86話 最強の四天王【炎のグレゴール】
魔界ギルド四天王最後にして最強の男、【炎のグレゴール】の周りから灼熱の炎が湧き上がる。
「フランカ、他三人! 結界だ!」
俺の声に、四人の魔導士が一斉に高速詠唱を開始する。が、間に合わない。
「危ないっ!」
「失礼します!」
テオドラが剣とカタナを抜き、剣圧で炎を吹き飛ばす。
こぼれた炎が襲い掛かろうとしていたキモ男とバプティストをルゥシールが飛び蹴りで退避させる。
「速いな……」
ちょっと予想外の速さだ。
グレゴールとやら、マジで強いぞ。
「……なら、先手必勝」
フランカが腕を突き出しグレゴールに向ける。
しかし、魔法陣が展開する前にグレゴールが魔法を完成させる。
「 ―― ・・・ ・・・ …… 」
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
フランカの魔法陣を貫通して、グレゴールの放った炎がフランカを吹き飛ばす。
「姉さん!?」
「お姉さま!?」
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― だよぉ!」
四天王の三人が駆け寄る中、メイベルだけが冷静に回復魔法をフランカにかけていた。
いい判断だ。そしてヤロウ二人はアホだ。
「取り乱し過ぎだ。いいから結界のひとつでも張りやがれ。だから気持ち悪いとか言われるんだ」
「全部声に出てんだよ、王子!」
「失礼千万とは君のことだぞ、王子!」
アホ二人が抗議してくる。
だからその間に結界をだな。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― だよぉ!」
アホ二人とは違い、メイベルが風の結界を展開させる。
いいぞ。流石ロリ巨乳だ!
「だてに胸がデカくない!」
「声に出てるよぉ、変態ぃっ!」
メイベルが「いーっ!」と牙を剝く。
ふふん。そんな顔も美少女ならご褒美だ。
「そんなもので、防げるつもりか?」
グレゴールが呟くと同時に、ヤツの腕から炎が吐き出される。
「まずいっ! ―― ・・・ ・・・ ・・・……」
バプティストとキモ男が慌てて結界を張ろうとするが、間に合わない。
四天王の三人まとめて、踊り狂うような炎に吹き飛ばされる。
「はぁっ!」
四天王の三人衆に気を取られていたグレゴールに、ルゥシールが一瞬のうちに肉薄する。
目にも留まらない速度で、アキナケスが振り抜かれ、グレゴールの腕を確実に捕らえる。
上手い! 痛みで詠唱時間が少しでも遅くなればやり合えるかもしれない……と、思ったのだが。
「今、何かしたかな、お嬢さん?」
「え……そんな」
ルゥシールが切り裂いたはずのグレゴールの腕は、まるで実態が無いように揺らめき、切り口が炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。
……あいつ、全身が炎で出来ているとでもいうのか?
「お返しだ」
「――っ!?」
またも、無詠唱かと思えるような速度でグレゴールが魔法を発動させる。
ルゥシールは咄嗟に腕を顔の前でクロスさせ守りを固める。
が、全身を業火に焼かれ、その反動で空高く弾き飛ばされてしまった。
「ルゥシール!」
俺はルゥシールの落下地点を目指し走り出す。
「おっと、あなたは動かないでいただこうか」
しかし、俺の行く手をグレゴールの炎が阻む。
……くっそ、速い! ムカつくくらいに速い!
まるで付け入る隙がない。
俺の周囲に炎が燃え広がっていく。俺を取り囲むように円を描き、高さ1メートルほどの炎の牢獄が完成する。
「あなたに危害を加えると、どんなしっぺ返しを食らうか分かりませんのでね……そこで大人しくしておいていただきたい」
「大人しくしていると思うか?」
「していていただきます……力尽くでもね」
言うと、グレゴールはテオドラ、フランカ、そして四天王の三人衆をそれぞれ炎の牢獄で取り囲んだ。
「ふん! こんなものは、こうだ!」
テオドラがカタナを横なぎに振り抜き、炎を断ち切る。
が、次の瞬間にはまた炎が塞がり轟々と燃え上がる。
「……だったら」
今度はフランカが高速詠唱を行い、炎の上に大量の雨を降らせる。
帰りの馬車でキモ男に水の魔法を教わっていたようだが、一応は使えているようだ。……ただ、まだマスターは出来ていないようで、威力が弱い。
グレゴールの炎には打ち勝てず、触れる端から蒸発させられている。
「ふふふ……次に悪足掻きをするのは誰かな?」
グレゴールが余裕の笑みを浮かべる。
くっそ……相変わらず【魔界蟲】は足止めに特化してやがるのか……戦いにくいな。
俺は、炎越しにルゥシールの方へ視線を向ける。
炎が邪魔で姿が見えない。……もし顔に火傷でも出来ていたら、ボッコボコにしてやるからな!
