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修道院パラダイス  作者:
第五章 神獣

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馬とジョナサン2


 ホープと名前を付けると、思ったより喜んでくれた。


 みんなには、なんて呼ぶように言えばいいのか聞くと、人間の呼び名があったと思う、と言う。


「ねえ、馬の神獣とか、不思議な馬とかの名前に心当たりはない?」


「もしかしてユニコーンかしら。乙女にしか懐かないっていう。リディアの愛に反応するんだもの、そうだわ」


 ダリアに言われて、私はホープに、あなたってユニコーンなのかと聞いてみた。

 ホープは、首をかしげている。


「もう少し大きくなったら思い出すかも。それまでは、それでいいよ」


 本人の了解も貰えたし、これでよし。

 暫定だけど、ダリアが言ったユニコーンと呼ぶことに決まった。


「後はリディアの愛情バロメーターを上げるだけよ。頑張っていこう」


 そこでふと、ベラさんの様子がおかしかったのを思い出した。

 横目で様子を伺うと、やはり少し元気がなさそうだ。とてもパワフルな女性なのに、おかしい。


 私が気にしているのに、ダリアが気付いたようだ。寄ってきて小声で尋ねられた。

「リディア、どうかした」


「気のせいかもしれないけど、ベラさんの元気がないような気がするの」


 ダリアはしばらく観察してから同意した。


「ジョナサンが生き返ったら、困ることがあるのかしらね」


 当のジョナサンは非常に嬉しそうに彼女に話し掛けている。 

 

「僕が人間に戻ったら、君に触れる。そうしたらキスしてもいいかな。さっきのはファーストキスと認めないからね」


 ベラさんはそうねと言って微笑んでいる。


「楽しみにしているわ」


 彼は笑いながら言うベラさんを見詰めてから、僕の目を見て、と言った。


「何か気になっているでしょ。言ってくれないか。何もできないかもしれないけど、君が辛いことがあるなら聞きたい」


 あ、やっぱり気付いていたのね。

 ベラさんは、何でもないと答えて、笑い飛ばした。


「リディアも気付いていたよね」


 こっちに振らないで欲しいと思いながら、頷いておいた。

 ベラさんはげんなりしたように、こっちを横目で見た。


「まったく、ラリーそっくりね。勘が鋭いこと」


「それで、何なの。話してみて」


 ジョナサンは彼女のことを、心底気遣っているとわかる。この様子を見ているだけで、私の小さな愛の器か何かは一杯になりそう。


 だいぶ渋々とだけど、ベラさんは話してくれた。


「ジョナサンがこの体に戻るって事は、つまり十九歳になるわ。私はもう三十五歳よ」 


 そうか、年齢差のことね。十六歳の年齢差は……


「若造の僕では、もう君に吊り合わないと言うこと?」 


 ジョナサンが切なげだ。いいえ違うわよ、と口を出そうとしたら、ケイトに止められた。


「彼だってわかっているわよ」


 ジョナサンは、今は跪いて愛を乞うている。


「精一杯できることをするよ。仕事を探して、君に見合う男になってみせる。僕に機会を与えてもらえないか」


 こんなに必死で請われたら、絆されるわ。ベラさんは困っているみたいだけど、これは押し切られるわね。

 やるじゃない、ジョナサン。そう思ったら彼と目が合った。パチッと小さくウインクする。

 まったく、ちゃっかりしていると思ったら、ベラさんと二人揃って笑い出した。


 どうしたのかとキョトンとしていたら、ベラさんが教えてくれた。


「あなたの様子がラリーそっくりで笑ってしまったの。ごめんなさい。よくラリーがそんな顔をしていたわ」


 そのうちに、急にベラさんの笑顔が引きつり、クシャッと顔がゆがんだ。


「私は子供を産めないかもしれないのよ。あなたにリディアみたいな子をあげられない」


「以前よく話したね。僕に似た女の子と、君に似た男の子が欲しいって。でもそれは君との子供で、他の誰かが産んだ子を欲しいわけではないよ。君さえいれば、他に何も無くていい」


 ベラさんは泣きながら、彼に抱きついた。もちろんジョナサンはバラけた。


 私は感動そっちのけで、ジョナサンの救済に入った。集まれジョナサンと強く願いを込めると、一気に体が元に戻った。


 そこにケイトがフォローの言葉を掛けた。


「ベラさんは修道院で、健康的な生活をしているせいか、肌の艶があって、二十代にしか見えないです。だからきっと大丈夫」


 そうよね、と私たちは三人で言い合った。実際にベラさんは若く見える。化粧気のない頬はつやつやで、パンと張っている。


 やっとベラさんが笑顔になった。

 ジョナサンもホッとしている。素敵なカップルでうらやましい。

 

 コンと肘で突かれ、横を見ると、ケイトが二ヤ付いていた。


「リディアに対して、トーマス様も同じようなことを言いそうね」


 想像したら、ボッと熱が出そうになった。辞めてよと言ったのだが、ケイトはニヤニヤしたままだ。

 私はむくれて横を向いた。その肘をまたコンと突かれた。


「もう辞めてって言ったでしょ」


 そう言って横を見ると、銀色の小さな馬がいた。子馬にしても小さくて、中型犬くらいの大きさしかない。


「ユニコーン?」


「うん、そう。今、力が急に上がって、玉から出てこれた。実体化できたよ。ありがとう、リディア」


 皆は遠巻きに見ていたけど、すぐにきゃーっと叫んで集まってきた。


「ユニコーンね。銀色の子馬よ。かわいい」


「触ってもいいのかしら。リディア、聞いてみて」


 私がホープにお伺いを立てたら、いいよ、と言った。それを伝えたら、ベラさんも一緒になって、三人はホープを撫で回し始めた。

 ジョナサンは、それを離れて眺めている。私はジョナサンに寄って行って尋ねた。彼の体に異変が無いか心配だったから。


「何か変わりはないの。大丈夫?」


 私が尋ねると、彼は自分の体を眺め回した。


「うん、別に今までと変わらないよ」


 私から見ても、変化は無さそうだ。ホッとして見ている内に、彼の体が少しぼんやりし始めた。

 そして見る間にジョナサンの体が透けていく。

 

「リディア、どうかしたの?」


 ジョンサン自身に違和感はないようで、キョトンとしている。そして私の目線を追って、自分の体を眺めてギョッとしたようだ。


「ジョナサン、大丈夫。気分は変わりない?」


「ああ、そういえば意識が少しぼんやりしてきたような気が。でも心配しないで。ベラにもそう言っておいて」


 次第に透けていた体がふっと消え、何もなくなった。


 私はホープを囲んでいる三人に向かって、今日は終わりにしましょうと声をかけた。ジョナサンについては、もう帰ったと伝え、何かそれ以上聞かれる前に、急いで105号室に戻った。


「何かあったの?」


 ダリアに聞かれ、本当のことを話した。

 ジョナサンが急に薄くなっていき、消えてしまったことを聞くと、二人は慌てた。もちろん私だって慌てている。



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