第27話「王都からの便り」
父の部屋に呼ばれたのは、朝食を終えてすぐのことだった。机の上に、見慣れない封蝋の書状が置かれている。エーレンフェスト家の紋章とは違う、王都の意匠が入った封蝋だった。
「王都から届いた」
父の声は、いつもより硬かった。普段は何があっても淡々としている父が、こんな声を出すのは珍しい。
「エーレンフェスト領の……視察、ですか」
「巡察使が来る。名目は辺境諸領の運営状況の確認だ」
俺は書状を覗き込んだ。丁寧な文字で、来訪の日取りと、担当者の名が記されている。
「レオン・フォン・ダレンベルク卿……」
聞いたことのない名前だった。父の表情を見る限り、こちらも初耳らしい。
「若手の中でも、特に効率を重んじる一派だと聞く。無駄な支出を洗い出し、成果の出ない領地には容赦しないという噂だ」
その言葉に、俺は少し身構えた。今のエーレンフェスト領は、確かに数字の上では立て直しが進んでいる。だが、その中身を「効率」という物差しだけで測られたら、どう見えるか分からない。
「書状、もう少し見てもいいですか」
父に断って、紙面に視線を落とす。単なる紙切れの向こうに、何か引っかかるものがあった。
――いつもの感覚が来る。だが、その瞬間、視界に重なる情報が、これまでとは明らかに違っていた。
〈スキルレベル上昇:万物鑑定 Lv.1→Lv.2〉
一瞬、頭の中が真っ白になった。今まで何百回と鑑定を使ってきたのに、こんな表示が出たのは初めてだった。続けて、書状そのものの鑑定結果が浮かぶ。
【鑑定】
対象:巡察使派遣の通達書
発行元:王都財務監査局(正式な公文書、偽造の痕跡なし)
文面の意図:型通りの巡察通達に見えるが、対象領地の選定理由に「収支改善が急激な小領地」という一文あり
背景推測:短期間で財政状況が大きく変わった領地を、優先的に洗い出す動きの一環である可能性
「……どうした」
父の声で我に返る。
「いえ。ただの通達に見えて、多分、うちが目をつけられた理由は、収支の変化の速さそのものです」
「急に立ち直った領地だから、疑われるということか」
「多分。悪い意味じゃなくて、単純に、目立ったんだと思います」
父はしばらく黙り込んでから、短く言った。
「なら、堂々としていればいい。やましいことはない」
その言葉に、俺は少しほっとした。数字を誤魔化しているわけでも、無理な帳簿操作をしているわけでもない。ただ、地道に積み上げてきただけだ。
それでも、内心では別のことも考えていた。鑑定のレベルが上がったということは、これから見えるものの幅も、きっと変わっていく。今までは目の前の問題を一つずつ片付けることに必死だったけれど、この先はもっと広い範囲を、もっと速く見なければならない場面が増えるかもしれない。
部屋を出てから、廊下でクラーラに会った。書状の内容を伝えると、彼女は目を丸くした。
「巡察使って、辺境の領地には滅多に来ないはずじゃ……」
「うん、俺もそう思う。でも、来ることは来るみたいで」
「大丈夫でしょうか、うち」
心配そうな声に、俺は少し考えてから答えた。
「数字は嘘をついてない。あとは、それをちゃんと説明できるようにしておくだけだと思う」
言いながら、自分でも半分は言い聞かせているような気分だった。前世でも、監査という言葉には嫌でも身構える癖がついている。やましいことがなくても、見られる側というのはそれだけで気疲れするものだ。
クラーラはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「帳簿、もう一度全部見直しておきます。何を聞かれても、すぐ答えられるように」
「頼りにしてる」
そのやり取りだけで、少し肩の力が抜けた気がした。
「巡察使殿がいらっしゃるのは、いつです」
「一月後だそうだ」
一月。準備するには十分だが、油断するには短い。俺は書状を見つめながら、静かに気を引き締めた。
部屋を出ると、廊下でヴェルナーとすれ違った。事情を話すと、彼は珍しく表情を曇らせた。
「王都の巡察使、ですか。……あまり良い噂は聞きません。効率を盾に、無理な取り立てをする役人もいると」
「レオン卿がそうかは分からないけど、油断はしないようにする」
「私も、坊ちゃんの側から離れないようにします」
いつも通りの静かな声だったが、そこに込められた警戒の色は、これまでよりわずかに濃い気がした。俺は頷いて、鑑定で見た通達書の一文をもう一度頭の中で反芻した。目立った領地から順に洗い出す――そう読めるなら、次に来るのは間違いなく厳しい目だ。
(次回「巡察使を迎える」へ続く)