「この世界において、最も厄介な人物。それが、あなただ……王子」
グレゴールが真っ直ぐ俺を見据えて言う。
嬉しくないナンバーワンだな。
「バスコ・トロイも、先代の国王も素晴らしい魔導士には違いなかった。しかし、彼らは正しく魔導士であった。故に、超えるのも容易かった」
バスコ・トロイに先王を超えたと、グレゴールは豪語する。
……の、割には、ネームバリューのないヤツだ。
「しかし、あなたは違う。王子、あなたはこの世界に紛れ込んだ異物なのだよ……予測不能で、解析不能で、理解不能だ。……故に、最も厄介である」
「褒められてる気がまるでしねぇな」
「これは称賛に値する。この私が、警戒をしているのだからね」
「それが、大したことに思えねぇんだっつの」
【魔界蟲】の拘束さえ解ければ、なんとかなるはずだ。
何か手はないか……?
「本来、生物が等しく持つものを持たずに生まれ……持たざるが故に他者から奪う……まさに、悪魔の所業…………あなたは、悪魔だ」
「ふん。言われ慣れてて怒りもわかねぇよ」
やっぱり、大怪我覚悟でこの炎を突っ切るか?
…………たぶん、行く方向に炎を広げられて、どこまで走っても炎を抜けることが出来ないんだろうな……でも、それしかないかもしれないな……
「王子よ。何かを企んでいる顔だな」
「そうか? よく見てみろよ。純真無垢な愛らしい顔だろ?」
「ふふふ。ユニークな人だ…………私の最も嫌いなタイプだよ」
「おぉ、気が合うじゃねぇか」
よし、行くか。
いち、にの…………
「やめることを勧める」
俺が右足に力を込めた途端、グレゴールの声が音色を変えた。
少しだけ低くなる。その小さな変化が、俺の背筋を粟立たせた。
……よくないことが起こる気がした。
「王子が悪巧みを敢行すれば、まずは黒いシスターを丸焼きにする」
「なにっ!?」
「それから、二刀流の剣士……」
「てめぇ!」
「そして…………アレは何だ?」
グレゴールがルゥシールの方を窺い眉根を寄せる。
「王子の女か?」
「……違う」
「違う!」
「え、なんでお前らが言うんだよ?」
俺が何かを言う前に、フランカとテオドラが即答していた。
「……ルゥシールの八割は胸で出来てはいるけれど、彼女はそれだけの女ではない」
「そうだとも! 胸だけの女じゃないのだ! ほとんど胸だけども!」
こいつらはルゥシールをフォローしている……ん、だよ、な? たぶん。
「……【搾乳】は、胸のためにルゥシールをそばに置ているわけではない」
「そうだ! ルゥシールには、もっと沢山いいところがあるのだ!」
フランカとテオドラは、ルゥシールをただの女扱いしたグレゴールに怒っているようだ。
ルゥシールを役立たず呼ばわりされたようで、それが許せないのだ。
仲間思いなヤツらだ。
俺も加勢してやるか。
「そいつらの言う通りだぜ、グレゴール!」
グレゴールを指さし、俺はきっぱりと言ってやる。
「おっぱいもいいけど、太ももも最高!」
「……黙ってて、【搾乳】」
「さもワタシたちと同意見かのような顔は謹んでくれまいか」
物凄い猛反発!?
あれぇ?
ユーたち、ミートゥーじゃねぇの?
「何でもいい。私は胸になど興味はないのでね」
「ホモか?」
「そういう冗談は嫌いだ」
グレゴールが冷たい声と共に、高温の火球を放ってくる。
紙一重でかわすが、頬をかすった火球は容赦なく俺の肌と髪を焼く。
焦げ臭い匂いと突き刺すような痛みを感じる。
俺はゆっくりと体を戻し、グレゴールを睨みつける。
「…………」
「…………」
「…………じゃあ、尻フェチか?」
今度は火球が額にクリーンヒットした。
「あっづっ!? あっづい! めっちゃ熱いっ!」
「そういう冗談は嫌いだと言っている」
ホモネタが嫌いだっつうから、ちょっとお色気を乗っけてやったんだろうが! 気付けよ、俺の気遣いに!
