馬とジョナサン2
ホープと名前を付けると、思ったより喜んでくれた。
みんなには、なんて呼ぶように言えばいいのか聞くと、人間の呼び名があったと思う、と言う。
「ねえ、馬の神獣とか、不思議な馬とかの名前に心当たりはない?」
「もしかしてユニコーンかしら。乙女にしか懐かないっていう。リディアの愛に反応するんだもの、そうだわ」
ダリアに言われて、私はホープに、あなたってユニコーンなのかと聞いてみた。
ホープは、首をかしげている。
「もう少し大きくなったら思い出すかも。それまでは、それでいいよ」
本人の了解も貰えたし、これでよし。
暫定だけど、ダリアが言ったユニコーンと呼ぶことに決まった。
「後はリディアの愛情バロメーターを上げるだけよ。頑張っていこう」
そこでふと、ベラさんの様子がおかしかったのを思い出した。
横目で様子を伺うと、やはり少し元気がなさそうだ。とてもパワフルな女性なのに、おかしい。
私が気にしているのに、ダリアが気付いたようだ。寄ってきて小声で尋ねられた。
「リディア、どうかした」
「気のせいかもしれないけど、ベラさんの元気がないような気がするの」
ダリアはしばらく観察してから同意した。
「ジョナサンが生き返ったら、困ることがあるのかしらね」
当のジョナサンは非常に嬉しそうに彼女に話し掛けている。
「僕が人間に戻ったら、君に触れる。そうしたらキスしてもいいかな。さっきのはファーストキスと認めないからね」
ベラさんはそうねと言って微笑んでいる。
「楽しみにしているわ」
彼は笑いながら言うベラさんを見詰めてから、僕の目を見て、と言った。
「何か気になっているでしょ。言ってくれないか。何もできないかもしれないけど、君が辛いことがあるなら聞きたい」
あ、やっぱり気付いていたのね。
ベラさんは、何でもないと答えて、笑い飛ばした。
「リディアも気付いていたよね」
こっちに振らないで欲しいと思いながら、頷いておいた。
ベラさんはげんなりしたように、こっちを横目で見た。
「まったく、ラリーそっくりね。勘が鋭いこと」
「それで、何なの。話してみて」
ジョナサンは彼女のことを、心底気遣っているとわかる。この様子を見ているだけで、私の小さな愛の器か何かは一杯になりそう。
だいぶ渋々とだけど、ベラさんは話してくれた。
「ジョナサンがこの体に戻るって事は、つまり十九歳になるわ。私はもう三十五歳よ」
そうか、年齢差のことね。十六歳の年齢差は……
「若造の僕では、もう君に吊り合わないと言うこと?」
ジョナサンが切なげだ。いいえ違うわよ、と口を出そうとしたら、ケイトに止められた。
「彼だってわかっているわよ」
ジョナサンは、今は跪いて愛を乞うている。
「精一杯できることをするよ。仕事を探して、君に見合う男になってみせる。僕に機会を与えてもらえないか」
こんなに必死で請われたら、絆されるわ。ベラさんは困っているみたいだけど、これは押し切られるわね。
やるじゃない、ジョナサン。そう思ったら彼と目が合った。パチッと小さくウインクする。
まったく、ちゃっかりしていると思ったら、ベラさんと二人揃って笑い出した。
どうしたのかとキョトンとしていたら、ベラさんが教えてくれた。
「あなたの様子がラリーそっくりで笑ってしまったの。ごめんなさい。よくラリーがそんな顔をしていたわ」
そのうちに、急にベラさんの笑顔が引きつり、クシャッと顔がゆがんだ。
「私は子供を産めないかもしれないのよ。あなたにリディアみたいな子をあげられない」
「以前よく話したね。僕に似た女の子と、君に似た男の子が欲しいって。でもそれは君との子供で、他の誰かが産んだ子を欲しいわけではないよ。君さえいれば、他に何も無くていい」
ベラさんは泣きながら、彼に抱きついた。もちろんジョナサンはバラけた。
私は感動そっちのけで、ジョナサンの救済に入った。集まれジョナサンと強く願いを込めると、一気に体が元に戻った。
そこにケイトがフォローの言葉を掛けた。
「ベラさんは修道院で、健康的な生活をしているせいか、肌の艶があって、二十代にしか見えないです。だからきっと大丈夫」
そうよね、と私たちは三人で言い合った。実際にベラさんは若く見える。化粧気のない頬はつやつやで、パンと張っている。
やっとベラさんが笑顔になった。
ジョナサンもホッとしている。素敵なカップルでうらやましい。
コンと肘で突かれ、横を見ると、ケイトが二ヤ付いていた。
「リディアに対して、トーマス様も同じようなことを言いそうね」
想像したら、ボッと熱が出そうになった。辞めてよと言ったのだが、ケイトはニヤニヤしたままだ。
私はむくれて横を向いた。その肘をまたコンと突かれた。
「もう辞めてって言ったでしょ」
そう言って横を見ると、銀色の小さな馬がいた。子馬にしても小さくて、中型犬くらいの大きさしかない。
「ユニコーン?」
「うん、そう。今、力が急に上がって、玉から出てこれた。実体化できたよ。ありがとう、リディア」
皆は遠巻きに見ていたけど、すぐにきゃーっと叫んで集まってきた。
「ユニコーンね。銀色の子馬よ。かわいい」
「触ってもいいのかしら。リディア、聞いてみて」
私がホープにお伺いを立てたら、いいよ、と言った。それを伝えたら、ベラさんも一緒になって、三人はホープを撫で回し始めた。
ジョナサンは、それを離れて眺めている。私はジョナサンに寄って行って尋ねた。彼の体に異変が無いか心配だったから。
「何か変わりはないの。大丈夫?」
私が尋ねると、彼は自分の体を眺め回した。
「うん、別に今までと変わらないよ」
私から見ても、変化は無さそうだ。ホッとして見ている内に、彼の体が少しぼんやりし始めた。
そして見る間にジョナサンの体が透けていく。
「リディア、どうかしたの?」
ジョンサン自身に違和感はないようで、キョトンとしている。そして私の目線を追って、自分の体を眺めてギョッとしたようだ。
「ジョナサン、大丈夫。気分は変わりない?」
「ああ、そういえば意識が少しぼんやりしてきたような気が。でも心配しないで。ベラにもそう言っておいて」
次第に透けていた体がふっと消え、何もなくなった。
私はホープを囲んでいる三人に向かって、今日は終わりにしましょうと声をかけた。ジョナサンについては、もう帰ったと伝え、何かそれ以上聞かれる前に、急いで105号室に戻った。
「何かあったの?」
ダリアに聞かれ、本当のことを話した。
ジョナサンが急に薄くなっていき、消えてしまったことを聞くと、二人は慌てた。もちろん私だって慌てている。




