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泣き虫の私が泣く人のいない世界に行った話。追加で絶対泣かない女がこっちの世界に来た話。  作者: ヤマト


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28.東の番外編 王太子



 王都の東にある小さな港町に、建国配領以来の大事件が起こった。


 輸入品を積んだ船舶が久々に入港。たまたま別の用事でそこにいた港従事者が、ふと見上げた積み荷の端から……こぼれ落ちるわずかな粉状の何か。

 荷揚げ労働者たちに声をかけ、「積み荷の木箱が壊れているのでは」と、みなで確認することにした。

 出て来たのは、この国では禁制品の中でも最重要指定となっている、薬物であった。


「……領主、カニバル子爵手配の船舶です。間違いありません」


 港常駐の王宮警備詰所に飛び込んだのは、最近この港で目覚ましい躍進を遂げる新進の商会、その若い従業員だった。茶色の髪に細目のなんら特徴のない顔を真っ青にして、震えながらも見つけた薬物と、そこが子爵専有の停泊所であること、そして船舶の種類、木箱に記されていた輸入元の国名を派遣の王宮所属兵士へと説明する。「こ、こんな不始末が国に上げられれば……この港はもう終わりなのかもしれない。でも、でも、俺たちは、この港のために不正や不義、不法行為を見逃してはいけないと思ったのです」と熱く語る若者の姿に、なんと実直で潔いのだろう、烈士だ国の英雄だと人々は感銘を受けたと言う。新進気鋭の商会の評判は一気に跳ね上がるが、それはまた後の話で。


 とにかく、カニバル子爵家専有の停泊所という点だけでも疑惑は証拠に変わる。数時間後には派遣兵士、現地護衛、自治体の有志たちがカニバル子爵邸へと踏み込んだ。唾を飛ばし狂ったように暴れるカニバル子爵。そこにいた養子のペリオールは真逆で、顔の半分に前髪を垂らした幽鬼のような姿で、ただぼんやりと立っていた。また別邸とは名ばかりの廃墟のような小屋には子爵家長女ミランダ。ミランダは顔に墨のようなものを塗りたくっていて素顔がわからず、大挙した兵士たちにその不気味な顔で笑って礼をしたと、報告書に記載されている。


「全員……すでに薬物を摂取していたのか……」と、新進商会の細目の若者がごくりと喉を鳴らした。

 多くの者がたじろぐ中、派遣兵士がもっとも暴れるカニバル子爵を捕縛した。「何を、何を、わしはなにもしとらん!なんだこれは!なんだこれはああ!」と狂乱して叫ぶ姿は、薬物の恐ろしさを知らしめるのに十分だったと後の細目従業員への供述調書に記されている。


 カニバル子爵、養子ペリオール、長女ミランダ。薬物輸入および所持と摂取、さらに販売の疑惑で全員捕縛。王都へと連行。一時騒然とした小さな港は、緊張をはらんだまま夜を迎えた。


 ……が、つかの間の休息を許さず、追ってさらなる大事件が起こった。王国中を震撼させた凶悪で残酷なその事件は、後々王国史にも残ることとなる。


 連行中の子爵家三人が乗る護送馬車に、何者かの襲撃あり。大木のような、見上げるほどの男だったと護送馬車御者は語る。一瞬で三人は連れ去られ、さらには証拠品として押収した木箱とその中身、大量の薬物までも強奪。すべて神隠しのような鮮やかさで痕跡を消した。派遣兵士の追跡もままならないうちに次は港町から悲鳴が上がる。子爵邸が燃えている、火を放たれた、と。


 海辺特有の強風にあおられて歴史ある子爵邸は一気に燃え上がった。居間も寝室も玄関も、薬物所持の証拠も、長女が隠されていた小屋も、すべてが燃え上がりそして消失した。残ったのは炭の残骸。柱も何も残らず、灰と煙であたりは真っ黒になった。



 調書は語る。



 おそらく、すべては輸入元の国からの間者。正式な国交のないかの国から、口封じのために忍び込んでいた者の仕業ではないか。


 護送馬車を襲い三人を攫ったのも、火を放って証拠を消したのも、その国の裏社会の者たち……もしかしたら、国そのものも関わる国家規模の間者だ。カニバル子爵に語られては困る人間たちは、以前からずっと見張っていたのかもしれない。港に、いや王都全域に潜んでいた……もしかしたら、今も潜んでいるのかもしれない。闇から闇へ渡る薬物を監視して、それを受け取る人物を監視して、万一失敗して自国の関わりが明るみに出そうになったら……証拠を全消しする機能を一瞬で働かせる、手練れの間者が。