「ご主人さん! 大丈夫ですか!?」
額を押えてうずくまっていると、遠くからルゥシールの声が聞こえてくる。
俺は立ち上がり、炎の向こうへ視線を向ける。
「あぁ、よかった……禿げてませんね?」
「なんの心配してんだよ、お前?」
ルゥシールは、多少ススに汚れていたが、無事なようだ。……よかった。
「さぁ、王子……選んでください」
グレゴールが両腕を広げる。
そして、余裕の笑みを浮かべて俺に三つの選択肢を提示する。
「ひとつ、私の配下になり生涯私に仕えると誓うか……二つ、今この場で私に殺され仲間を解放するか……三つ、無駄な抵抗をして全員で犬死するか……」
グレゴールの目的は名声を得ることだ。
俺を配下にすれば、……悪名ばかりで嫌になるが……、俺の名を使って名を売れるだろう。
俺を殺せば、当初の目的を達することが出来る。
皆殺しも、また同じ。だとすれば、俺だけが犠牲になって他の連中が助かるのが一番お得というわけか……
俺は、ちらりとフランカに視線を送る。
目が合うと、フランカは静かに首を横に振った。
俺の目に映る魔力が教えてくれていたのだが……
フランカはこの間に何度か魔法を使おうと試みていたのだ。だが、ことごとくグレゴールの炎に疎外されていたようだ。この炎の牢獄は魔力に反応して自動で攻撃を仕掛けてくるらしい。
四天王の三人衆は……いい加減違和感あるな、この表現……端から抵抗を放棄しているようだ。おそらく、嫌というほど見てきたのだろう、グレゴールの強さを、恐ろしさを。まぁ、抵抗の意志がへし折られていても無理ないか。
テオドラの剣では炎は斬れない。
ルゥシールの速度にも対応したところを見ると、ヤツは視覚以外のなんらかの感覚で外敵を判別しているようだ。ルゥシールの高速移動は人間の目で捉えられるものではない。
おそらく、この炎の牢獄と同じだろう。
グレゴールに接近する者がいた際、自動で炎が発生するのだ。
ある種の結界と言えるかもしれない。随分と攻撃的な結界だけどな。
仲間のうちの誰か一人とでも合流出来れば、俺の無詠唱でぶちのめせるのにな……
仲間たちの立ち位置を確認する……が、誰も彼も微妙に距離がある。
グレゴールのヤツ、こうなるように炎を使ってみんなを吹き飛ばしやがったのか?
くっそ、今度からずっとルゥシールと手を繋いで生活しようかな……
「何を企んだところで無駄だ、王子よ。我が最強の【魔界蟲】がいる限り、貴様らに勝機はない」
そう言えば、ヤツの【魔界蟲】はどこにいるんだ?
キモ男とメイベルは乗っていたが……バプティストは地中に埋めて使っていたか……じゃあ、あいつも炎の中に【魔界蟲】がいるのか?
「王子! グレゴールの【魔界蟲】はグレゴールの体に融合しているんだ!」
バプティストが声を上げる。
「だから、ヤツに物理攻撃を仕掛けても、ヤツの体は炎となって……ぐわぁっ!?」
話の途中でバプティストが炎に呑まれる。
「余計なことを……裏切り者め」
グレゴールがムシケラを見るような目でバプティストを睨む。
容赦のなさも一流だ。
しかし、【魔界蟲】がグレゴールと融合しているってことは、【魔界蟲】を先に撃破するのは難しいのか?
攻撃してもヤツの体は炎になっちまうわけだし……やっぱ、どう考えても俺の魔法しかないか。
けど、誰かの元まで走っていって、魔力をもらうまでの間、ヤツをどう止めておくか……
俺が行動を起こせば、俺以外の者を焼き払うと宣言してやがるし…………
「ここは、ワタシに任せてもらおうか!」
急に、テオドラが声を上げ、剣とカタナを構える。
そして俺へと視線を向けた。
……まさか、俺が移動する時間を稼ごうってのか?
物理攻撃の通じないグレゴール相手に?
