旅路は続かない
天気は相変わらずの曇り。乾いた風。
その空の下に街の影が近づいてきていた。
「方向は間違いない?」
「うん、大丈夫」
俺たちはフェルの背中で地図を見ながらうなずき合った。
本に見つけた『旅の終着点』がこの方向にあるのだ。
「でもおかしいなー、あの街は調べつくしたと思ったんだけど……」
ケーナが首をかしげた。
俺は街の方に目を凝らす。
この距離ではまだわかりにくいが、それでもところどころ倒壊したビルがあるのが見える。あの芋虫に邪魔されれば目的地にたどり着くのは難しいかもしれない。
「そういえば、旅って誰の旅のことを言ってるんだろうね」
ケーナの声に振り向くと、彼女は地図とにらめっこしながら続けた。
「誰の旅が終わるの?」
「……」
その地図が誰のものであったかを考えれば、まあヒトの旅の終着点なんだろう。
でも俺は一抹の不安を覚えていた。
まさか俺たちの旅の終わりなんかじゃないよな?
変な沈黙が落ちた。
フェルが空気を噴射する音だけが聞こえる。
「まあ……」
俺は口を開いた。
「行けばわかるよ」
目標の地点は、街の真ん中に唐突に現れた湖にあった。
その中心にある島だ。
橋が架かっていて、街の中からそこに建っているビルまで行くことができる。
俺たちは橋の中ほどに降り立って、その一際大きな建造物を見上げた。
いや、正確にはそのビルと、それにとりついている何やら大きな物体をだ。
「何だろうあれ……」
「サナギ、だね」
言われてみれば確かに蝶のサナギに似ているようにも見えた。
ただし見上げるほどの大きさがあるサナギだ。
「って、まさかあの芋虫の……!」
「多分。こんなところで成虫になる準備を始めてるとは思わなかったけど……」
ケーナも困惑顔だ。
「とりあえず行ってみようよ」
「そうだな」
だが、俺たちはすぐに足止めを食らった。
ビルの足元、つまり橋の出口に、無数の妨害者がいたためだ。
「なんだ……?」
行く手にうごめく群れをにらんで俺はうめいた。
黒いそれは最初、犬くらいもある蟻のように見えた。
だが違う。ハサミがある。
「……ザリガニ?」
「クロザリガニだね」
ケーナもまた身構えながら隣で呟いた。
「動きは遅いけどものすごくパワーがあって、しかもあんな感じにいつも群れてるから、そう簡単に手出しができない」
「でもこの向こうにヒト文明の秘密があるかもだし……」
「うん。なんとかしないとだね」
ケーナはうなずいて手近に落ちていた小さめの瓦礫を持ち上げた。
「クロザリガニは甘いものが大好きでね、あの芋虫のサナギが出す汁を目当てに集まってきてるんだと思う。だから……やっ!」
気合と共に瓦礫を投げ放った。
なかなかの剛速球だ。そのままサナギの方に飛んでいってその表面にぶち当たった。
跳ね返されはしたものの、サナギが痛みにうごめきザリガニは慌てたようにその周りに集まる。
「こんな感じにすればサナギを守ろうとして道を空けると思う」
とはいえまだまだ障害は多い。
「入り口に走って!」
ケーナの合図で俺とフェルは走り出した。
彼女は次々に瓦礫をサナギに投げ放ちザリガニの気を引いて、それでも動かない奴には直接瓦礫をぶつけていった。
あらかた道が開き、追いついたケーナと一緒にビルの入り口を目指す。
「あそこに何があると思う?」
「何か面白いものだといいと思うよ」
「あはは。確かにね!」
笑うケーナに笑顔を返し……そして俺は見落としていた。
大きい瓦礫の陰から現れたザリガニが、俺の方にハサミを伸ばしてきていた。
油断しすぎだった。このままでは走る勢いで突っ込んでしまう。
ケーナが俺の手を引っぱってくれた。
だがそれでもまだ駄目だ。ハサミのその鋭い先端が、俺の腹に突き刺さって――
そのまま通り過ぎた。
「え……?」
思わず立ち止まって振り返る。
そこには片方のハサミを失ったザリガニが一匹いるのみだった。
「なにが……」
ビルを見上げる。
さっきのあの瞬間、何かそちらが光った気がしたのだ。
「ケースケ、こっち! 早く!」
見ると周りに再びザリガニが集まってきている。
俺は急いでケーナたちの待つビルへと駆け込んだ。
「……ケーナは何か見た?」
俺は後ろを振り返りながら訊いた。
「さっきのことなら……わたしはなにも」
「そっか。なんだったんだろ。助かったのはありがたいけど」
首をかしげながら通路を進む。
壁も床も天井も、全てが真っ白な通路だ。どこまでも続く長い廊下。
「……このビルってそんなに奥ゆきあったっけ」
「さあ……?」
明らかに建物の範囲限界を超えて歩いているはずなのに、なぜかどこにも行き着かない。
まさかこのままずっと道が続いているんじゃ……そんな風にも思う。
「旅の終着点」
妙な不安を覚えているところに、ケーナが不意に口を開いた。
「え?」
「もしかしたらこれが旅の終着点って意味なのかもねー」
「どういうこと?」
「枠を越えて、どこまでも向こうへ、外へ」
ケーナはそう言って微笑む。
「ちょっと怖いかもしれないけど、ケースケと一緒なら大丈夫かなって思う」
「……」
「わたしたちの旅路に終着点なんてない。つまりそういうこと!」
彼女のかげりのない笑みを見ていると、徐々に心が落ちついてくるのを感じた。
うん、そうだ。きっとその通りだ。
「ケーナ」
口を開き――しかしはっとして見回す。周囲の光景が変わっていた。
真っ白い真っ直ぐな通路から、真っ白いどこまでも続く地平へ。
四方全てが地平線だ。やはり真っ白い地面にぼんやりと同じく白い天。
見回していると遠近感が狂いそうになる。
「残念ながら」
そして、声がした。
「君たちの旅の終着点は、確かにここだよ」
先ほどまではそれはなかった。断言できる。
だが俺が振り向いた先に、それは確かにあった。
透明チューブ、そしてその中に浮く……人間の脳が。
「ようこそ、新山圭介。君の帰り道はここだ」




