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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第二十二話:参の型 弓・貫改

おまたせ、今日から連載再開だよ! 

「ユウリ先輩、結構意味深なこと言ってましたね」


 ユウリ先輩が去ったあと、クーナがつぶやく。


「ソージ、どうする? 戻るのもありだと思うわ」


 アンネが真面目な顔で話しかけてくる。

 ユウリ先輩は二つのアドバイスをくれた。

 一つは悪い予感がするから、今日は帰ったほうがいい。

 もう一つは、いつの時代も悪い魔法を解くのは王子様のキス。

 後者はよくわからないが、前者は非常にわかりやすい。

 相手があの人じゃなければ聞き流すのだが……。


「いや、狩りをしよう。危険でも前に進むしかないんだ。今の状況では何もしないことにもリスクがある」


 クーナの変質魔力を解析するにも、変質魔力を使用した魔術の使用にも今以上の力が必要になる。早急に魔石を手に入れて強くならないといけない。

 現状維持で居ること自体がリスクだ。

 同じリスクを負うなら前に進む道を選びたい。


「わかったわソージ。でも、無理はしないようにしましょう」

「そうだね。いつも以上に慎重に行こう」

「私も、気をつけますね」


 俺たち三人は、頷き合い次に進むことを決意する。


 ◇


「ここが地下八階。また雰囲気が変わったわね」

「このフロアは、ほとんど湖だよ。足場が不安定だから気をつけて」


 地下八階に到着した途端、アンネが唖然とした表情を浮かべる。

 このフロアは、見渡す限り湖でマングローブのような木々が湖の中でそびえ立っており、根が水面に顔を出している。

 なので、その根を足場にして進むことができるのだ。


「水が、泥色です。ここには落ちたくないですね。服が泥色になって落ちなさそう」

「汚れもそうだけど、たっぷり瘴気が染みこんだ水だからね。落ちると酷いことになるよ。皮膚はただれるし、飲んじゃうと瘴気でのたうちまわる。泳ぎ上手でも、瘴気のダメージを受けて、溺れて余計に水を飲んで、瘴気にやられて死んじゃうってことが多い。上級者でも油断すると簡単に死ぬ」


