第3話:神竜の契約者
森に、不気味なほどの静寂が戻っていた。先ほどまでゴブリンたちの下卑た笑い声と、死を覚悟した俺自身の荒い息遣いで満たされていた空間は、今や風が木々の葉を揺らす音しか聞こえない。目の前には、大地が黒く焼け焦げ、えぐり取られた惨状だけが、先ほどの出来事が現実であったことを物語っていた。
俺は震える足で立ち尽くしたまま、足元にいる小さなスライムを見つめていた。ぷにぷにとした水色の体。愛らしく「ピュイ」と鳴く、どこにでもいる最弱のモンスター。だが、この小さな体のどこに、先ほどのような天変地異を引き起こすほどの力が秘められているというのか。
「ソラ…お前、一体…何なんだ?」
かすれた声で問いかける。返事などあるはずもない。だが、ソラは俺の言葉を理解したかのように、ぴょん、と俺の胸に飛び乗り、心配そうにその身をすり寄せてきた。ひんやりとした感触が、シャツ越しに伝わってくる。
その瞬間、俺はテイマーとしてソラとの間に結ばれた『絆』が、これまで感じたことのないほど強く、明確なものであることに気づいた。これまで俺がテイムに挑戦してきたモンスターとの間には、細く、切れそうな糸のような繋がりしか感じられなかった。だが、ソラとの繋がりは違う。それはまるで、決して揺らぐことのない太い光の綱のようだ。
俺はその繋がりに意識を集中させてみる。すると、ソラの純粋な感情が、言葉にならないイメージとして俺の脳内に直接流れ込んできた。
――こわかった?
――だいじょうぶ?
――まもりたかった。
――ライアン、たいせつ。
それは、幼い子供のような、飾り気のないストレートな想いだった。恐怖も、混乱も、全てが吹き飛んでいく。ソラは俺を傷つけようとしたゴブリンたちが許せず、ただただ俺を守るためだけに、あの力を使ったのだ。
「…そうか。俺を、守ってくれたのか。ありがとう、ソラ」
俺がそう言ってソラの体を優しく撫でると、『嬉しい』という感情が光の粒子のように弾けて、俺の心を満たしていく。ああ、こいつは間違いなく、俺が名付けた、あの心優しきスライムのソラなんだ。姿形が変わろうと、その魂は何も変わっていない。
安堵と共に、新たな疑問が湧き上がる。だとしても、ただのスライムがあんな竜の姿になるなど、常識では考えられない。何か、俺がまだ知らない秘密があるはずだ。
俺は自分の職業、【テイマー】について改めて考える。不遇職と蔑まれ、俺自身もその可能性を信じることをやめてしまっていた。だが、ソラとの間にこれほど強い絆を結べたということは、俺に何か特別な才能があったのではないか?あるいは、テイマーという職業そのものに、まだ知られていない力が眠っているのでは…?
祈るような気持ちで、俺は自分のスキルに意識を向ける。これまで使えたのは、モンスターと契約を結ぶ《契約》と、簡単な命令を送る《使役》だけだ。だが、もっと何かあるはずだ。ソラとの強い絆が、俺の隠された能力を引き出してくれるかもしれない。
「見せろ…!俺と、ソラの全てを…!」
俺が強く念じると、脳内で何かがカチリと音を立てて噛み合ったような感覚がした。すると、目の前の空間に、半透明の青いウィンドウがふわりと浮かび上がったのだ。
「な、なんだ…これ…」
ウィンドウには、文字が羅列されていた。
【ライアン・アークライト】
種族: 人間
職業: テイマー
称号: なし
スキル: 《契約》《使役》《詳細情報閲覧》
《詳細情報閲覧》…? 見たこともないスキル名が追加されている。まさか、これが俺の新たな力なのか? 俺は試しに、目の前に生えている樫の木に意識を向けてみた。
【樫の木】
種族: 植物
状態: 健康。樹齢約50年。
本当に見えた。ゲームのステータス画面のようだ。信じられない気持ちで、俺は自分自身にもう一度スキルを使ってみる。先ほどよりも詳細な情報が表示された。
【ライアン・アークライト】
種族: 人間
職業: テイマー
称号: なし
レベル: 1
スキル:
・《契約》Lv.1
・《使役》Lv.1
・《詳細情報閲覧》Lv.1
加護: 《神竜の契約者》
《神竜の契約者》…? 加護? いったい何のことだ?
