王都にて
「婚約者を掠め取ろうとする奴の所へ、君を一人で行かせたりしない。僕が君の盾になろう」
トーマス様はそう言って私の後ろに立った。
ケイトとダリアが、期待に満ちた表情で私たちをガン見している。
確かに盛り上がるわよね。君の盾、なんて言われたら。でもそれに匹敵する迫力で、お父様の座った目が、私を通り越してトーマス様を睨み据えている。
のぼせているのか、冷や汗なのか分からない、変な汗が湧いてくる。
「リディアが力を発揮するためには、トーマス様が一緒の方がいいはずです。今までも玉が光るのはトーマス様絡みの場合がほとんどでしたから」
ダリアが実際的なことを言って、援護してくれた。
「それに陛下を牽制するなら、公爵家に一旦寄って、公爵家の婚約者として、謁見を申し込んだほうが良いと思います」
ケイトのこの一言で、話は決まった。
お父様は、王都から派遣される調査団や教会の人員の受け入れで、ここを離れられない。仕方なしに、自分の代理でロイを付けてくれた。
今からごった返すだろうこの場に、ロイが欲しいはずなのに、と申し訳なく思う。
だが、ジェフリー殿下を見捨てられないだけでなく、この国を見捨てられなかった。ユーリ殿下が王になり、ドロレス嬢が王妃では、国が滅びるだろう。
神獣のホープの力なら、それを回避できるかもしれない。やるなら早くしないといけない。
それからすぐに準備にかかり、次の日の日が昇る前に、私はトーマス様とロイ、女性騎士数名と侍女のマリーと共に、王都に向かった。
ホープはどこにでも出てこれるし、姿を隠すこともできる。今人々に姿を見られては、騒ぎになってしまうので、陛下に謁見するまで、姿を隠していてもらうことにした。
「それなら玉の中で休んでいるね。街に着いたら呼んで。街なかを見て歩きたい。リディアも遊びに来ていいよ。眠ったら呼ぶから」
せっかくのお誘いだけど、騎馬での移動で眠るどころではない。
馬車だと時間が掛かるので、私とマリーは女性騎士の馬に乗せてもらっている。
私は一応馬に乗れるとは言え、早駆けで飛ばす乗り方は出来ない。狩りに出ることもなかったので、練習したこともないのだ。
こんなことなら、狩の練習をすればよかった。危ないからと禁止したお父様のせいだ。
トーマス様は僕の馬に乗ればいいのに、とごねたが、女性騎士との方が馬に負担がかからないと、ロイに却下された。
ロイは走り始めてすぐに、私に耳打ちした。
「あいつは下心を隠す気もなくなっている。危なくて目が離せない。リディア、だまされたらだめだぞ」
婚約しているのに、こんなに警戒されるのは、やはりかなり情熱的な態度のせいだろう。
少し前の、目を合わせてもくれない冷たい横顔が、ふと懐かしくなる。もう少しでいいから、程よいバランスに出来ないものかしら。
途中一泊したけど、疲労困憊で騎士様に抱かれてベッドまで運ばれた。普通の女性にはかなりきつい工程で、しかも今の私は体力が落ちている。
そのまま朝までぐっすりと眠った、というより気絶したようなものだった。
お陰で二日目は少し楽に進めた。慣れてきたのもあるだろう。
「リディア嬢、体はきつくないですか。休憩は必要ないでしょうか」
トーマス様が心配げに何回も聞きに来る。私は毎回、大丈夫と答える。とにかく早く王都に着きたくて必死だった。
丸二日走り続けて、三日目の早朝に公爵邸に辿り着いた。
先触れを受けた公爵邸は、万全の受け入れ体制で、待ち構えていたようだ。
馬から降ろされた私は、女性騎士様と、屋敷の侍女たちに、荷物のようにさっさと運ばれ、風呂に突っ込まれた。
それからぐっすりと眠り、目が覚めた時には昼をとうに過ぎていた。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに侍女が現れ、素早く身支度を整えてくれて、それからすぐにトーマス様が部屋に顔を出した。
「体調はいかがですか。僕のリディア」
寝起きの頭に衝撃が走る。少し手加減して欲しい。
「あの、ロイは?」
思わず助けを呼びたくなって、ロイの名を出したら、トーマス様がむくれた。プクーッと頬が膨らんでいる。
こんな表情は初めてなので、思わず近寄って観察してしまう。
「僕よりロイに会いたいのですか。それはひどい」
そう言いながら、両手を握られてしまった。指を絡める握り方で、手のひらのぬくもりが伝わってきて、ドキドキが止まらなくなる。こんなに心臓に負担をかけたら、倒れてしまうかも。
「少し待ってください。私には刺激が強すぎて、それに侍女たちもいるのに」
ふと見廻すと、侍女たちがそっと部屋から出ていく。静かだけど、すごく素早い動きだ。
さすが? 公爵家。主人の意を汲み取るのが早い。
え、部屋に結婚前の男女が二人きりは、まずいのでは。あら? 婚約したのだからいいのかしら。
頭の中を色々な常識が、ふわふわ流れていく。私はかなり混乱していた。
「君、離れなさい」
いきなりホープが出てきて、二人の間に首を突っ込んだ。
「本当に油断も隙もないね。僕なるべく早く大人になって、リディアを守れるようになるよ。人間の姿にもなれるよう頑張る。待っててね」
私はほっとして、ホープの首を抱いて、たてがみを撫でた。トーマス様はホープと睨み合っている。どうもこの二人は気が合わないようだ。
「食事の用意をさせようか。お腹が空いているだろ」
そう言われてお腹が空いているのに気がついた。その途端に、お腹が鳴ってしまったので、取り繕うこともできない。赤くなって下を向いたまま、お礼を言うしかない。
「とてもお腹がすいているみたいです。ありがとうございます」
トーマス様は、夕食は八時からなので、軽めのものを用意させたと言って、軽食を運ばせてくれた。それをゆっくりといただいて、やっとお腹も気持ちも落ち着いて、ものを考えられるようになった。
トーマス様は、向かいに座ってお茶を一杯付き合ってから、寛いで過ごすようにと言って、部屋を出て行った。
ホープは部屋の中を歩き回って探検している。クッキーを差し出したら、思いがけない事に食べてくれた。
「ホープ。あなた、この世界の食べ物を食べるの? それなら、これでは足りないのじゃないの?」
「食べる必要はないけど、食べることもできるよ。これ甘くておいしいね。もっと頂戴」
気に入ったようで、クッキーのお代わりをねだるのが、とてもかわいらしくて、癒される。そうやって、のんびりと過ごすうちに時間が経ち、夕食の支度をする時間になった。
着替えて、きれいに化粧も整えてもらって待っていると、トーマス様が迎えに来てくれた。
では、と言って私の手を取って、自分の腕に回させると、今度はとても紳士的にエスコートしてくれる。どちらのトーマス様が顔を出すか、私にはまだ判別できないので、どちらにしても緊張する。