 クーナが湖を見て、生唾を飲み込んだ。

 地下八階は探索者にとって、あまり美味しくないフィールドだ。

 足場はマングローブのような木々の不安定な根っこな上に、足を踏み外して湖に落ちれば地獄の苦しみを味わう。


「こんなフィールド早く抜けてしまいましょう!」

「それがいいわね。この足場で戦うのはきついわ」

「このフロアな嫌なところはそこだけじゃないけどね」


 足場以外にもにも探索者にとって不利な要素がある。

 二人共、表情を固くした。

 そして、俺達はマングローブの根の足場をしっかりと踏みしめて歩いて行く。

 マングローブの根の道が途切れる。


 次の足場が二メートルほど先だ。

 俺たちは助走をつけて飛ぶ。

 ランク2の身体能力であれば余裕とはいえ、落ちれば死にかねない状況では、緊張する。

 どうやら、しばらくはこうして跳んで移動しないといけないようだ。マングローブ同士の間隔が広く、周りが水に囲まれている。


「クーナ、敵の気配はないかしら?」

「今のところ、私の耳でも敵の気配はつかめてないですね」


 アンネの問いかけにクーナが答える。


「クーナ、警戒するのは地上だけじゃ駄目だよ」


 俺は苦笑した。クーナは毎回地下迷宮の落とし穴に引っかかる。

 今もしっかりと敵は近づいてきている。


「それってどういう」

「自分で気付こう」

「わかりました」


 痛い目を見て覚えてもらおう。幸い俺がフォローできる程度の状況だ。


「……なるほど、そういうことですか」


 どうやら、自分で気付いたらしい。クーナはアンネにも敵が水中に居ることを告げる。

 そう、水の中だからこそ、クーナはそいつの接近に気付いていなかった。

 初めてこのフロアに来た探索者はたいてい、水の中への警戒を怠り痛手を追う。

 新たな、マングローブの木の根に着地した瞬間そいつはきた。


 水面から勢いよく黄土色の巨体が飛び出す。

 体長が2メートル程度のワニだ。巨大な口を目一杯開いている。

 水中から忍び寄り、不意打ちをしかけてきたのだ。


 俺は右、クーナとアンネは左に跳び躱す。

 予め気がついていたからこそ反応できた。

 すれ違う際に、カチンと甲高い音がなった。馬鹿でかい口で噛み付こうとしたのだ。

 ワニは俺たちの間を通り抜けて、陸地にはあがらず、そのまま再び水中に潜行する。


 まだ俺たちを狙っているらしく。魚影が湖に浮かび、俺たちの居るマングローブの周りをぐるぐる回っている。。

 あの魔物は、ハイディングアリゲーター。

 ランク1上位の魔物で用心深さと、悪質さで知られてる。


「足場が悪いだけじゃなくて、水の中から攻撃してくる魔物がいるなんて。確かに嫌なフロアですね」


 クーナが【豪炎槍】……八本の炎の槍を束ねた、貫通性の高い遠距離魔術を使用する。

 水面に着弾した瞬間に、爆音がして水蒸気が立ち上る。だが、水中にいるワニには効果が薄い。

 水と炎の相性が悪いのもあるが、瘴気にまみれた水は魔術を減衰させる効果がある。


 ハイディングアリゲーターの魚影が消えた。

 深く潜ったんだろう。

 俺たちは周囲の警戒を強める。

 最初に奴に気付いたのは俺だった。

 あいつは、音も立てずに最後に魚影を見せた反対側に回りこみ顔だけ見せていた。不意をうつために気配を殺した動き。

 俺が気付けたのは魔力を感じたからだ。

 そう、やつは魔物でありながら魔術を使用する。

 ハイディングアリゲーターの鼻先にこぶし大の水球ができ、高速で回転、限界まで水圧を高めた上で、発射された。

 音速を超えた。水のライフル弾。

 奴の狙いはクーナだ。


「【魔鉱錬成:しちの型 盾・壁】」


 魔力を感じた瞬間に準備をしていた魔術を展開する。

 エルシエのシリルから譲ってもらったオリハルコンが盾に変形する。

 クーナをかばう位置に立ち、盾を構え、受け止める。 

 手に鈍い衝撃が伝わる。だが、盾には傷一つなかった。

 もし、これがミスリルがであれば貫かれていただろう。それほどの一撃。


「なっ!?」

「いつのまに背後に」


 クーナとアンネの驚いた声が重なる。

 ハイディングアリゲーターはその名の通り、気配を消すことに長けている。

 しかも水場という恰好のスポット。

 彼女たちでも、たやすく気配を捕らえられない。 

 そして、なにより用心深い。

 不意打ちが得意で、遠距離攻撃にまで対応している。

 森林エリアの中では、トップクラスに探索者を殺してきた魔物だ。


「二人共、冷静に気配をさぐれ。水面の動き、魔力の気配、音、ありとあらゆるセンサーを働かせろ」


 二人が頷く。

 ハイディングアリゲーターは再び潜行した。


「ねえ、ソージくん。あのワニさんに対抗する手段はありますか? このままだと手詰まりです」


 気配を探しながらクーナが問いかけてくる。


「主に二つだな。最初の一撃のように飛びかかってきたところをカウンターで倒す」

「ソージ、それは私も考えたわ。でも、あの魔物近づく気配がないわ」

「あの魔物はハイディングアリゲーターって名前だ。あいつの用心深さと忍耐力は異常で探索者に蛇蝎のように嫌われてる。今言った方法はまず無理だ。本当のことを言えば、初撃は飛びかかってくることが多いからそこで仕留めればベストだった」


 ハイディングアリゲーターは何時間でも隙を伺ってくるし、しびれを切らせた場合でも無茶な攻めをするのではなく諦めて逃げる。 


「うう、それじゃだめじゃないですか。無視しようにもあんなのが近くで潜ってるってわかってるのに、次の足場にジャンプなんて怖くてできないですよ。跳んだところをばっくりと行かれちゃいます」

