旅の終着点
秘密基地に帰って数日。ケーナの様子が少し変だった。
「あの、ケーナ?」
「んー?」
「なんでそんなにくっついてくるの?」
隣にぴったり並んで座る彼女に訊ねる。
彼女は本に目を落としたまま首を傾げた。
「なんでだろ?」
そしてそれ以上何も言わずに文献を読み続ける。いや、それだけではなく心持ちこちらに寄りかかってきた気もする。
「離れてはくれないんだ」
「離れるとか意味わかんない」
「意味わからないってこたないでしょ」
「わたしに死ねってこと?」
「そんな大袈裟な」
頬を掻いて、まあいいか、と俺は諦めた。こういったことは今に始まったことじゃないのだ。
昨日はこんな感じだった。
「ケースケー約束通りマッサージしてよー」
寝る準備をしていた背中に彼女の声がかかった。
「約束?」
「したじゃん、森で。逃げるとき」
そうだったっけか。
でもまあそれ自体は問題じゃない。彼女がマッサージしてもらう気満々なのだから、俺はどうあがいたって断れないということだ。
「っていっても、マッサージなんてやったことないから下手くそでも怒らないでよ?」
「わかってまーす」
俺はため息交じりに、うつぶせになったケーナの背中をそれっぽい感じに指圧していった。
「おー気持ちいいよー。でももうちょっと下でー」
「はいはい……」
あれこれ指示を受けて指圧を続ける。
「あーでも幸せだなあ……」
「そりゃよかったね」
「うん。ケースケと一緒で幸せー」
思わず黙り込む。手が止まった。
ケーナはごろりと仰向けになって俺を見上げた。
「ケースケはどう? 幸せ?」
「……そりゃね」
「よかったぁ……」
ケーナは微笑んで伸びをした。
俺の下でしなやかな体が小さく反りかえる。
「お、おやすみ」
俺は慌ててフェルベッドに引き上げた。背中にケーナの柔らかい視線を感じながら。
……とまあ、こんな感じにべたべたしてくると思えば、妙に距離を取ってくることもあった。
「あの……ちょっと後ろ向いてて」
「?」
何のことやらわからずに目で問う。
ケーナは着替えを背中に隠すようにしながら心持ち赤い顔をしていた。
「ああ、着替えるの? 言われなくてもちょっと外出てるよ」
「それはダメ。そこにいて。でも見るのもダメ」
「……なんで?」
「恥ずかしいからだよ!」
俺は不審に思った。
「今まで恥じらいのかけらもなかったのにようやく羞恥心の芽生え?」
「しょうがないでしょ! なんだかケースケには見られたくなくなっちゃったんだもん!」
「よくわからないなあ……」
仕方なく背中を向けた先で、フェルが呆れたように首を振っていた。
一緒にいる時間はさらに多くなった気がするけれど、ハグなんかはすごく少なくなった。
もしかして、とようやく気付く。ケーナは照れているのだろうか。
まあ何にしろだ。俺は今のこうしている時間が好きだった。ケーナにも言った通りだ。幸せなのだ。
一緒にならんで文献漁りをするこの時間を、俺はなによりも大切にしたかった。
だから本当なら、それは見つけるべきではなかったのかもしれない。
「……あれ、なんだろこれ」
「んー?」
ケーナが俺の指さした先を覗き込む。
そこにはこのように書かれていた。
「旅の……終着点?」
「……だね」
旅を楽しいと思うならば、多分見つけてはいけなかったのだ。




