第4話:冒険者としての一歩
宿屋の固いベッドの上で、俺は目を覚ました。窓から差し込む朝の光が、部屋の埃をきらきらと照らし出している。隣では、枕元に丸くなって眠っていたソラが「ピュイ」と寝息のような音を立てていた。穏やかな朝。だが、俺の心は静かな闘志で満ちていた。
俺はそっとベッドを抜け出し、意識を集中して自身のステータスウィンドウを開く。
【ライアン・アークライト】
職業: テイマー
レベル: 1
加護: 《神竜の契約者》
昨日、ソラの正体を知った時の衝撃と興奮は、一夜明けてより明確な課題意識に変わっていた。ソラのステータスにあった『主の成長と共に真の力を解放する』という一文。つまり、神竜という規格外の存在の力は、レベル1の俺によって完全に封印されているに等しい。
ソラは、俺を守るために一度だけ竜の姿になった。だが、それはきっと、幼体であるソラにとっても大きな負担だったに違いない。二度とあんな無茶をさせないためにも、俺自身が強くならなければならない。敵の攻撃からソラを守り、ソラの力を正しく導ける主になる。それが、神竜と契約した俺の責務だ。
「よし、行くか、ソラ」
俺の決意を感じ取ったのか、ソラはぱちりと目を覚まし、元気よく俺の肩に飛び乗ってきた。
俺たちは朝の活気に満ちたアステルの街を抜け、冒険者ギルドへと向かう。目的は、今の俺でも達成可能な討伐クエストを探すことだ。レベルを上げるには、モンスターを倒して経験値を得るのが一番早い。
ギルドのクエストボードを睨みつけるように見る。Eランクの依頼は、薬草採取や荷物運びといった雑用がほとんどだ。だが、その中に一つ、俺の目を引く依頼書があった。
【緊急依頼:スライムの大量発生! 討伐求む! 場所:セリナ湿地帯 討伐対象:スライム 報酬:討伐数に応じて(一体につき銅貨1枚)】
スライムの討伐依頼。普通なら、ゴブリンやワイルドボアといった、より経験値の高いモンスターを狙うのが定石だ。だが、今の俺には武器らしい武器もなく、戦闘経験も皆無に等しい。そんな俺が、冒険者としての一歩を踏み出すには、これ以上ない依頼だった。
俺がその依頼書を剥がすと、近くで依頼を探していた屈強な冒険者たちが、こちらを見て鼻で笑った。
「おいおい、マジかよ。今どきスライム討伐なんて、冒険者学校の訓練じゃねえか」
「銅貨1枚のために湿地帯まで行くなんざ、よっぽど金に困ってんだな。哀れなこった」
以前の俺なら、その嘲笑に心を痛め、俯いていただろう。だが、今の俺は違う。肩には最強の相棒がいる。彼らの言葉など、気にもならなかった。俺は胸を張り、受付カウンターへ向かう。
「この依頼を受けます」
「はい、スライム討伐ですね。…あなた、昨日の方ですね。服が……」
受付嬢は、俺の小綺麗なシャツ(宿で必死に洗った)と、昨日までのボロボロの姿を見比べて少し驚いていたが、すぐに手続きを進めてくれた。
「セリナ湿地帯は街の西門から半刻ほどの距離です。スライムは弱いモンスターですが、数が多いため、沼に足を取られないようご注意ください」
「分かりました。ありがとうございます」
ギルドを出た俺は、その足で森へ向かい、手頃な長さと太さの木の枝を拾った。今の俺の武器はこれだけだ。心許ないことこの上ないが、無いよりはましだろう。
セリナ湿地帯は、その名の通り、じめじめとした空気が漂い、足元はぬかるんでいた。あちこちに水たまりがあり、奇妙な鳴き声の生き物が潜んでいる気配がする。
しばらく進むと、開けた場所に出た。そこには、緑色がかった半透明のモンスター、スライムが10匹以上もうごめいていた。
「…来たな」
ゴクリと喉が鳴る。これまで、戦闘は常に屈強なゲイルたちが前に立ち、俺は後ろで荷物を持っているだけだった。モンスターと一対一で対峙するのは、これが初めてだ。恐怖で足がすくむ。
木の枝を握る手に、じっとりと汗が滲んだ。俺に、できるだろうか。
その時、肩のソラが俺の頬をぷに、と叩いた。絆を通して、『大丈夫。一緒だ』という温かい感情が流れ込んでくる。
そうだ。俺は一人じゃない。
俺は覚悟を決め、一番近くにいたスライムに向かって、ゆっくりと歩み寄った。
相手はこちらに気づくと、体をぷるぷると震わせ、ゆっくりとした速度で跳ねてくる。チャンスだ。俺は木の枝を大きく振りかぶり、スライムの頭上めがけて振り下ろした。
しかし、恐怖で腰が引けていたせいで、狙いは大きく外れ、ぬかるんだ地面を叩いてしまった。バランスを崩し、無様に尻餅をつく。
スライムは、そんな俺を嘲笑うかのように、目の前まで迫ってきていた。
(まずい!)
