マリー達との合流
騎士達はそのまま王都の方向に進んで行った。
私は、周囲を慎重に見ながら、修道院の方へ進むことにした。
リディア達はいったいどこに居るのだろう。街道には姿が見当たらない。
そう思いつつだいぶ走った頃、向かい側からやって来る馬車に行き当たった。これは王宮の護送車だ。
先頭を駆ける騎士が馬の速度を緩めて、馬車に近付き、中に向かって話し掛けると、窓からマリーが顔を出した。
「マリー。リディアは無事か」
私の声に、マリーは下を向いた。
それはどういう意味だ。やめてくれ。
急いで駆け寄り、馬車の中を覗き込んだ。
リディアが居ない。
「マリー、どうなったんだ。教えてくれ」
マリーは唇を震わせている。目が泳いでいて、涙まで盛り上がってきた。
これは、質問を限定しないと無理だと悟り、一つだけを聞いた。
「リディアは修道院に入ったのか?」
「はい」
そうか。やはり私は間に合わなかったのか。疲れがドッと出て、私は馬から降りた。
涙を拭いたマリーが、気を取り直したように顔を上げて、お嬢様からの伝言です、と言った。
「私は大丈夫だと伝えて欲しいとおっしゃいました。それから、クックを使って手紙のやり取りをしたいそうです。クックは修道院の敷地内で放しました。屋敷と修道院の間の道を覚えてくれると思います」
「そうか。リディアは大丈夫だといったのか。さすが我が娘だ」
「それから、この修道院は監獄か追剥宿だと。身ぐるみ剥いで、手当をすることさえしない、だそうです」
「手当とはなんだ。リディアに何かあったのか?」
「いいえ、リディア様はお元気です。色々あって、この6日間の事を一からお話ししないと、説明が難しいのです。それには時間がかかります。伯爵様は、今からどうされるおつもりですか」
そう言われて考えた。
すぐにでも修道院に乗り込んでリディアに会いたいが、マリーの説明を聞いたほうがいいに決まっている。それに今から急いでも、もう一年間は、リディアは修道院から出られない。逆に言えば、王家もリディアに手が出せないのだ。
「マリー、どこかで一休みしよう。そこで話を聞かせてくれ。皆も、一旦休憩だ」
振り返ると、伯爵家の騎士達は、全員がしょげかえっていた。辛いのは私だけではないのだな。そう思ったら、少し力が戻って来た。
だから少しだけ頑張って笑った。
「もう日も暮れて来た。どこかで一泊しよう。マリーも疲れているだろう。そこでゆっくりと話を聞こうか」
宿に落ち着き、食事を済ませてから、マリーに夜会当日から、今までの事を話してもらった。
その夜、マリーは吠えた。吠えまくった。話の節々に、ユーリ殿下への罵詈雑言を混ぜ、怒りながらも時には笑い、笑ったと思えば泣いた。その合間にワインを樽からカップに注いでぐびぐびと飲み、火を噴く勢いだ。
なぜか、護送車の隊長と兵士達も一緒になって話を盛り上げてくれた。それは、かなり聞きごたえのある話だったので、全て聞き終えたら、ドッと疲れてしまった。
「マリー、えらい目に合ったな。ご苦労だった。何か褒美を用意する」
「私より、リディア様の方が倍も辛かったはずです。でも、お嬢様は、自分の事より私達の事を心配してくださった。うれしいやら、誇らしいやら、悲しいやらで、私は、喜んだらいいのか、泣いたらいいのかわかりません」
言う通り、マリーの顔は涙でグシャグシャなのに、誇らし気でもある。
私だって、そうだ。自分の感情をどこに持って行ったらいいのかわからない。
とりあえず、護送車の隊長と兵にも礼を言っておいた。
「リディア様は、いつでも立派でした。私はずっと、感服しておりました。それに、私達の命を守ってくださった恩は、生涯忘れません」
隊長の言葉に、ハント家の騎士達は涙ぐんでいる。