 なぜなら、後日正式な国の調査がカニバル領のその小さな港町に入ったのだが……港中を巡りひとりひとりに聞き回っても、「子爵家三人が連れ去られた直後から今まで、不審な人影や物音など一切なかった」「火事の前後も同じく」「何も見ていないし聞いていない」「本当に見ていない」と全員が口を揃えて言うのだ。荷を上げ下ろしする者、船舶を操る者、港に関わる町の住人全員が。


 そんなもの、素人では無理な話。


 この一件は明らかにその道の玄人集団の犯行。未承認国家の関わる犯罪組織の手によるものだと断定して、調書は終わる。



 カニバル子爵家の終焉はあっけないものであった。








 



 小さな港を持つ旧カニバル領の権益譲渡を狙っていた王家だったが、あっさりと手を引いた。大量の薬物が発見され、未承認犯罪国家が関わっているかもしれない不穏の地を、直轄地にするわけにはいかないからだ。

 完全にいわくつきになった土地だが、残った港従事者、昔からの港町の住人、そして「水際で薬物を食い止めた英雄」と評される新進気鋭の商会が力を合わせて盛り立てて行くことになる。


 その商会の商会長は姿を見せない謎の人物だが、商会長が任命した代理人が時を置かずに着任。その代理人を中心に商会は港を着実にまとめ上げ、旧カニバル領はすぐにかつての落ち着きを取り戻した。


 代理人は若い男で、黒く短い前髪を流して常に額を見せる、闊達で朗らかな人物だ。輸出入に関する造詣の深さは途方もなく、特に果実の産地等、その知識には誰もが舌を巻き、港で働く人々にすぐに受け入れられた。不可思議なほどすぐに受け入れられた。


 代理人は妻帯者で、町の片隅に居を構えている。彼の妻は仕草や言葉遣いから元貴族ではないかと王都で一時噂が立ったが、同年代であろう貴族女性に聞いても、「見たことのないお顔……学園でも社交界でも印象が……もちろん、お茶会でも見かけたことはありませんわね」と一様に首を傾げるので、噂はすぐ下火になった。


 その妻はたいそう博識らしく、港町の子どもが集う寺子屋のようなところで学問を教えている。

 さらにはたまに王都へ出て、どこかの上位貴族の……驚くほど上位の貴族の若奥様の家庭教師として従事している、という噂も立った。が、情報はそれ以上出ずに、それも単なる噂で終わった。


 しかしそのような噂が立つほど有能な妻、そして突如現れもう何年も働いているような仕事ぶりで活躍する商会代理人の夫。夫婦ごと招くことはできないか、移籍してこちらで働かないかと、他商会や貴族が高額報酬を手に何度も来たという。


 しかし夫婦は頑として断り、一切なびかなかった。


「我々が商会長を裏切る時は、命果てる瞬間にもないでしょう」


 そう言い続けたと言う。

 



 一方王都では現在、平民から貴族まで若者を熱中させる商品を次々と生み出す商会が街中を席巻している。

 「リィズ」という名のその商会は、女性専用の柔らかく快適な胸当てを発売するやいなや、コルセットに苦しむ貴族女性、動きやすさを重要視する平民女性どちらにも熱狂的に受け入れられた。胸を支えて覆うゴムが織り込んである布地は、最初は白だけであったが、すぐに多種の色を揃えてまた売れた。

 さらには胸当ての隅に自分だけの刺繍を入れることで、見えない部分でも満足感を得たい貴族女性の心をくすぐりまた売れた。

 次代社交界の女王と言われているミズリー公爵家長女、ドンタルト公爵家嫡男婚約者であるヴェロニカ嬢が、


「わたくし、赤の布地に蜘蛛の刺繍を入れてと注文しましたの。おほほほほほ」


 とお茶会で高笑いしたことも大きい。

 遅れてなるものかと貴族がこぞって注文し、リィズ商会の名は一気に広まった。

 しかも個別で注文できる胸当ての刺繍は、下町に刺繍店を何店舗も構える刺繍の達人「大先生」に手ほどきを受けた職人たちによるもので、その出来の良さも他の追随を許さない。