スライムが、溶解液を吐き出すために体の一部を収縮させる。避けられない。
そう思った瞬間、横からシュッ、と小さな水弾が飛んできた。俺の肩から飛び降りたソラが放った、《溶解液》だ。ソラのそれは、通常のスライムのものより遥かに速く、正確に敵のスライムの足元(?)に着弾し、その動きを鈍らせた。
ソラから『今!』という強い意志が伝わってくる。
俺は泥だらけのまま立ち上がり、今度こそ無我夢中で、動きの鈍ったスライムに木の枝を突き刺した。
グシャッ、という鈍い感触。
スライムは体を痙攣させると、やがて動かなくなり、ポン、と小さな音を立てて消滅した。後には、指先ほどの大きさの青い魔石だけが残されている。
「…やった。俺が、倒した…」
初めて、自分の力でモンスターを倒した。込み上げてくる達成感に、体が打ち震える。
「ありがとう、ソラ!助かった!」
『ピュイ!』と、ソラは誇らしげに胸を張る。この小さな相棒は、ただ強いだけじゃない。戦況を的確に判断し、俺をサポートする知性も持ち合わせている。
一体目を倒したことで、俺の中の恐怖は、確かな自信へと変わり始めていた。ソラとの連携も、回数を重ねるごとに洗練されていく。ソラが敵の動きを止め、俺がとどめを刺す。その完璧なコンビネーションで、俺たちは次々とスライムを狩っていった。
そして、5匹目のスライムを倒した時、脳内に心地よいチャイムのような音が響いた。
《レベルがアップしました。Lv.1 → Lv.3》
《スキル《指揮》Lv.1を習得しました》
《スキル《詳細情報閲覧》のレベルが2に上がりました》
全身に力が漲る感覚。これが、レベルアップ。
ステータスを開くと、確かにレベルが上がり、新たなスキル《指揮》が増えていた。これは《使役》の上位スキルだろうか。試しにソラに「右のスライムを牽制してくれ」と念じてみると、以前より遥かに具体的で、明確な指示が伝わった感覚があった。ソラは俺の意図を完璧に理解し、狙い通りのスライムに溶解液を放つ。
さらに、レベルアップした《詳細情報閲覧》を敵のスライムに使うと、これまで見えなかった情報が表示された。
【スライム】
レベル: 1
弱点: 核(身体中央)
弱点まで見えるようになったのか!
「ソラ、俺が奴らの注意を引く!お前は回り込んで、横から核を狙ってくれ!」
俺の指揮のもと、ソラは素早く動き、敵の死角から核めがけて溶解液を放つ。核を破壊されたスライムは、一撃で消滅していった。
もはや、スライムは敵ではなかった。俺とソラは、湿地帯のスライムを面白いように狩り尽くしていく。
夕方になる頃には、依頼の対象となっていたスライムを全て討伐し終えていた。俺のレベルは5まで上がり、革袋はずっしりと重い魔石で満たされている。
意気揚々とギルドに戻り、カウンターに魔石の入った袋を置く。
「スライム討伐、完了しました」
受付嬢は袋の中身を確認すると、信じられないというように目を見開いた。
「こ、これ…全部あなたが? まさか、一人で30匹以上も…?」
「はい。相棒と一緒ですけどね」
俺が肩のソラを撫でると、受付嬢は唖然とした表情のまま、報酬を計算し始めた。周囲でその様子を見ていた冒険者たちも、ヒソヒソと噂を始めている。
「おい、あの兄ちゃん、スライムを30匹だってよ」
「たかがスライムだが、数は大したもんだ。あの小さなスライム、意外とやるのかもな…」
嘲笑は、いつの間にか驚きと、かすかな興味の色に変わっていた。
俺は報酬の銀貨3枚を手に、にやりと笑う。見返してやる、なんて大それたことを言ったが、こうして少しずつ認められていくのは、悪い気分じゃない。
その足で、俺は街の武具屋へ向かった。
「おや、兄ちゃん、冒険者かい? 何か探してるのかい?」
「はい。短剣と、軽い鎧を」
銀貨3枚は、決して大金ではない。買えるのは、中古の、一番安い装備だけだ。それでも、俺にとっては大きな一歩だった。俺はなけなしの金で、一振りの錆びついた短剣と、継ぎ接ぎだらけの革の鎧を手に入れた。
店の隅にある姿見に、自分の姿を映す。薄汚れたシャツ一枚だった昨日とは違う。少しだけ、ほんの少しだけ、冒険者らしくなった自分がそこにいた。肩の上では、ソラが夕日を受けてきらきらと輝いている。
俺は、初めて自分の力で手に入れた短剣の柄を、強く、強く握りしめた。
神竜の契約者としての、本当の冒エンは、まだ始まったばかりだ。
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ライアンとソラの新たな冒険、お楽しみいただけましたでしょうか。
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