「まて、テオドラ! 無茶だ!」
「無茶は承知の上だ!」
言うや否や、テオドラが走り出す。
「くそっ!」
考えている暇はない。
テオドラが身を張って作ってくれる時間を、うだうだと浪費するわけにはいかない!
「……テオドラ、加勢する!」
フランカが魔法陣を展開する。
「姉さん!」
「お姉さま!」
「お姉ちゃん!」
そして、四天王の三人衆も同時に魔法陣を展開する。
ならば、目指す先は……
「ご主人さん!」
ルゥシールが俺に向かって走り出す。
そうだ!
目指すはルゥシールだ!
「間に合えぇぇえっ!」
炎の牢獄を突き破り外へと駆け出す。
「無駄だと言ったはずだ」
しかし、抜けたと思った炎の牢獄が、踊るように燃え広がり、俺たち全員を飲み込んでいく。
熱い……っ、だがっ!
止まるわけにはいかねぇ!
全身を焼き尽くそうと襲い掛かってくる炎の猛威は恐ろしく、おそらく十秒ともたないだろう……
どこまで魔力を受け取れるか分からんが……
「ご主人さん!」
「ルゥシール! 時間がない!」
「はいっ!」
炎の中で、俺はルゥシールの胸に手を伸ばす。
すまんが、物凄い高速で揉み揉みさせてもらうぞ!
揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉みさせてもらうぞ!
時間がないから、それはもう揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉みさせてもらっ!?
俺の手がルゥシールの胸に触れる。が、ルゥシールの体はそこで止まらずにさらに接近してきて……俺の両肩に手が添えられて、そっと唇が塞がれた。
キ、キス…………?
一瞬のうちに魔力が流れ込んでくる。
確かに、こっちの方が効率はいいけれど………………想像外のことに、頭が真っ白になる。
ダメだ、こんなことをしている場合じゃないのに……早く、魔法を…………
そう思った時だった。
「誰じゃ、ワの家の前で火遊びをしておるのは!?」
オイヴィの声が聞こえたかと思うと、全身を包んでいた身を焦がすような灼熱の温度が消失した。
急激な温度変化に、全身の肌が粟立つ。
目の前を覆っていた紅蓮の炎が一瞬のうちに掻き消え、青空が見えた。
「ん? これ小僧! ワの家が火事になるかどうかという時に、家の真ん前でなんちゅう破廉恥なことをしとるんじゃ!?」
オイヴィの声に、俺は自分の状態を顧みる。
右手はルゥシールの乳を鷲掴みにして揉み揉み揉み揉み揉みしつつ、唇はルゥシールの柔らかい唇に………………
「うわぁっ!?」
「にゃあっ!?」
同時に飛び退いた。
が、ばっちり見られていたらしい。
「……【搾乳】…………」
「……人が、命をかけて突撃をしている時に…………」
テオドラとフランカがこちらをものすごく怖い目で睨んでいた。
「ち、違うんだ! これは、……そう! ルゥシールが強引に」
「ちょっ!? 酷いですよ、ご主人さん!? あの場面はそういう場面じゃないですか!?」
「いや、俺はおっぱいを揉もうとしていただけだ! なのにルゥシールが、急に……」
「お、おおおお、おっぱいからだと速度的に…………っていうか、揉み過ぎでしたからね!? キスしてるのに、ついでとばかりに揉み揉み揉み揉みし過ぎでしたからね!?」
「そんなことないだろう! 揉み……揉み、くらいだろう!?」
「いいえ、違いました! それはもう凄い揉み揉みでした! 揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉み揉みくらいでした!」
「そんなには揉んでねぇよ! つか、揉まれてる自覚があったんなら、キスは別にそこまで長くしなくても……」
「じゃ、じゃあ、ご主人さんは…………あの、もしかして……不快、だった……ですか?」
「バッ!? そんなわけあるか! 柔らかかったし、ちょっと甘い香りがして、なんならもう一回してほしいくらいドゥベッ!?」
俺の頬に石礫がめり込んだ。
「……ほっぺにチュー」
フランカの放ったアリコ・スフェラ――ジェナの得意技――だ……
って、これ、全然「チュー」じゃない……「ドゴスッ」がいいとこだ……
「ワタシも……ほっぺにチューを……っ!」
テオドラがカタナを両手で上段に構える。
まてまてまて! お前のは力加減出来ないだろう!?
