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恋人になってくれと言っているのではない
杉並のアパートへ越して来た時点でアラキさんは既に私の毒牙にかかっていました。交際して欲しいと言ってきました。アラキさんは「超」がつく真面目人間でした。けれども知り合ってまだ数週間というほどで私のとりこになってしまったのは、やはり男性に共通する弱さのようでもありました。
元婚約者には、本当の私を話した為に愛想をつかされました。でもアラキさんには、最初から全てを話して聞かせたのでした。キリスト信者になって欲しくて。あるいは、棄教しかけている自分自身を奮い立たせたくて。私の話を聞いてアラキさんは目に涙をにじませました。私を嫌いはしませんでした。私も私で若干芝居がかった話し方をしたように記憶します。
「僕はどうすれば春花さんの相手になれる?」と言うので、「私の話を続編にしてもらえませんか?」と注文をつけました。
「僕は春花さんとの交際を希望しているけれども、恋人になってくれと言っているのではない。ただ純粋に交際してくれるだけで僕は満足」とアラキさんはそのように言いはしました。