さすがリディアだ。そうだ。だが逃げ込んだ先は、ベラが擬態しなければならなかった程の、魔窟なのだ。
私は無理やり明るい声を張って、皆に言った。
「今夜はゆっくり休んでくれ。明日のために疲れをとろう。明日は修道院に乗り込むぞ。出発は昼にする。それまで体調を整えてくれ」
その夜全員が、意識を失うようにベッドに沈んだことと思う。
私は少しの間眠れずにいたが、疲れが出ていつの間にか寝ていた。
翌朝起きた時には、もう昼に近くなっていた。
午前中の内に通りかかったクックを、マリーが留めてあると聞いたので、私はロイ宛の伝言をクックに持たせた。
『しばらくシリカ修道院の様子を探るため、この辺りに留まる。そちらの状況を知らせてくれ』
そう書いた紙を括り付け、クックを放った。
クックは高く羽ばたき、少しホバリングしたのち、王都の方に向かって飛んで行った。
クックは特別な鳩だ。場所を覚えるのが驚異的に早く、一度来た場所には正確に飛んで行ってくれる。クックが居るから私は遠方に出掛けることが出来る。そうでなければ、一歩もリディアの傍を離れられなかっただろう。
クックを見送りながら、今回の出張が、完全な私の判断ミスだった事を思い出し、再度落ち込んだ。
昼に宿を発ち、私と騎士達は修道院に向かった。
護送車の兵たちには、先に王宮に戻るよう言って、王都に向かわせた。リディアが修道院に入ったことを、既に私が知ってしまった後なので、彼らが害されることも無いはずだ。
王宮に戻ってからの業務報告では、淡々と護送業務をこなし、体調を崩したリディアのために何回かこまめな休憩をとり、無事に送り届けました、と報告することになっている。
私達と帰途に出くわし時に、その話のみを伝え、誰が命じたかについては、上司からと答えたことにしてもらう。
修道院が見えてくると、私はうれしくなった、ここにはリディアがいるのだ。
そう思うと、修道院自体が大切なものに思えて来る。
門で名前と来訪の目的を伝え、案内を待つと、しばらくして修道女が出て来た。私一人だけが面会を許され、彼女の後について修道院に入った。
他の者達は、裏門に回ってくれと言われ、そちらに向かう。
昨夜の話に出て来た裏門の事だな、と思うと口元が緩む。体ぎりぎりのところを、馬車が尻を振りながら通過した時、門番はさぞかし肝を冷やしたことだろう。裏門に向かう騎士達も、なんとなくにやにやしている。
応接室でしばらく待つと、院長のカスリーと名乗る女がやって来た。一見慈悲深そうな表情を作っているが、目はすばしこく私を探っている。リディアの言うように、追剥のような目だ。
私は心中で、ため息を付いた。やはり、ろくな院長ではない。ベラのころから代替わりしていたら、もしかしたらと思っていたが、そうはいかないようだ。
「お時間をお取りいただきありがとうございます。私はラリー・ハント。昨日からこちらにお世話になっているリディア・ハントの父です」
院長はまずにっこりと微笑んだ。
「はい。お嬢様は私共がしっかりとお世話させていただきます。ご心配なく」
「リディアはどういう理由で、こちらに入ることになったんでしょうか。私は外遊しておりまして、詳細を聞いていないのですが」
私は困惑の表情で、質問してみた。
「当初お嬢様は、王族への不敬の罪でここへ送られてまいりました。それが誓約書を書いた後で、王宮から急使がやって来て、手違いだったと言うのです。ただ、ご存じだとは思いますが、この修道院は誓約書にサインした後、一年間は出ることが出来ません。昨日も何時間も使者様方に粘られたのですが、これは王族と言えども、破ることが出来ない取り決めなのです」
院長もまた、困惑の表情でそう説明して、いかにも困ったように頬に手を当てた。