「それも奴の必勝パターンだね」


 本当に奴は鬱陶しい。

 森林エリアの魔物の中で嫌われものランキングでも上位に入る。

 個体数が少ないのがせめてもの救いだ。


「なら、二つ目の方法はなんですか? さすがに、あのワニさんと根比べはしたくないです」

「二つ目は水の壁をぶち破る強力な一撃だね。実演してみよう。【魔鉱錬成:参の型 弓・貫改】」


 オリハルコンを弓の形に変える。

 だが、いつもの洋弓ではなく機械弓の形に。

 ランク2になったことで今まで消耗が激しく避けていた改の姿を取らせることができるようになった。


「あいつはさ、得物に緊張を強いるために時折わざと、水面に浮かんで魚影を見せつけてくる。そこを狙う」


 俺の言葉のとおり、ハイディングアリゲーターは水面に浮かんできて魚影が周囲を回り出す。

 機械弓を構え、レールに矢をセットする。

 魔力を通していく。錬成で作った武器は術式を一つ内包した状態で出来上がる。弓形態における改は【磁力操作】を付与している。

 やつの進路を予測。


「貫け……【コイルガン】」


 機械弓から磁力によって超加速状態で矢が放たれる。

 表面積が少ない矢は効率よく水をかきわけ水中に居るハイディングアリゲータの硬い鱗を突き破った。水が赤く染まる。


 これだけでは、奴は死なない。

 矢には二つの工夫がされている。一つは返しがついていて容易には抜けないこと。もう一つは、見えないほど細いオリハルコンの糸がついており弓と繋がっていること。


「【雷撃】」


 オリハルコンの糸を通じて、やつの体内を雷撃が蹂躙する。

 30秒ほど電気を流し続けると、ハイディングアリゲーターがこと切れて、湖の底に沈んでいく。


「これで、終わりっと。どうだ参考になったか?」

「……ソージ、剣士の私にはどうやっても無理な手段なのだけど」

「それは工夫次第だね。自分にできることの中で工夫して倒せばいい。剣でもできることはある」

「私は遠距離攻撃もできますが。さすがにソージくんほどの貫通力がある攻撃は……でも、何か考えてみます」


 クーナと、アンネはそれぞれに自分に出来ることを考え始める。

 いい傾向だ。人に教わるだけでは身につかないことがある。


「それで、ワニさんの嫌われポイントはまだあるんだけどね」

「えっ!? まだあるんですか?」

「うん、ある意味一番がそれかな」


 クーナが露骨に嫌な顔をする。

 俺は苦笑して口を開く。


「せっかく、苦労して倒してもたいてい水の中で死ぬから、なかなか死体と魔石を回収できないんだよ。あいつの皮は素材としてはすごくよくて、貴族のバッグとかに使われるから高く売れる。だからこそ余計に悔しい」


 瘴気の水をかき分けて死体を回収するのはとても難しい。探索者たちは涙を飲んで、水中に沈んでいくやつの死体を見届けるのだ。


「あのワニさん、死んでからも鬱陶しいって筋金入りですね……」


 クーナが呆れたようにもらした。

 アンネも苦笑いしている。


「まあ、俺はしっかり回収するけど」


 矢の尻についている糸を手繰っていく。矢には返しがついているので、抜けることはない。しばらくして、ハイディングアリゲータの死体が陸にあがった。


「ふう、釣れた釣れた。倒すだけなら三流だな。ちゃんと倒したあとのことを考えるのが一流の探索者だ。二人もそれを意識するように」


 矢の返しはこういうことも想定してつけてあるのだ。

 鼻歌を鳴らしながら解体して、高く売れそうな皮をバッグに詰めていく。


「さすがソージね。相変わらず抜け目がないわ」

「なんというか、すごいけど、すごいんですけど、なぜか尊敬できないです……」


 対照的な二人の視線を浴びる。


「こいつの肉はうまいんだ。もも肉がとくにうまいからそれだけは持って帰ろう。唐揚げにすると最高だよ。今日の夕御飯だ」


 二人が微妙な顔を浮かべていくなか、俺は淡々と解体作業を進めていった。

 今日の夕御飯が楽しみだ。


 

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