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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第三章:クーナの焔《ほのお》
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第二十話:サーロインステーキ・サンド

俺たちは地下迷宮で、ひたすら次の階層を目指して疾走していた。


「すごい、自分の体じゃないみたいです」

「そうね、これがランク2になったってことかしら」


 アンネとクーナが驚いたような声音で口を開く。


「俺の言っていた意味がわかっただろう? ランク1とランク2は根本的に違う」


 そう、俺達の階層の突破速度は、以前とは桁違いにあがっている。

 それもそのはずだ。

 ランク1とランク2の身体能力は、まるで違う。

 純粋に足が速いし、跳躍力もある。

 今までの二倍近い速度を出せて、なおかつ不可能だったショートカットも可能になるので、どんどん探索を進めていく。


「このスピードなら、地下九階もわりと簡単にたどり着けそうです!」

「まあな、これだけはやいと、今までさけられなかった敵もさけれるようになるしね」


 地下四階以降は、以前では、魔物に背中を見せるのに、非常にリスクがあったし、振りきることも難しかった。

 だが、今の俺達なら、なんなく振りきれる。


「ランク2でこれだと、ランク3になったら、どれだけ違うのかしら。少し楽しみになってきたわ」

「期待していていいよ。ランク3はさらに別次元だ」

「ソージくんの口ぶりだと、まるでランク3になったことがあるみたいに聞こえますね」


 さすが、クーナだ。変なところでするどい。


「まあ、いろいろと調べているんだよ。ペースをあげるぞ。地下九階までにランク2になった自分の体に慣れることを意識しろ。体の隅々に意識を張り巡らせながら走るんだ。認識を塗り替えておかないと、いざっていうときに隙ができるぞ!」

「そうですね。急に強くなると、頭と体の認識がずれて怖いです」

「私は、ランク2になってから、クラネルとの決闘に向けてソージと模擬戦を繰り返したから、ランク2の体になれたと思ってたけど……やっぱり、広い空間を走るのと、狭い空間の決闘は、ぜんぜん違うのね。はやく慣れないと」


 彼女たちの言うとおり、急に強くなるというのは、こういうリスクも存在する。体が動きすぎて失敗するというのは、探索者にありがちなミスだ。


 自分のパフォーマンスを理解しなければ、せっかくの強さが発揮できないどころか、致命的なミスを産むことすらありえる。


「それだけわかっていれば十分! さあ、気合を入れていくぞ!」


 そして俺達は、魔物や罠を一切無視して、最短で走り抜けた。

 こんな浅い層の魔物は相手にするだけ時間の無駄だ。


 ◇


「ここで、一時間ほど昼食をかねて、休憩をとろうと思う」

「地下七階まで、もうついちゃってびっくりです」

「前来た時は、日が暮れ始めていたわね」


 俺たちは、正午を少し過ぎたぐらいに地下七階にたどりついた。

 ここは、かつてゴブリンたちと戦った場所だ。

 ゴブリンたちは、森のなかに罠を仕掛けて戦う習性があるし、極めて警戒心が強いので開けた場所に出てくることを好まない。


 逆に言えば森に踏み込まないかぎり出くわすことが少ないので、地下五階との境目あたりの開けた空間は休憩するのに適している。

 昼飯をとるにはもってこいの場所だ。

 野営するのもここになる。

 地下八階、九階に居る魔物たちは、好戦的な上、異様に素早く、なおかついつ襲ってくるかわからない魔物ばかりなので、あそこでテントを張る気にはなれない。かといって、探索者たちが多くもっとも安全な地下四階では遠すぎる。


