院長たちを捕える
「それ、思っていたよりすごい物かも」
ケイトが顔を近づけて、しげしげと見回す。私は丸くなったチャームをつまんで持ち上げた。
「この色、見たことあるわ。夢でこういったきれいな水色の湖を見たの。そこから銀色に輝く馬が出て来たのよ」
ジョナサンが、僕も見た事があるような気がすると言い出した。
「どこで」
しばらく唸った後、思いだせないと言って、諦めたようだ。
その後のある日、クックの速達便で、ベラさんの事が伝えられた。面会日の後に、実際に会った状況を伝えた手紙に、すごい速さで返信が来たそうだ。
お父様はジョナサンに会うまで、連絡を控えていた。
ベラさんは、ジョナサンに会うことに、かなり積極的らしい。その手紙は、ダリア経由でジョナサンに渡された。
〚ジョナサンと会えるなら、私はすぐにシリカ修道院に移籍するわ。最速で駆け付けるから、絶対に居てね。それまでに消えたら、往復ビンタよ。それから今まで黙っていたラリー。信じられない。弁解は聞いてあげてもいいけど、あなたには一発お見舞いするわよ〛
熱い。熱い人だ。
私たちが絶句していると、ジョナサンが変わらないなあ、と懐かしげに言う。
言葉に詰まったが、三人とも曖昧にウンウンと頷いておいた。
ベラさんに会えるのは、そう先の事ではなさそう。この修道院に移籍してくるとは、隣国の修道院に逃げた時と同じく、行動的な人のようだ。楽しみなような、怖いような気分。
少しずつ生活が改善され、毎日が楽しくなっていく中、院長たちの豪遊現場を取り押さえるための準備は、着々と進んでいった。
まずは寄付する宝飾品の準備。これはお父様の自信作だという。
その少々下品なくらい派手なブローチは、王都の一流工房で作成された。デザイン画もきっちりと作らせて、お父様と工房が保管している。そして見えない所に、工房名と日付けも彫られた。
これなら似ているだけという言い訳は、通用しない。
手紙からお父様の自信が伝わってくる。
『修道院長は、絶対にこれを着けてカジノに行く。
同時に大金が手に入ったのだから、面会日から二、三日以内には出掛けるだろう。それまで毎晩私が待機する。
見張りの者から連絡が入ったら、二時間程度遅れてカジノに入る。その頃には酒が入り、博打に興奮して気が緩んでいるはずだ。遊んでいるところに近寄り、そしてブローチに目を留めて、声をかける』
不安要因は、相変わらず本棟内に男性が入れるか、不明なことだった。
本棟の塀をくぐるのは危険なので、絶対にやめてと忠告してある。警備兵たちも決して本棟内に入っては来なかった。
何かはわからないけど、絶対に何かある。間違ってもジョナサンの二の舞は避けたい。
お父様はこの捕り物のために、王都の屋敷から、兵をこちらの屋敷に移動させているそうだ。ただ女性騎士は抱えていないため、王家に女性騎士の派遣を依頼する必要があるかもしれない。それから、修道院の管理をする修道女も必要になるはずだ。
もしベラさんが間に合えば、彼女に協力してもらいたいが、現場を押さえてからの話なので、先に手配することが出来ないのだ。
そして三回目の面接日に、お父様がそれを院長に手渡した。いよいよだ。
「ほんの気持ちです。こちらと二十万ミルを寄付させていただきます。修道院の活動にお役立てください。今後ともリディアをよろしくお願いします」
ブローチを受け取った院長はギラギラした目でそれを光にかざして魅入っていたそうだ。
面会日の翌日、院長たちはさっそく着飾って出掛けて行った。ダリアの担当している修道女が、出掛ける支度をしていたそうだ。私たちはその夜、ずっと起きて知らせを待った。
時間が経つのが遅くて、ジリジリしてきた頃、人のざわめきが聞こえてきた。いつも静かな修道院に、大勢の人がやってきたのが、すぐに分かった。
修道女達が起きて来て、何か言い合っている声が聞こえてくる。
見習い修道女たちも起き出し始め、宿舎も騒がしくなって行った。
それで私達は外部棟との連絡通路に向かった。
修道女たちが、集まり始めた見習い修道女を押しとどめ、外部棟へ様子を見にいく。だが、出て行った者達は全く戻ってこないので、次々に修道女は外に出て行った。
「誰も戻って来ないなんて、何が起こっているの?」
そう言う声が見習い修道女達からあがっている。
その内、修道女が一人もいなくなった。
「院長たちの不適切な行動が明らかになって、捕まったのではないかしら。私達が外を確認してくるわ。すぐ戻るから皆はここで待っていてね」
私は皆にそう告げて、ケイトとダリアと共に、外部棟に向かった。
外部棟と、敷地内には騎士が大勢いた。伯爵邸の兵達を中心に、この地域の領主が抱える兵たちが集められているようだ。
まず伯爵家の兵に声を掛け、お父様を呼んでもらった。
「リディア。おいで」
お父様が腕を広げて立っている。私はその腕の中に飛び込んだ。
「やっと、お前を助け出せた。このまま一緒に屋敷に帰ろう」
私は驚いて、お父様から離れた。皆を置いて、出ていけるはずがない。
「リディア、久しぶり。思ったより元気そうで安心したよ」
私の横に駆け寄ってきたのはロイだ。トーマス様がこちらに駆けてくるのも見える。
そういえば、この二人は偵察を命じられて、こちらに来ていると、先月聞いた。そのままずっといたのだろうか。
トーマス様は黙ったまま、私の手を取って見つめる。こんな状況なのに、目が熱い。そこにロイが強引に割り込んだ。
「後でな、トーマス。リディア、どうしたいか、早く言え。黙っていると連れて行かれるぞ。この二人は君の事しか考えて居ない」
チラッとお父様とトーマス様の様子を伺った。そんな雰囲気だ。
「皆に状況を伝える約束をしているの。どうなったか、かいつまんでおしえて」
ロイが教えてくれた。
「カジノで遊んでいる院長を捕らえたら、警備兵たちが切りかかってきた。それで彼らもまとめて捕まえて戻り、外部棟の食堂に監禁している」
これからどうするのか聞いたら、まずは外部棟の警備兵の部屋を、調べるそうだ。
私が三人に向かって、みんなにこの話を伝えに戻ると言うと、反対された。
強く引き留められたが、今回の事を企てた、ハント伯爵家の義務だと言うと、二人も、集まってきた伯爵家の騎士たちも、引き下がった。
それから少し離れて見ていたケイトとダリアを連れて、本棟に戻った。連絡通路のドアを開けると、不安げな顔が一斉にこちらを向く。
私は先ず、にっこりと笑って見せた。
「いい知らせがあります。あの業突く張り院長たちが、修道院の資金の不正利用で捕まりました」
暫くシンとしていたけど、せきを切ったように、何をしたのか、これからどうなるのか、という質問が上がる。
「明日、説明があるはずです。外にはハント伯爵家騎士団を中心として、兵がたくさんいます。今から外部棟を調べるそうです。皆さんは、今日はゆっくり休んでください」
私はケイトとダリアに後のことを任せ、再び外部棟を通って外に出た。