ゴクリと喉が鳴る。心臓が早鐘のように打ち始めた。震える指先で、俺は最後の確認をする。全ての答えは、きっとここにあるはずだ。俺は胸元で心配そうに俺を見上げる相棒、ソラに《詳細情報閲覧》のスキルを発動した。
表示されたウィンドウを見て、俺は呼吸を忘れた。
【ソラ】
種族: 神竜(幼体)
称号: 《始まりの竜》《星を喰らう者》
レベル: 1
スキル:
・《森羅万象》…解析不能
・《???》…未解放
・《???》…未解放
状態: 契約済み(ライアン・アークライト)。主の成長と共に真の力を解放する。
しんりゅう…? 神竜?
聞き間違いじゃない。見間違いでもない。ウィンドウには、はっきりとそう表示されていた。神話やおとぎ話の中にしか存在しないはずの、世界の創造と破壊を司るとされる伝説の最高位存在。それが、神竜。
目の前の、このぷにぷにした愛らしいスライムが、その神竜だというのか。
称号も意味がわからない。《始まりの竜》?《星を喰らう者》? スケールが大きすぎて、もはや現実味がない。
だが、最後の文章が、全ての疑問を氷解させた。
『主の成長と共に真の力を解放する』
ソラが本来の力を発揮するには、主である俺の成長が必要不可欠なのだ。そして、俺が授かった加護、《神竜の契約者》。つまり、俺の【テイマー】という職業は、不遇職などではなかった。神竜と契約し、その成長を促すという、世界でただ一人に与えられた唯一無二の天職だったのだ。
「は、はは…ははははは!」
乾いた笑いがこみ上げてきた。それは絶望の笑いではない。歓喜と、武者震いからくる笑いだった。
役立たず。寄生虫。ゴミ職業。そう言って俺を蔑み、追放したゲイルたち。彼らは、とんでもない宝物を自ら手放したのだ。いや、彼らには、俺とソラの真価を見抜くことなど、到底できなかっただろう。
「そうか…俺は、不遇なんかじゃなかったんだ…!」
俺はソラを胸に抱きしめる。ソラは嬉しそうに『ピュイ』と鳴いた。
「ありがとう、ソラ。お前が、俺の価値を教えてくれた。俺、決めたよ。もっともっと強くなる。お前が真の力を取り戻せるように、俺が最強のテイマーになってやる。そして、俺たちを馬鹿にした連中全員に、思い知らせてやるんだ。俺たちが、本物だってことをな!」
『ピュイ! ピュイ!』
ソラも、俺の決意に応えるように、力強く鳴いた。
俺たちはアステルの街に戻り、ギルドで癒し草を納品した。受付嬢は、黒焦げになった俺の服を見て少し驚いていたが、無事に銅貨10枚を渡してくれた。たった10枚の銅貨。だが、これは俺とソラが、二人で初めて稼いだ記念すべき報酬だ。
その金で、俺は一番安い宿を取り、焼きたての黒パンとスープを買った。追放されてから、初めてのまともな食事だ。パンをちぎってソラにやると、うまそうに吸収していく。そんな当たり前の光景が、今は何よりも愛おしく感じられた。
スープの温かさが、冷え切った体に染み渡る。
ゲイル、セリーナ、ボルガ。俺から全てを奪い、嘲笑った元仲間たち。今頃、俺が森で野垂れ死にしているとでも思っているだろう。
だが、見ていろ。俺はもう、お前たちに虐げられていた無力な少年じゃない。
伝説の神竜を相棒にした、世界で唯一のテイマーだ。
どん底から始まる俺の逆転劇。その幕は、今、静かに上がったのだ。
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ライアンとソラの新たな冒険、お楽しみいただけましたでしょうか。
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