リディアの回想2
「じゃあ、皆、仲間みたいなものね。食事中の様子があんまり静かだから、不気味に思っていたのだけど、あれはそういう境遇のせいなの?」
「それは違うの。この修道院は個性を嫌って、大人しくて従順な人間になるよう矯正するのよ。それに従わない者には、罰が下される」
「どんな?」
「食事を抜かれたり、仕事を増やされたりする」
「言うことを聞くのと、友達とおしゃべりするのは別でしょ」
クリスは少し首をかしげてから、ぱちんと指を弾いた。淑女らしからぬ仕草だ。
「友達とのおしゃべりが駄目な理由はね、笑ったり喜んだり、幸せを感じたりする事を禁じているからよ」
「なぜ?」
謎だよね~と言って、クリスがダリアの方を振り向くと、ダリアはフフ、と小さく笑う。
「性根が曲がった修道女ばかり集めたのかもね。多分神に見放された修道女専用の、修道院なのよ」
儚げな容姿の割に、ダリアの口から出る言葉は強い。ギャップがすごくて、まじまじとダリアを見つめてしまった。
「もう一つ疑問があるのだけど。私の食事が、他の人と比べて凄く少ないのは、どういう理由なのかしら」
「新入りの食事はひどいのよ。それ迄の贅沢な食事習慣を断ち切るため、と説明されているわ。あの食事が三日続くと、どんな物も大ごちそうに思えるもの」
納得したわ。確かに、そうね。
「あの、貴方がたはどうしてここに入ったのか、聞いていいかしら」
「私はね、淑女教育より領地経営の勉強をしたくて、親と揉めていたの。長女だから爵位を継ぐつもりだったのに、両親は弟に譲ると言うのよ。そうしたら、ある日ここに放り込まれたってわけ。レディになってから出て来いですって」
その程度なら、特別に問題があるとも言えないのに、何でこの部屋に入ったのかしら。
その私の疑問を感じ取ったらしく、ケイトが続けて説明してくれた。
「ここに来てすぐに、脱走しようとしたの。そのせいよ」
ダリアは、慰めるようにケイトの腕を軽く叩いて、ニコッと微笑んだ。
「私はね、義兄や、義姉の婚約者に色目を使う、淫乱な女として、ここに押し込められたの。おかげさまで、男から逃げ回らずにすんで気楽だわ」
つまり、もてすぎるのね。
しっかりした保護者がいれば、それはプラス要素だけど、そうでないなら災厄をもたらすことになりがちだ。
「ダリア嬢はいつになったら出られそうなの?」
「義兄が結婚したら、多分私も厄介払いで、どこかに嫁ぐことになると思うのよね。その頃に呼び戻されるでしょう。ここに来て一カ月経ったけど、まだまだ先ね」
そのまま遅くまでおしゃべりして、ベッドに入ると、夢も見ずにぐっすりと眠った。
次の朝、既にグーグー鳴っているお腹を押さえて広間に向かった私は、トレーに乗せられた食事を見て驚いた。パン一切れと紅茶だけなのだ。
「ねえ、食事はこれだけなの? 昨日の昼食も夕食もすごく少なかったし、これじゃあ動けなくなりそうよ」
「これだけよ。四日目からみんなと同じ物になるから、それまで我慢して。その内に慣れるわよ」
ケイトが小さい声で教えてくれた。そう言うケイト達のトレイに載っているのも、パンが一切れと紅茶だけだった。他の人のトレイにはベイクドエッグとハムが載っている。
私も小さい声で聞いてみた。
「なんであなた達の食事は、他の人より少ないの?」
「これが罰よ。食事がひどすぎて脱走しようとしたから、ずっと品数を減らされることになったの。ダリアは、私の脱走を黙っていたから同罪にされちゃったわ。ごめんね、ダリア」
「いいのよ。失敗して残念だったわね。次はうまくやって」
ダリアはのんびりとそう言う。いい子というより、肝が据わっているのかもしれない。普通なら脱走なんて考えずに、大人しくしていて欲しいと言うところだもの。
ケイトがもっと小さい声で、注意してくれた。
「これからは病気をしないよう気を付けて。体力が落ちるから、風邪を悪化させて、亡くなる子がたまにいるのよ。今までと同じに思っていたら、命にかかわるからね」
「それ、問題にならないの?」
ダリアが体を寄せて、小声でささやいた。
「厄介払いの収容所だから、死んでも問題ないのよね」
ダリアの言葉は、内容こそシビアだけど、表情と口調はゆっくりと楽しげだ。
彼女のふわっと柔らかい雰囲気は魅力的で、擦り寄りたくなってしまう。これは、男性たちが群がるわけだわ。
「でも、皆の食事だって、決して満足な量じゃないわ。これじゃあ、やせ細ってしまわない?」
「奉仕活動の時に、まともな食事を貰って、なんとか生き延びるのよ。その内、何か仕事を割り当てられるわよ」
「それって、どういうこと?」
後で、とケイトが言うので、話はそこで終わった。
朝食の後は、礼拝がおこなわれる。祈りを捧げ、賛美歌を歌い、説教を聞く。
一般的な礼拝だけど、残念ながら説教をするのは、ここの修道女たちなのだ。説教の内容が行動とかけ離れているので、聞いていて白ける。
その後、厨房当番に当たっている部屋が昼食の用意に行き、その他は分担して掃除を行う。
昼食後は、いくつかに分かれて、仕事にかかるそうだ。書物の書き写しとか、刺繍とか、帳簿付けの請け負いなんかもしているという。
私はこの日、105号室の二人と一緒に書写を行った。二人共とても字がうまいので、頻繁にこの仕事が回って来るそうだ。
書写の部屋には、10人ほどの見習い修道女がいて、静かに仕事をしている。それぞれが指示された本を書き写しているようだ。誰もおしゃべりをしない。喋っていたら叱られるのだろうか。
私に与えられた本は、薄くて簡易な文章のものだった。多分初心者向けなのだろう。
それでも、やっぱり綺麗に書くのは難しい。字が曲がって行かないよう、定規を置いて丁寧に書き続けると、かなり神経が消耗する。
肩と目が痛くなってきた頃、私の元に修道女がやって来た。
「リディア見習い修道女、一緒に来なさい。面会人が待っています」
そう言いながら、ぶっきらぼうに腕を引っ張られ、そのまま連れて行かれた先は、昨日の応接室だった。そこには、普段と比べて、よれっとした身なりのお父様が立っていた。
ドクンと心臓が大きく音を立てた。
私は父に会いたかったのだ。
会った途端に安心した。もう大丈夫だと思った。そして、こんなにも会いたかったのだと気がついた。
私はお父様に抱きついた。
◇◇◇
そこまで思い出して、ふっと微笑んだ。
あの時は、本当に幸せだった。
すっかりやる気満々になって、頑張れると思ったわね。
そうやって、数日が淡々と過ぎた頃に、あの騒ぎが起こったのよ。




