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私としては適当にあしらいたい人でした
そういうわけで2009年の2月ぐらいからアラキさんは杉並をやめ、4月5月ごろには私も行かないようになっていました。
牧師は私のことを心配して、何度も世田谷に訪ねて来ました。彼にすれば見す見す地獄に向かっている私を放ってはおけなかったのでしょう。けれど私にとっては苦痛でした。迷惑でした。「そこの喫茶店にでも入って話そうか」と連れて行かれ、二時間も三時間も説教されます。私がアラキさんにした事を、今度は私が牧師にされるのです。アラキさんに関しては牧師もむしろ安堵したようでした。杉並には来なくなったけれども、葵さんと教会通いしていると知ったので。
でもT春花は、アラキ氏との間違いが原因で教会を離れ、棄教までしようとしている。牧師には、そのように思われたことでしょう。私からすると牧師は少し面倒くさいキャラで、普通の会話の中で「聖書の原語ではどうたら、ギリシャ語だとこうたら」と始まる。昔の神学者やら哲学者やらの説について教えたがる。衒学癖が強くて自慢ばかりしているように聞こえる話を長々とするので、私としては適当にあしらいたい人でした。