 王都は柔らかい胸当てで気持ちよく深呼吸をする女性で溢れた。


 大成功を収めたリィズ商会は次に「流行りの去った菓子店」を次々と買収し、居抜きで新しい菓子店を開店させる。一時並ぶほど売れた「いちご飴」の店舗もそのまま買い取り、「新いちご飴改の店」として出店。

 味が違う、なぜここまで美味しくなったのかと評判が評判を呼び、前店をしのぐほどの行列が日常となるが、尋ねられた商会の者は言うのだ。菓子とは常に試行錯誤、バージョンアップを重ねて高みへと進化するものだと。

 そんな煙に巻かれたような説明でもみな感心するほど、売れに売れた。




 ……話は少し戻る。実は、そのいちご飴改に使われたいちごが、前出の旧カニバル領の港で新進商会代理人が取り扱う、「その季節に最適な産地のいちご」であった。

 その目利きぶりを見抜いたリィズ商会は、菓子店で使う果実や野菜をすべて港の新進商会に任せた。いわゆる専属契約だ。


 いまをときめくリィズ商会に見いだされ、契約を結ぶまでとなった小さな港の小さな商会……子爵家の惨劇から、ここまで成り上がった苦難と努力の商会……。


 王都はその物語に感激し、過去の事件を乗り越えんとする商会と港町を称えた。また、そんな小さな商会に手を差し伸べたリィズ商会にも惜しみない賛辞を浴びせた。



 規模は違えど商会同士の固い友情として、人々は温かな気持ちで語り継ぐのであった…………

 







「……って全部、あやつがもうけているだけの話ではないか!」


 王太子は叫んだ。

 苛立つついでに破ってしまった報告書は執務室の床に散った。


「なぜいつの間に感動秘話で収まっているのだ。単に自分の商会内だけで流通を操って原材料費や人件費を安く上げているだけではないか!なぜ美談に!結局港の権益は総取りだ。どれだけ稼げば気が済むのだあの男!……ハルバードはどこだ、文句を言ってやる!」


 側近のハルバードは自分の執務室にいると言う。王太子はすぐさま向かった。


「おいハルバード!お前の弟をどうにかし……」


 勢いのまま入室したが、王太子はすぐ己の浅はかさを悔いた。


「あら王太子殿下。お元気そうでようございました。また何かあって婚約式が延びたらと思うと……おほほほほほほほ」


 扇を揺らして高笑いする、ミズリー公爵家長女ヴェロニカ嬢がいた。


「なぜ……ここに」


「まあ、婚約者を訪ねて来てはいけないのですか?この王宮はそこまで厳密に人の出入りを選びましたかしら。……ああ、そうですわね!つい最近大事件がありましたものね、緊急発令と拘束令が出るような。ああそうでしたそうでした!忘れておりましたわ、失礼いたしました。おほほほほほほ」


 ひと言言えば百倍返って来る。


 ちなみに王太子とハルバード、このヴェロニカは幼馴染である。ハルバードとヴェロニカの婚約を知らされた時、幼馴染の郷愁うんぬんよりもまず、「ハルバードは勇者だな」と思ったものだ。


 しかも近頃は、二人の仲はそこそこ良いと聞く。政略の意味しかなかった婚約がどうしてそうなったのか、しかし聞いてはいけないと本能で感じる王太子であった。


「ハルバードは……どこに……」


「我が婚約者様は、お義父上のところへ資料を取りに行っておりますわ。宰相執務室へ。王太子殿下もそちらへいらしたらいかが?」


「……」


 王太子殿下がもっとも苦手とするのは、ドンタルト公爵家当主、現宰相。常に緊張して話をしなければならない。


 ちなみに話をするのが苦痛な相手の二位は宰相夫人のオーブリー、三位はこのヴェロニカ。お前だ。そして最近ランクを急上昇してきたのが……


「義弟のミカエル様のことで来られましたの?殿下」


 内心を見透かすようなヴェロニカの弓なりの口角に、王太子は口を噤んだ。










 ハルバードの弟ミカエルとは、幼い頃はほとんどしゃべったこともなかった。年齢的にも自分の下の第二王子、ユンゲーとの付き合いの方が深くなると思っていたし。


 しかし成長し、成人し……気づけばミカエルは、さほどユンゲーとも近くなく、しかし自分たち王太子周辺とも距離があり、何を考え何をしているのかわからないただの顔見知り程度の人物となってしまった。地味で目立たない、物静かな人物として、行き交えばあいさつ程度の仲でしかなかった。



 ……そこで気づけばよかった。おかしいと気づけばよかったのだ。王太子はずっと後悔している。過去に戻れるなら成人したあたりに戻って、無理やりミカエルに近づいて、さっさとこちらの陣営に組み込むなり、なんらかの恩を売るなり、ハルバードに命じて彼の身辺を洗うなりすればよかった。



 ドンタルト家の次男が、学園創設以来の秀才と言われた男が、在学中に宮中の最高位文官試験に合格した男が……地味で目立たない?何をしているのかわからない?