「ほっぺがぶしゅー!」になっちまうよ!?
あ、ヤバい…………バインしそう!?
「小僧、全員の回復じゃ!」
「了解!」
オイヴィの指示に従い、俺は広範囲に渡る回復魔法を展開した。
範囲的にグレゴールも含まれてしまうが、まあいいだろう。どのみち、ダメージらしいダメージを与えてないんだから。
「さて、そこの髭よ」
オイヴィがグレゴールを見つめて冷たい声を出す。
あ、グレゴールは口髭を蓄えた壮年の……まぁオッサンだ。
「……貴様、何をした? 私の炎が一瞬で……有り得ない!」
「そう喚くでないわ、髭」
ゆっくりと、オイヴィがグレゴールに近付いていく。
背中から凄まじい気迫が漂ってくる。
その気迫に押されたのか、テオドラまでもが一歩退いてオイヴィに道を譲っていた。
「鍛冶師の家が火事で燃えたなどと……ワを末代までの笑いものにするつもりかえ?」
「くっ!? 今のは何かの間違いだ! 喰らうがいい!」
グレゴールがオイヴィに向かって腕を伸ばす。と、そこから夥しい紅蓮の炎が湧き上がる。
「……ふん」
しかし、オイヴィは顔色一つ変えずにその炎を素手で掴み取った。
「なにぃっ!?」
声を上げたのはグレゴールだけだったが、その場にいた全員が度肝を抜かれていた。
俺たちは単純に、声すら出ないほど驚いていただけだ。
「ぬるい火じゃの……こんなもんでは鉄すら打てぬわ」
オイヴィがグレゴールから炎を『取り上げた』。
グレゴールの腕から発生した炎を素手で掴み取り、それを取り上げたのだ。
説明が重複してしまったが、それが事実であり、それ以外に言いようがないのだ。
「バカな…………おのれっ!」
グレゴールの形相が変わり、魔力が一気に膨れ上がる。
全身から真っ青な炎が立ち上り、辺りの気温が一瞬で上昇する。
「すべて焼き尽くして……っ!」
「涼しいわ」
しかし、オイヴィは一切慌てることなく、グレゴールの顔面を鷲掴みにして、再び炎を取り上げた。
オイヴィの腕の中でしばし揺らめいていた炎は、やがて音もなく掻き消えてしまう。
「…………有り得ない」
茫然自失とするグレゴール。
オイヴィは、そんなグレゴールの背中に腕を回し、背中から一匹の蟲を引き剥がす。
「こやつかや? 悪さをしておるのは」
「あぁっ! 我が【魔界蟲】を返せ!」
グレゴールの体に融合していたという、物理攻撃を無効化するはずの【魔界蟲】をいともあっさり手掴みで取り上げるオイヴィ。
【魔界蟲】は抵抗のつもりか、全身を炎に変えるが、それでもオイヴィの手からは逃れられない。
「ふむ……鍛冶師に喧嘩を売るには、ちと頼りない火じゃの…………」
言うや、オイヴィは手に持った炎――【魔界蟲】――を握り潰してしまった。
蟲の形態ではなかったので、潰して汁がぶしゃー……という惨劇は起こらなかったが…………こんなにあっさり【魔界蟲】が倒されるなんて……オイヴィ……改めて、何者なんだ?
「一流の鍛冶師はの、数万度の炎を相手に金属と向き合うて日々戦っておるのじゃ。この程度の火遊びなど話にもならんわな」
おそらく、すべての鍛冶師がそうであるはずはない……
つまり、オイヴィは精霊レプラコーンとの契約やドワーフとしての血など、様々な要因が組み合わさって炎に特殊な耐性があるのだろう。
……なら、最初に言っとけよな。
「さて、髭よ」
「ひっ!?」
「ワの家にイタズラした罰は……ちと重いぞ?」
オイヴィの瞳がきらりと光る。
グレゴールは青ざめた顔で後ずさり、もんどりうつような勢いで逃げ出した。
しかし……
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
「ぎゃっ!?」
フランカが放った鉄砲水が胴体にめり込み、その場に倒れ込む。
脇腹を押さえもだえるグレゴール。
そのそばまでゆっくりと歩み寄っていくフランカとテオドラ。
「……あなたが余計なことをするから…………」
「うむ、不要な感情を抱かされたのだな」
フランカとテオドラ、二人の背中からは怒りに満ちたオーラが発生していた。
「……これは八つ当たりでは、決してない」
「もちろんだとも。これは正当なる報復……いや、制裁だ」
言うや、テオドラがグレゴールのお腹に足を乗せ体重をかける。
「ぐぇっ!?」
潰れたような声を上げてグレゴールが仰向けのまま固定される。
そのグレゴールの顔の両隣に、剣とカタナが突き立てられる。
刃が顔を挟むように……頬に触れるか触れないくらいの……いや、もはや触れていると言ってもいいくらいの近さで。
「動きは封じた。あとは、任せる」
グレゴールが逃げないように、腹を押さえるテオドラ。
「……分かった」
頷いたフランカは、ごく小さな魔法陣を展開し、高速詠唱を展開する。
と、グレゴールの顔面に「ばしゃー!」っと、桶一杯分の水がぶっかけられる。
「……っぶはっ!?」
水がなくなると、グレゴールが盛大に息を継ぐ。
「わ、悪かった……謝るから……」
ばしゃー!