「今日の昼飯は、さっき狩ったばかりの、レッドホーンだ」


 貴重な保存食を消費しないように、地下六階で一度だけ魔物を倒している。

 【浄化】で瘴気は取り除いており、さらに魔術で無理やり熟成させたので、いつでも食べられる状態だ。


 さすがに肉全てはもってこれなかったので、サーロインにあたる上等な部分だけもってきた。

 ……この階層で現地調達をする気にはなれなかった。ここにはゴブリン絡みの魔物しか居ない。さすがに食べられない。

 人型にはどうしても抵抗があるのだ。


「牛さんですね! なかなか食べられないので、楽しみです!」

「牛は買うと高いから、しょうがないわ。ただ、魔物の牛が美味しいかどうかはわからないけど」

「レッドホーンはうまいよ。魔物の中ではトップクラスに人気がある」


 プレイヤーの中で、うまい魔物情報は共有されている。

 レッドホーンは下層の中ではかなり上等な部類だ。


「ただ、少しかたいから調理には工夫が必要だな」


 俺は肉をステーキにしてはかなり薄く切り、フライパンに敷き詰め、塩コショウをふる。

 厚くきると食えたものじゃない。

 薄くすると物足りなくなるが、レッド・ホーンの場合、肉の味が非常に強いので十分楽しめる。


「はい、クーナ任せた」

「りょーかいです!」


 肉を敷き詰めたフライパンをクーナに渡す。

 すると、クーナが鼻歌まじりに魔術で肉を焼く。

 焚き火なんて面倒なことをしなくても、クーナならきっちり焼いてくれる。

 しかも、料理がうまいので最適な焼き加減で仕上げてくれるのだ。きちんと火を通しつつ肉汁を逃がさない。おそらく、焼き物に関しては俺は一生クーナにかなわない。


「はい、できました!」

「はいよ」


 俺はクーナが肉を焼いている間に準備していた、切れ目を入れたパンに、バターを塗って干しトマトとクーナが焼いた肉を挟み込む。

 こで、サーロイン・ステーキサンドの完成。できたサーロイン・ステーキサンドを二人に渡した。


「わりと、シンプルな料理ですね」

「素材がいいからね。せっかくのレッド・ホーンのサーロインだ、手を加えずに楽しんだほうがいい。豪快にかぶりつけ」


 俺はその言葉のとおり、サーロイン・ステーキサンドをほおばる。

 肉汁が飛び出て、レッド・ホーンの旨味が口いっぱいに広がる。そして、くどくなりがちなそれを、酸味がある干しトマトがさっぱりさせてくれる。


「ソージ、ずるい。私もいただくわ」

「私も、私も」


 クーナとアンネも慌てて頬張る。


「ううーん、贅沢な味です! こんな、大雑把な料理なのに、すっごい高級感があります」

「そうね、とっても美味しいわ。地下迷宮で、こんな素敵なものを食べられるなんて幸せね」


 ふたりとも夢中になって、サーロインサンドを食べる。

 これだけ喜んでもらえると俺も嬉しい。


「はい、お茶」

「ありがとうございます!」

「ソージって、結構気が利くわよね」


 俺はハーブティを二人に渡す。

 これは完全に趣味だ。王都で、見かけた新種だから俺自身飲むのが楽しみだ。


「ふう、ほっとします。お腹一杯になって、食後のお茶でほっとして、地下迷宮に居るって気がしません」


 その言葉のとおり、クーナがほんわかした表情でぼうっとしている。


「これで、午後からの探索も頑張れるわね」


 アンネはそんなクーナを微笑む。

 俺も自分の分のハーブティを楽しむ。この新種のハーブはなかなかいい。

 是非、エリンでも売って欲しいものだ。

 そんなときだった、異常なエルナの動きを俺がつかむ。


「クーナ、アンネ! 構えろ! 何かが起こる!」


 このエルナの動き。ティラノのときと似ている!?

 俺の予測したとおり、眼前広がる森にすべてのエルナが集まり強力な魔物を作り出す。

 木々をなぎ倒しながら、現れたのはゴブリンの王。

 全長3メートルの巨体。首には頭蓋骨をつなぎあわせてできたネックレス。そして、ご丁寧なことに、頭には王冠をつけていた。


「ゴボォォォォォオオ」


 ゴブリンの王……ゴブリン・キングは叫ぶ。

 いったい、何が起こっている?

 ゴブリンの王が動いた。俺たちとは反対の方向に。


「やっぱりあいつか」


 ゴブリンの目指す先には一人の少女が居た。

 薄い茶色の髪、緑を基調とした露出高めの戦闘服。

 手には巨大な弓。

 ……そういった装いを見るのははじめてだが、そこに居たのはまちがいなくユウリ先輩。

 ユウリ先輩は不敵に笑う。


 ゴブリン・キングは肉厚の無骨な大剣を振り下ろす。それはユウリ先輩の身長をゆうにこえる長さをもち、厚さも三十センチはあろうかという、凶悪な大剣。

 その大剣をユウリ先輩は自らの弓で受けた。

 いや、受ける直前に、弓の両端が折り曲がりくっつき、さらに柄が飛び出て、中心が空洞になった不思議な大剣に変形していた。


「ウゴっ!?」


 矮小な人間に、自らの大剣を受け止められてゴブリン・キングが驚きの声をあげる。

 だが、それで終わりではない。

 なんと、ユウリ先輩はゴブリン・キングの剣を弾き飛ばした。

 その瞬間の魔力の動きでわかる。あれは風だ。風の力を借りている。ゴブリンの剣を受ける際には、幾重にも重ねた風の結界で勢いを殺し、逆に弾き飛ばした際は、上昇気流で大剣を後押しした。


「さあ、終わりにしよう」


 ユウリ先輩の声が聞こえた。

 彼女の大剣が再び弓に変形する。

 さらに、弦を引いた。矢は装填されていない。

 いや、風の魔力の塊が、ユウリ先輩の手にあつまり、矢を形作る。風の塊なんて、生易しい物じゃない。あの密度、もはや風のミサイルだ。


「じゃあ、さよなら」


 風のミサイルが放たれた。

 それは、ゴブリン・キングを貫く。

 そして、ゴブリン・キングは貫かれた孔からねじれ、圧縮され、ミンチになる。

 なんて、威力。たった一発のミサイルに台風そのものが封じられていた。


 俺は息を呑む。

 純粋な魔力量だけじゃない。魔術式の構成も一分の隙もない。


「ねえ、そこで見てるよね。ソージ」


 いたずらじみた表情を浮かべて、ユウリ先輩がこっちを見る。


「まったく、すごい偶然だ。君に収穫をするところを見られるなんてね」


 収穫? なんだ、その単語は。


「美味しそうな臭いがする。あたし、まだお昼食べてないんだ。ごはん食べさせてくれるなら、いろいろと教えて上げてもいいよ」


 小悪魔的な笑みを浮かべる。ユウリ先輩。

 俺は彼女の提案を受け入れ、招き入れた。

 

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