 そんなはずないではないか!



 なぜ「おかしい」と思わなかったのか。なぜおかしさに気づかなかったのか。

 地味で目立たない、物静か、それらすべてを「装った」のだ、あの男は。


 王太子や周辺が「おかしい」と思わなかった、気付かなかったというのもすべて、男の手のひらの上で。「おかしいと」「思わせないように」深く深く……深海に身を隠すように、ひっそりと……息を潜めていただけだ。



 ほら、もう遅い。



 はっと気づけば、王都も港も経済圏はほぼ奴の思うまま。国軍設備や王宮設備、建物、王都の公共施設などの「大物」は変わらずハーマン侯爵の得意分野だが、その他細かな商材や人材、物流は奴が握っている。誰もそれに気づいていない。


 国軍軍馬の生育に課税調整、道路拡張工事従事者の派遣、最近は遠く離れた土地に優秀な人材を探しに行くスカウト事業までやっていると言う。



 ……やり過ぎだろう!何に向かっているんだお前!



 さらに最近は、王宮で行き会うと奴の方から話しかけてくる。「よい天気ですね。よほどののろまでなければ、職務がはかどる天気ですね」「どうですか王太子殿下。最近の色々な物事の進捗状況は」など、にこにこしながら笑っていない青い目で近づいて来る。本当に嫌だ。後ろに異様に隙の無い大木のような護衛が立っているのも嫌だ。


 だから!婚約式、こっちだって頑張って進めてるんだって!最高位迎賓館を押さえて、各国に改めて招待状を出して、婚約者になる隣国の姫が「延期でこちらも困っている。そちらで流行りの胸当てとお菓子と刺繍絵図と、とにかく全部送ってくれないと契約しない」と言うから王都中駆け回ってかき集めて送ってる!頼むから少しは手加減してくれよ、せめてその冷たすぎる目はやめてくれよ!


 王太子だって、いろいろあって恨まれている……のはわかっている。


 愚かで救いようのない実弟はたくさんの人間を巻き込んで自爆した。王太子自身の婚約式まで延期となり、謝罪に補償に説明にと王家は散々な目に遭った。

 実弟はミカエルの手中の珠に手を出し、見るも無残な結果となって表舞台から消えた。さらにその消えた先で奸臣に付け込まれ薬物に染まり、現在は治療と言う地獄を見ている。




 ……決して口にはしないが、ミカエルが最初から最後まで糸を引いているのだろうな、と王太子は思っている。人は物事を操る時、別にすべてに糸を通して引っ張らなくても良いのだ。最初の糸を最初の針に通して、事を動かしたがっているであろう人物に託すだけでいい。それだけで物事は、扇状を描いて広がって行くのだ。




 その、針の糸が引っ張る扇の形の、最期の先端は……いま、どこに繋がっているのだろうな?



 王太子は考える。



 でも、あえて深く考えないようにしている。東の小さな港町で起こった火事。遠く離れた西の領地、砂漠に隣接する土地でも最近なぜか、黒煙が上がり始めている……ようだが……

 

 考えない!見ない!王太子は確固たる決意で拳を握る。


 見ないぞ、絶対に!













「……ハルバードがいないなら失礼する。では」


 ヴェロニカに告げ、王太子はさっさと踵を返す。と、その背中に艶やかな声がかかった。


「面白い企画の事業が、西の方面で始まっておるらしいのです、王太子殿下。発起人が出資を募っているそうなのですが……王太子殿下も一口いかがでございますか?」


「結構だ」


 食い気味で断り扉を閉めると、「おほほほほほほほ」と高笑いが聞こえた。











番外編、「東の巻」終了です。次は「西の巻」、このあと19時頃更新。


マリィといちゃいちゃするためだけに東奔西走する男、

西にも入ります。

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