「……っぶは! あ、あのだな……実は、私は、炎の属性もあって、水が苦手……」
ばしゃー!
「……ぼはっ! た、頼む! 本当に水が嫌いで……」
ばしゃー!
「……ごほっごほっ! 実は、私は水を顔にかけることも出来なくて、毎朝顔を洗う時も……」
ばしゃー!
「……げふっがはっ! お願いします……やめてください……私は、水は……」」
ばしゃー!
「……ぶはっ、ぐずっ……くすん……わだじばぁ、水の中で目も開げられなぐっでぇ……」
ばしゃー!
「……ごめんだざい……ごべんだざい……ごべん、だざいっ…………ごべ……っ」
ばしゃー!
「あの~……もうそろそろ、許してやんないか?」
「……【搾乳】は甘い」
ばしゃー!
「……しくしくしくしくしくしくしく」
グレゴールがマジ泣きを始めた。
なんと言うか、見ているこっちが心を折られそうな光景だ。
ルゥシールもハラハラした表情を浮かべているし、四天王の三人も…………メッチャ頷いてるぅ!?
え、なに?
お前らもこんな目に遭ってたの!?
なんなの、その共感!?
グレゴールも、最終的にお前らみたいなことになっちゃう系?
「のう、ヌシよ」
いつの間にか、俺の隣に来ていたオイヴィが静かな口調で俺を呼ぶ。
視線を向けるも、オイヴィは俺を見ず、フランカとテオドラを見つめたまま言葉だけを俺に向ける。
「ヌシも、早く謝った方がよいのではないかの?」
「ちょっと土下座してくる!」
なんでかは分からないけれど、死ぬつもりで謝罪した方がいい!
俺の本能がそう叫んでいた。
いつもありがとうござます!
揉み揉みとまとです!
……揉み揉みすんじゃないよ、とまとを!?
唐揚げだけだよ、揉んでいいのは!
そんなわけで、四天王最強のグレゴールとの戦いでした。
速い! 強い! 美味い!
三拍子そろった強敵でした。
が、一番文字数少なく撃退です。
ま、四人目だしね。
あとオッサンだし。
さて、
今回大活躍のオイヴィですが、
炎に強いのは鍛冶師だからです!
中華料理屋と同じくらい強いんです!
チャーハンもパラッと仕上がります!
なぜなら鍛冶師だから!
オイヴィは、
レプラコーンとの契約により炎を『纏う』ことが出来るようになりました。
今回の『掴む』は、腕及び手に『纏っていた』というわけなのでした。
ちなみに、ミスリルやオリハルコンも扱うため、
この世界の鍛冶師が扱う炎は数万度を超える熱いものでして、
なので、オイヴィは炎に対する恐怖心もなく、
炎に強いのです。
チャーハンだってパラッと……あ、もういいですか?
ギョーザもパリッと焼けますしね!
「じゃーギョーザでも焼くか~」つって、
「水入れて蓋してちょい蒸すか~」つって、
「水に小麦粉溶かしとくとパリッとするんだよなぁ」つって、
「よぉ~っし、関係ないけど……必殺ぅ~……(←溜め)みだれ斬りっ!」つって、
したら母親が「らん切り」つって。
まぁ、それもこれも、
鍛冶師だからということで。つって。
また次回もよろしくお願いします!
とまと




