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修道院パラダイス  作者:
第二章 父の後悔(ハント伯爵視点です)

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リディアとの面会


「何ということだ。手違いで修道院に送られるなど、あってはならないことだ。これはつまり、王家のミスだということですね」


 院長が目に見えてうろたえた。


「いえ、さあ、私にはわかりかねます」


「ところで、娘に一目会うことは出来ないでしょうか。いきなり連れて来られて、リディアはどんなに驚いていることでしょう。一言慰めの言葉を掛けてあげたいのです」


「申し訳ございません。新入りの見習い修道女は、二か月たって、この修道院に慣れてからでないと、面会が出来ないことになっております。甘えが出てしまって、ご本人も辛い思いをすることになってしまいますので」


 もっともらしいことを言うが、その二か月というのは、ベラに聞いた、徹底的に心を折る二か月ということだ。そう聞いていなければ、騙されてしまったかもしれない。

 

「ですが、私にとって、リディアはたった一人の家族なのです。あの子のいない生活など考えられない。何の罪もないのに、手違いからこんな事になったのなら、そこを考慮して一度だけ会わせてください。お願いします」


 院長は何か迷っているようだった。追剥が食いつく餌を投げて試してみようか?


「今私の持っている物と言えば、このタイピン位のものです。ささやかな品ですが、これを寄進させていただきます」

 そう言って、大きなエメラルドをダイヤで囲んだタイピンを外し、院長の目の前に置いた。


 院長の目の奥がギラッと光った。これは一財産になる高級品なのだ。

 これで釣れるか?


 院長はそれでもしばらく考えているようだった。それからふっと息を吐き、タイピンを手に取った。


「仕方がありませんね。子を思う親心に打たれました。これは本当に異例中の異例ですから、口外なさらないようお願いします」


 釣れたか。良かった。


 院長が修道女を呼び、リディアを連れて来るよう指示した。修道女はひどく驚いたが、院長が鋭く指示の言葉を繰り返すと、渋々といった様子で出て行った。

 修道女たちも、しっかりと追剥宿の手下だ。根性がひん曲がっていそうに見える。


 しばらく待つと、先ほどの修道女がリディアを連れて戻って来た。


「リディア。体は大丈夫か。突然の長旅で疲れてないか?」


「お父様。会いたかった」


 リディアが抱き着いて来た。私は彼女の背中をポンポンと叩いて落ち着かせ、顔を覗き込んだ。今の所、いつもと変わらないリディアだ。


 私は院長に向き直って、礼を述べ、少しの間だけ二人にして欲しいと頼んだ。

 院長は、タイピンに見入っていて心ここにあらず、という様子だった。どうぞとだけ言って、修道女と部屋から出て行った。思ったよりガードが甘いようだ。


「リディア、ここの待遇はどんなだい?」


「マリーから聞いてるでしょ。奴隷並みの扱いです。他の修道院は知りませんけど、これが神のためなら、誰も神なんて必要ないと言うでしょうね」


「それにしても、思ったより簡単に会わせてくれて驚いているんだが、理由はわかるかい」


 リディアはいたずらっぽくニッと笑った。


「こちらに来た時、私、緊張で震えていたの。そのまま大人しくて、か弱い風を装っているから、変な告げ口はしないと思ったのでしょうね」


「ユーリ殿下のことは聞いた。そちらは私に任せてくれ。問題はこの修道院だ。昔の知人がここに入っていたことがあって、彼女から聞いたが、大人しくて従順な人間になるよう、初めの二か月間で徹底的にきつい仕打ちをするらしい。それをどうにか乗り越えてくれ。私も外から出来ることをするけど、中には入れない。お前に頑張ってもらうしかない」


 リディアが目を見開いている。このまま連れて逃げてしまいたい。思わず私は、リディアを掴んでいる手に、力を入れてしまった。


「お父様、痛いわ」


 そう言って、リディアは私の手をそっと外した。


「あまり心配しないで。確かにここの見習い修道女たちは、妙に生気が無くて変な感じだけど、中には面白い子もいるの。私、ちょっと楽しみになってきているのよ。それに、ユーリ殿下のことは、お父様にお任せして良いのでしょ。報告を楽しみに待っています」


 さすがは私のリディアだ。

 

「クックを飛ばすから手紙を書いてくれ。待っているよ」


 私はもう一度リディアを抱きしめた。

 ドアがノックもなくいきなり開き、院長と修道女がずかずかと部屋に入って来た。入ってすぐに、二人の様子をじろじろと眺め、不審な様子がないのを見て取ると、満足そうに椅子に座った。


 さすが追剥宿だ。礼儀は知らないと言うことか。私は呆れていたが、院長はご機嫌そうだ。


「さあ、そろそろお引き取りください。これは本当に特別なのですからね」


「ありがとうございました。娘が元気そうで安心しました。今後も色々と寄進させていただきます。どうぞ娘をよろしく願いします」


 リディアは下を向いて笑いそうな表情を隠している。

 この子は大丈夫だろう。私は安心した。


「ご安心ください。しっかりと導いて差し上げます」


 院長の全く信用できない言葉に送られて、私は後ろ髪を引かれる思いで、修道院を後にした。


 修道院からの帰り道で、私は今からしなければならないことを、色々と考えていた。

 リディアに会えるまで、この付近で粘るつもりだったが、あっけなく会うことが出来たので、こうなったらさっさと帰ることに決めた。


 まずは王家に今回の騒動の責任をとらせなければいけない。

 それから、リディアをサポートするために、何ができるか調べなくては。


 それにしても、あの修道院長がどうやってあの地位に付けたのかが不思議だった。シリカ修道院は、王族でも覆せない程の権限を持っている、かなり格の高い修道院なのだ。心根の卑しさが、全く隠せていないような女に、何を考えて院長の地位を与えたのか、これも調べなくてはいけないことだった。


 それで、昔の修道院を知っているベラに、問い合わせをしてみようと思いついた。彼女が知っている相手だったら、対策を練るのが楽になる。



 王都の屋敷に戻ると、すぐにロイに連絡を取った。

 気の利いた男であるロイは、目立たないように、夜に馬で屋敷を訪ねて来た。


「伯爵様、ずいぶん早く戻られましたね。リディアには会えたのですか?」


「エメラルドのタイピンが物を言った。追剥には、エサが有効だ」


 ロイはきょとんとしている。多分、あの修道院の内情を全く知らないのだろう。

 私はリディアの言葉と、私が見て感じた事を話してあげた。


「なんてことだ。権威ある修道院が、本物の監獄か、追剥宿だなんて」


「リディアが、自分たちは奴隷のように扱われている、と言っていたぞ。私はこれから、あの修道院について徹底的に調べるつもりだ。多分ひどい実態が浮き彫りになるだろう。その責任を誰が取るのか、楽しみだな」


 私が微笑むのを見ると、ロイは腕を擦って不安そうな顔をした。


「ところで、王やユーリ殿下はどうしている。何か動きはあったか」


「はい。護送車と、止めに行った騎士達の両方が戻り、リディアが修道院に入ってしまった事がわかりました。運の悪い行き違いで、ほんのわずかで間に合わなかったと聞いています。王はしばらく誰にも会いたくないと、引きこもっておられます」


「ユーリ殿下は?」


「いつもと同じですね。学院を卒業したので、今は政務を少しずつ受け持ち始めています。まだリディアとの婚約解消の話は、公表されていません」


 そうか、私の様子を見ようという事かな。さて、どう動こうか。


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