう、後には引けないってことだよね」
ソリから起き上がると、リリィは小さくジャンプをした。
テクテクと歩き、近くにあった石を握り締める。
建物は何一つない、あるのは草木が一本もない茶色い荒野と、どこまでも突き抜けた空のみ。
おおよそ人が築いた文明が何一つ見当たらない世界で、リリィは満足気に頷いた。
全力を出しても問題はない。
そう判断したリリィは、ぐぐぐっとその身をかがめた。
「えい!」
次の瞬間には、リリィの体は回転し、グルグルと回る余韻だけを残す。
目にも止まらぬ速さでの投石。
彼女の投石フォームすら、普通の人間には目に捉えることはできない。
ばちゅん
あり得ない速度で赤い鳥を貫通した後も、リリィの投げた石は速度を緩めず。
空の彼方でチリになっていくのを、バッカス中将だけが見守っていた。
「よし、命中した」
「さすがリリィ、お上手です」
パチパチパチと拍手するバッカス中将の背後に、リリィの石を喰らった赤い鳥が落ちてきた。
ちゅどーーーーーん、という爆音とともに、砂埃が舞い上がる。
目が大きくて首が長く。
お腹の部分は赤いのに背中は黒い。
左右の羽の大きさも、足の長さも違う。
醜い見た目という説明通り、左右非対称のとても歪な鳥だった。
そして大きかった。
身長百五十センチのリリィよりも、二メートルを超えるバッカス中将よりも遥かに大きい。
間近に見ては、小さい丘のようだ。
「頭を貫いたんですね」
「狙ったからね。お腹狙って食べる場所減ったら嫌だし」
「じゃあ後はお願いね」そう言い残すと、リリィは満面の笑みをバッカス中将へと向けた。
オレンジ色の瞳を細め、埃をかぶった顔であっても、貴族のお姫様のように品が残る。
けれども、彼女は空腹で支配されており、今にも倒れそうなくらい極貧の少女だ。
そんなリリィの欲望に応えるべく、バッカス中将は両の掌を合わせる。
バッカス中将はゴーレムである。
魔法生命体であり、一通りの魔法は使用することが可能だ。
軍服に見えるのは苔であり、彼の肉体は土と石、マテリアル・コアと呼ばれるコアで構成されている。
「鳥を美味しく調理する魔法で、ちゃっちゃとね」
「そんな単純な魔法はありません。組み合わせて使うことで料理は完成するのです」
「なんでもいいから、早く早く♪」
バッカス中将はリリィに従属するよう命じられた魔法生命体だ。
他の個体が戦場にて藻屑となっている頃に、バッカス中将だけが彼女の側にいた。
あらゆる危害から彼女を守り切り、今もこうして側にいる。
「食いしん坊ですね、リリィは」
守り抜いたリリィが目覚めた時には、戦いは終わってしまっていた。
なんなら人類は滅亡してしまっていた。
兵器としては出来損ないの人生だったといえよう。
だがしかし、バッカス中将は幸せであった。
主が与えた最後の指令。
最優先事項であるリリィを守り、こうして彼女の笑顔を見ることが出来るのだから。
「出来ました。鶏肉のソテーと、血を浄化させたお水です」
「あは、やった! ん、はふはふ、熱! 美味し! やっぱりお肉って最高!」
「残ったお肉は乾燥させて、リリィの好きな干し肉にしておきますね」
指に収納されていたナイフを使い鳥肉を丁寧にさばくと、バッカス中将はそれらを手慣れた感じで塩漬けにし、肩にある保冷庫の中へと収納した。鳥の血もリリィが飲んでもお腹を壊さないように浄水の魔法をかけて、殺菌した鳥の内臓を水袋代わりにして腰から吊るす。
リリィを守るために得ていた力と、リリィを生かすために得ていた魔法。
二つを駆使して得られる報酬は、かけがえのない彼女の笑顔だ。
「早いなあ、もう夜か」
「そうですね。今日はこのまま野営にしましょうか」
リュックの上に丸めておいたテントを広げると、一瞬で綺麗な三角の形に広がった。
リリィが中に入り毛布を敷き詰めると、ころんと彼女は横になる。
「今日は朝露が入り込まないといいね」
「あれも立派な水分ですから、むしろあった方が助かると思いますよ」
「濡れたら寒いんだもん。バッカス中将も、ゆっくり休みなね」
「はい、ありがとうございます。ですが、その前にリリィ」
バッカス中将は筒状の容器を取り出すと、リリィへと向けた。
筒状の容器を見た途端、リリィの表情が曇る。
「そろそろ排便のお時間です。リサイクル食品の為の回収を」
「嫌よ。まだ食料があるからいいでしょ。おやすみ」
「しかし、貴重な食料源を大地に垂れ流さずとも」
「私の便を食料って言わないで。アレは最終手段なの」
毛布に包まれた怜悧な瞳が、バッカス中将を穿つ。
おやすみ、という言葉と共に、彼女は瞼を閉じる。
テントの入口を閉めると、やがて彼女の寝息が聞こえてきた。
ゴーレムは眠らない。
魔法生命体に睡眠は不要だ。
この時間は彼一人の時間であり、守るべき眠り姫のために孤軍奮闘する時間でもある。
「また、こんなに沢山沸いて出てきたのですか」
夜は、死霊の時間だ。
浮遊する魂の炎は、生者を求めて彷徨い続ける。
「死んだのですから、ゆっくり眠った方がいいと思いますよ」
バッカス中将は考える。
死した後も、人は人を襲う。
戦いの記録が数多に残る人こそが、この世界の悪だったのではないかと。
「リリィには触れさせません。彼女は魔王兵器破壊に必要不可欠なのですから。そして、魔王兵器駆逐後に、人類を繁栄させる僕の大切な相方なのですから」
眠り姫を起こさないように、極力音を出さずに、死人を屠る。
バッカス中将の戦いは、朝日が昇り、死人の肉体が崩れ落ちるその時まで続いた。
「ん……おはよう、バッカス中将」
「おはようございます、リリィ」
そして、何もなかったと言わんばかりに、彼はほほ笑むのだ。
こんな夜を、彼はリリィと対面した日から毎日過ごしている。
ゴーレムは眠らない。
たとえ、毎日が戦争だったとしても。