リディアの回想3 ダリアに与えられた仕事
仕事の調整係の修道女、キンバリーが、ダリアを呼んで告げた。
「ダリアは外へ奉仕活動に行ってもらうわよ」
「私、外に出られるのですか?」
「以前から、病弱な奥方のコンパニオンを探している方が居て、そこに貴方が適任だと思うのよ。話し相手と、散歩のお供などね。男爵家まで馬車で送らせるので、週4日、午後だけ通ってちょうだい」
私達はダリアを囲んで大喜びした。息の詰まる修道院生活から、少しでも抜け出して、外の空気を吸えるのだ。
奉仕活動と言って、こういう外部に出掛けての仕事がちょこちょこと入るそうだ。外では昼食やお菓子が出されるので、皆それを楽しみにしているという。楽しみというより、これに行くことができなければ、体力を保てないかもしれない。
ダリアは初日、ティータイムのお菓子の残りを持って帰ってくれた。なんて良い仕事なんだろう。私達は三人で、お菓子を分け合い喜んだ。
ところが三日目に帰ってきたダリアが、相談してきたのだ。
「屋敷の御主人が、言い寄ってきたの。どうしたらいいかしら」
「ええ! 突然に?」
「初日にご挨拶して、一緒にお茶を飲んだだけで、その後は会っていないのだけど、今日の帰りに部屋に呼ばれたのよ」
ザッと寒気が私の腕を這った。
貴族の屋敷では、主人の部屋の中で起こることに、助けは入らない。
「何もされなかった?」
「ええ。私、そういうの慣れているから。曖昧に濁して帰ってきたの」
そんな状況に慣れているダリアに、ホッとするやら不憫やらで、気持ちが落ち着かなかった。
でも、なんて節操のない男なんでしょう。妻のコンパニオンで、修道女で、しかもこんなに若い女性に言い寄るなんて。
「今からすぐ、キンバリー修道女に事情を話して、仕事を辞めさせてもらいましょう」
ダリアが少しだけ困った様子で、言いにくそうにした。
「修道院には話を通してあると言っていたの。病弱な妻のコンパニオン兼、自分のコンパニオンとして雇ったって」
なんですって!
息が詰まって声が出なかったのだけど、ケイトがドアをぶち開けた音に驚いて、強張りが解けた。
ダリアに何か言おうと思ったけど、その前にケイトを止めなくてはならない。
きっとでキンバリー修道女の執務室に怒鳴り込む気なのだ。それは私もやりたいけど、その前に少し落ち着かなくては。
「ケイト、待って。ちょっとだけ待って」
私は声をかけながら追いかけたけど、ケイトは足が驚くほど速い。瞬く間に中庭を走り抜けていく。
後ろから声がするので振り向くと、私の後をダリアが追って来ている。
白い頬が赤く上気していて、息も上がっている。唇が半開きになっているのが艶かしい。
まずいわ。すごくいけない想像をしてしまいそう。これじゃあ、ダリアにその気が全く無くても、男は寄ってくるわよね。
彼女がこのまま執務室に入ったら、良くない気がした。それでケイトを追うのを諦めて、ダリアを落ち着かせる事にした。
「ケイトには追いつけないわ。ゆっくり行きましょう。大きく息を吸って。ゆっくり吐いて」
ダリアは素直に従ってくれる。大きく息をしながら汗を拭っている。
うーん。何をやっても色っぽいわ。ただ汗を拭いているだけ、大きく息をしているだけなのに。
男性達は彼女に引き寄せられるけど、この修道院の修道女は、ダリアをいじめそうな気がする。これは私の勘だけど。
上がった息が落ち着いた頃に、ちょうどキンバリー修道女のいる執務室に着いた。
思いがけないことに、中は静かだった。
「なんだか変ね。静かだわ。ケイトは中にいるのかしら」
「私が先に入るわ。私の仕事のことだもの。ちゃんと確認してみる」
ダリアが木のぶ厚いドアをノックした
「ダリア・ヒルです。私の仕事についてお伺いしたくてまいりました」
「入って」
ぶっきらぼうな声が応えた。この修道院はぶっきらぼうに応対するのが決まりのようだ。
「何?」
「今日、屋敷の御主人から、コンパニオンの仕事は、奥様と御主人様の両方に対する契約だと聞かされました。本当でしょうか」
「そうよ」
「私は、奥様の方しか聞いていません」
「そうだったかしら? 男爵様の話相手をすることも伝えたと思うけど」
余りにむちゃくちゃな話に我慢ができなくなって、私は話に割り込んだ。
「男性用のコンパニオンなんて、聞いたことがありません。非常識です」
キンバリー修道女は、私を黙って睨んだ。
「貴方がたは見習いとは言え修道女です。神の前には男も女もありません。不自由をしている人に手を差し伸べるのが仕事です」
「意味合いが違います。私達は、見習い修道女ですが、未婚の貴族令嬢です。話し相手だとしても、男性と二人きりで過ごすことはありえません」
そう言って私はダリアの方を向き、彼女に断るよう促した。ダリアは頷いて言った。
「私は、この仕事をお断りします」
「困ったわね。この仕事はあなたにぴったりだと思ったのだけど。あなたのご家族からは、そう伺っていますから」
キンバリー修道女の目が皮肉っぽく光った。ダリアの評判を聞いて選んだと言いたいようだ。例え噂が本当の事だったとしても、それを矯正するための修道院のはずなのに、何を開き直っているのだろう。私の頭の中は怒りと、信じられない思いで混乱していた。
「私が義兄や義姉の婚約者に色目を使う話なら嘘です。私は彼らから逃げるのに必死だった。その他の男とは口も聞いていません。義兄が追い払うので」
キンバリー修道女は考える振りをした。どう見ても振りだ。
そのあざとさが余計に腹立たしい。
「どちらの言葉が本当やら、私には判断できませんが、そう言うなら御主人のコンパニオンの方だけ断りましょう。それで良いですね」
いや、良くない。そもそも、そんな依頼を受けること自体どうかしている。
ここが監獄だとしてもありえない。
それで咄嗟に声が出てしまった。
「お断りします」
「リディア見習い修道女。なんであなたが断るの。関係ないでしょ」
「ダリアの友達だからです」
「じゃあ、あなたが代わってあげる? それでもいいのよ」
何を言い出すやら。この罰当たり修道女は!
腹が立って、声が出ない。
「お友達が心配なのでしょう?」
キンバリー修道女は、薄ら笑いを浮かべて私を見ている。
怒りすぎて出ない声を、腹に力を込めて無理やり押し出した。掠れた低い声だが、やっと声が出せた。
「私は貴族の令嬢です。私も他の見習い修道女達もです。誰にもそんな事はさせられません。だからそういった仕事は受けないでください」
気持ちのままに罵りたいのをこらえた言葉は、自分自身でも驚くほど控えめだった。
私とキンバリー修道女は黙って睨み合った。
その時ドアがバンと開いて、ケイトが飛び込んできた。
「こっちにいたのか。この恥知らず修道女」
ケイトの言葉が過激だ。もっとも口には出さないけど、私もそう思う。だからその言葉を聞いて、かなりすっきりした。
少ししてから、ガタイの良いメイベル修道女と、コニー修道女が飛び込んできた。二人共息が上がっている。ケイトを追いかけるのは大変だっただろう。
「この二人、いえ三人ね。独房に連れて行ってちょうだい。不服従に対する罰則を与えるわ。今日から5日間、一人で反省しなさい」
その声と共に、私の腕が後ろに回され、そのまま廊下に押し出された。




