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修道院パラダイス  作者:
第一章 突然の出来事

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修道院生活の始まり


 私は修道院長に、おずおずと言ってみた。


「侍女にお別れの挨拶をしたいので、ほんの少しだけ時間をいただけませんか」


「何を甘えているのです。今この時から、あなたは見習い修道女です。そんな我儘は許されません」


 あ、やっぱり。言いそうだと思っていたのよ。

 この手の人は、自分が優位に立ったと思った途端に、相手をいたぶり始めるのよね。


 私はシュンとした様子で修道女の後を付いていった。案内された先は、何の変哲もない小部屋で、そこで見習い修道女の服一式を渡された。


「さっさと着替えて。今着ているもの、持っている物は、全てこの籠に入れなさい」


 私は大人しく言われたようにした。

 籠の中には、途中で買ったドレス一式と、持っていたお金四千ミルが積まれた。


「これは取って置いてくださるのですか?」


「教会に寄進していただきます」


 やっぱり、監獄だわ。マリーに金目の物を渡しておいてよかった。


 修道女は籠の中のドレスを引っ張り上げて、ジロジロ見ている。


「身分の割に粗末なドレスね。装飾品も持っていないなんて」


 監獄の獄吏というより、追い剥ぎみたい。


「突然だったので、持ち物を売ってお金を工面したんです」


 チッと舌打ちの音が聞こえた。それから、これだから世間知らずの令嬢は、というつぶやき。修道女の目が、私の首に掛かった、細い銀のクロスに停まった。


「ちょっと、それは何? それも出しなさい」


 そう言われたので、素直に首から外して、ペンダントを差し出された手の上に乗せた。修道女はペンダントをつまみ上げ、不審げな顔で眺め回した。


「貴族の令嬢が持つ物とは思えない、粗末な品ね。これは何なの?」


 言い方がひどい。質素な品でも、私は気に入っているのだ。素直に渡すのが嫌になり、少し抵抗してみることにした。


「これは乳母から貰った物で、お守り替わりにずっと下着の上に着けていたものです。クロスですし、持っていたいのですけど、駄目でしょうか」


 修道女はもう一度ひっくり返して見てから、古いし安物ね、と言って返してくれた。


 この先が思いやられる。それでも、ユーリ様と変な噂を立てられるよりは良い。それに皆が無事ならそれだけで、とそこまで考えて青くなった。


 彼らは無事なのだろうか?  追手は修道院まで来て、私を取り返そうとしていた。護送役の隊長達とマリーはどうしているのだろう。


「あの、ほんの少しの間だけ、侍女に会えないでしょうか。五分もあれば十分なのですけど」


 修道女が横目で睨みつけてきた。


「入ったばかりでもう我儘を言い出すの? とんでもない見習いね」


「侍女にお金を預けたのです。それも寄進させていただこうと思ったのですが。駄目でしょうか?」


「それなら私が受け取っておくわ。ありがとう」


 彼女はものすごく意地の悪い目をして、部屋から出ていった。セリフを付けるとしたら 『ざまあみろ、絶対に会わせてなんかやるものか』 だわ。こんなのが修道女だなんて、世の中間違っている。


 悔しくてジタバタしていたら、乱暴にドアが開けられた。

 鼻息も荒く修道女が言った。


「あなたの侍女が、お嬢様の許しなしには何もできません、と強情を張っているわ。付いて来なさい。特別に会わせてあげるから」


 とにかく会えることになったので、ホッとした。しかし、私の介抱をしてくれるのじゃなかったかしら。それは一体どうなったのだろう。

 金目のものだけ取り上げたら、死のうがどうしようがお構いなしなのかしら。あんまりな修道院。

 この時から私は、ここを修道院と思うのを辞めた。ここは追剥宿か監獄だわ。


 業者用の出入り口らしきところに連れて行かれ、少し待つとマリーが修道女に連れられてやって来た。


「お嬢様」


 一言だけ言って、マリーが飛び付いてきた。


「王宮から使いが来たと聞いたけど、彼らはどうしているの?」


「まだ院長様と直談判中らしいです」


「貴方達はどうするのかしら」


「どうしたら良いのでしょう。帰っていいやら何やら分かりません」


 しばらくやりとりを見ていた修道女が、早くしなさいとせっついて来た。


「あのね、修道院に入るにあたって、寄進をする必要があるようなの。マリーに預けたお金の内、二千ミルを寄進に充てたいので、渡してちょうだい」


 マリーはびっくりして目を丸くしている。


 マリーはリディアから預かったお金の内、二千ミルを布袋から出し、手渡してきた。これはどういうことでしょうと、表情だけで尋ねてくる。


「こちらに入る時には、持ち物全てを寄進するそうなの。私は装飾品も持っていないから、せめてお金だけでもと思って。あなたの帰りの旅費が、ぎりぎりになってしまってごめんなさい」


 お嬢様、と言ってマリーが再び抱きついて来た。


 私は 『身ぐるみ剥ぐだけで、手当する気もないようよ。ここは正真正銘の監獄ね。もしくは追剥ぎ宿。父に伝えて』 と小声でささやいた。それから体を離し、聞こえるように話した。


「無事に帰ったら手紙を出してちょうだいね。私もたくさん手紙を送るわ」


「手紙は禁止です。面会も始めの2ヶ月間は禁止。見習い修道女が慣れるまで、外部との接触は制限することになっています」


 私の言葉に、すかさず修道女が口を挟んだ。じゃあ2か月間、外部と完全に切り離されるということ。

 それは不安だわ。


「じゃあ、2ヶ月後に。それまでクックの世話をよろしく」


 そう言って、マリーを見ると、意図は伝わったようだ。これでクックを使った連絡は取り合える。少しだけホッとした。


「お嬢様、どうかお元気で。面会日には毎回私が参ります。その時に差し入れができますか?」


 マリーが修道女の方を向き、お伺いを立てた。


「もちろんです。差し入れも寄進も受け入れております」


 うーん、もらうことに関してだけ、かなり積極的ね。


「ところでマリー、お願いがあるの。お父様が、こちらに向かっていると思うの。なるべく早く帰途に付いて、お父様と合流して今回の事を伝えて。多分とても心配しているだろうから、私は大丈夫だと伝えて。お願いできる?」


「はい。お嬢様。承知いたしました。ではすぐに、ここを発ちます」


「お願いね。お父様のことだもの。呆然としているうちに、追い剥ぎに身ぐるみ剥がされてしまうかも。護送車の隊長達とマリーに、慰め役をお願いするわ」


 マリーは指示を受けて、だいぶ落ち着いたようだ。しっかりした様子で、きちんと修道女にも挨拶して戻っていった。



 ちなみに、追い剥ぎは嫌味のつもりだったのだけど、修道女はピクリとも反応しなかった。自覚がないのね。

 私は大きくため息をついた。今から私の修道院生活が始まるのだ。


 とんでもない経験になりそうだわ。


次回から 『第二章 父の後悔』 に入ります。

リディア溺愛のお父さん視点なので、少し黒い感じになりますよ。


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