院長達を捕える2
お父様は外部棟の入り口に立ち、騎士たちに指示を飛ばしていたが、私を見つけると、すぐさま寄ってきた。
「見習い修道女たちの様子はどうだね」
「動揺しているけど、状況を伝えたら少し落ち着いたので、部屋に戻って寝るよう言っておいたわ」
「一緒に帰らないのかい」
「私だけ抜けるなんて、できるわけないでしょ」
お父様はいじけたように、それなら朝までここで調査すると言い出した。
「ロイ、ちょっと来て」
私はロイを呼ぶと、調査と、院長たちの見張りとを交代制にして、不要な人員を帰すよう頼んだ。
それで半分の人員が去っていった。お父様は来客用の宿泊室に泊まるそうだ。宿泊室は5部屋あるので、ロイとトーマス様とハント伯爵家駆使団の隊長と副隊長が泊まり込む。
五人は交代で仮眠を取り、現場の指揮を執る。
それなら私は安心して眠れる。
明日の朝、いつもの時間に朝食を済ませてから、ここに来ますと告げて、本棟に戻ろうとした。
その私の手をトーマス様が取り、エスコートしてくれた。すごく驚くと共に、そんな世界もあったな、と思い出した。
「そういえば、貴族の令嬢って、こういうものでしたね」
思わず変なことを言ってしまった。
トーマス様は、どこかが痛むような表情になったが、すぐにニッコリと貴族子息のあるべき仮面を付けた。
「お休みなさい、リディア嬢。また明日の朝お会いしましょう」
ドアの前でそう言ってトーマス様は見送ってくれた。
宿舎はいつもと違い、明かりが点いている部屋が多い。それでも廊下に出ている人は居ないので、ケイトたちが落ち着かせてくれたのだろう。
すごくそっと歩き、そっとドアを開けると、ケイトたちもそっと声を掛けてきた。
「どうなっていた? これからどうなるの」
それに対してざっくり答え、とにかく寝ましょうと提案した。ところが、興奮しているのかまるで眠くならない。きっと皆もそうなのだろう。
ベッドで何回か転がっていたら、ダリアが声を掛けてきた。
「トーマス様って、もしかしたら黒い髪の方?」
「え、何でわかったの」
私はベッドに起き上がってしまった。
「だって、目がずっとリディアを追っていたわ。もう一人銀髪の男性も見ていたけど、目の色が違うの。彼の方は伯爵様とよく似た目で、お兄様って感じ」
「私でもわかったわよ。あの人からは逃げられないかもね」
ケイトの表現は過激だ。逃げたいわけではないけど、逃げられないなんて言われたら、怖いじゃない。
「気の所為よ。そういえば、トーマス様がエスコートしてくれたのに、驚いてしまったわ。もうそういった作法なんて、すっかり忘れていたのよ」
そう言いながら自分の手を見た。それは赤くて荒れた手だった。厨房係をしているのだから当たり前だ。今までは何とも思わなかったそれが、急に恥ずかしくなる。
「嫌だ。この荒れた手を見られたはずよ。幻滅されたでしょうね」
私は手をこすり合わせて、ガサガサした手触りに愕然とした。
ケイトが私の手をさすってくれた。
「乙女として、その気持ちは分かるわ。でもきっと大丈夫。手荒れくらいで引くようには見えないもの」
謎の断言にびっくりしたけど、気分は落ち着いた。
それでありがとうと言って、またベットに倒れ込んだ。
気がつくと、外は明るくなっていた。
いつもの時間に、いつも通り朝の礼拝を済ませ、食堂に向かった。
厨房にはいつもの調理係の女性がいて、相変わらず少し酔っぱらった赤ら顔で、料理をしている。彼女は院長たちの遊び仲間ではなかったようだ。
いつも通りに食事の準備をして、お祈りをして朝食を終わった辺りで、修道女たちが居なくても、何の支障もないことに気付いた。
逆に修道女達がいなければ、食事の準備も片付も、減った人数分楽になる。
皆が食べ終わった頃を見計らって、私は立ち上がった。
「皆さん、注目。昨夜も簡単に話しましたが、院長たちが、修道院の経費や寄付を、不正利用していたことが判明しました。詳しくは、今後の調査の後になりますが、現在は警備兵たちの部屋を調べています」
ざわざわと話声が上がり、その内にそれは静まって行った。
皆の顔がこちらを向いてから私は続けた。
「私の父が中心になって取り調べをしているので、しばらくは私が外部との連絡役をします。本棟には男性の立ち入りはありません。院長たちの部屋の取り調べも、女性を送って来るはずです。皆さんはとりあえず、今まで通りの生活を送ってください。昼食、夕食時に状況の報告をします」
またざわざわしたが、私が厨房の片付けを始めると、次第に自分の持ち場に散って行った。
やはり、修道女たちが居なくても、特に問題はなさそうだ。
私は厨房の仕入れ台帳を持ち、外部棟に向かった。見習い修道女の生活について、調べることがあるかもしれないので、ケイトとダリアにも付き合ってもらうことにした。
外部棟に入り、エントランスに出ると、そこには昨夜と同じくお父様がいた。しかもトーマス様までいる。
トーマス様は目敏く私を見つけ、すぐに挨拶に来て、私が手に持っていた仕入れ台帳を持ってくれた。私は手ぶらになった途端に、荒れた手が気になってしまい、スカートの後ろに隠して挨拶をした。一歩遅れてお父様がやって来た。
「リディア、昨夜はよく寝れたかい。皆の様子は? 困っていない?」
「それが全くいつも通りに生活できているの。不思議なくらいに」
「それは良かった。こちらは、出るわ出るわ。高級な葉巻や酒、金貨、服飾品、カジノの借金の督促状まで出て来たよ。その帳簿は、もしかしたら食品の仕入れ台帳かな」
「そうなの表と裏の二冊ね。修道院の食事用は、この3割程度よ。それから、ダリアは修道女のお世話係をしているから、部屋の中の様子を知っているわ」
お父様は私の話を聞きながら、ぱらぱらと帳簿をめくった。次第に眉が寄って顔つきが険しくなって行く。
「安い食材と、高級食材に二分されている。お前たちには安い雑穀パンを出していたようだな。自分たちには焼き立てのクロワッサンやペストリーを届けさせておいて」
その安いパンさえ満足にもらえなかったので、今の私にとったらごちそうだ。これを言ったら、ひどい事になりそうなので、口を噤んだ。
お父様は帳簿から顔を上げ、ニコッとした。
「王宮に早馬を出した。多分4日後には女性騎士団が派遣されてくる。そうしたら、修道女の部屋を改めるよ。それまで、部屋を触らずにいてくれ。院長たちを尋問するのは、その後にするつもりだ。証拠を全部目の前に並べてからの方が、素直になるだろうからね」
そう言ってから、ジョナサンの姿を見られないよう、気を付けてやってくれ、とこそっとささやいた。
そういえば、昨夜はジョナサンが出てこなかった。気を使って引っ込んでいたのだろうか。気になるから、今夜聞いてみよう。
「この知らせを聞いたら、王都は大騒ぎだろうな」
お父様が皮肉っぽく笑いながら言うと、ロイが聞き付けて話に割りこんだ。
「シリカ修道院にリディアを追いやったユーリ王子の評判は、更にもう一段下がりますね。これが終わったら、側近を辞退して留学しようかな。トーマスも一緒にどう」
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