84話 帰るまでがお遣いです……なら、早く帰りたい
傷を回復して、崖を迂回しつつ登り、元の場所へと戻ってみると……
「お姉さまっ! お姉さまぁぁあっ!」
キザ男がフランカの腰に縋りついていた。
フランカは不快マックスな表情でそんなキザ男を足蹴にしている。……が、キザ男は嬉しそうだ。
「キモイ仕上がりになっているな」
「……【搾乳】っ!?」
俺たちの姿を見つけるや、フランカが少し泣きそうな表情を見せた。
「………………………よかった」
泣きそうな顔がほころび、柔らかい笑みを浮かべる。
まぁ、ただ……足元にはキモイ男が縋りついているので絵的には非常に残念なことになってはいるが。
「じ、自分はっ、はじ、初めて、心の底から敵わないと思ったお方に出会えてっ、し、しび、痺れましてございますよ、お姉さまっ!」
う~ん、キモイ。
「おいこら、キモ男」
「誰がキモ男だ!? 貴様に罵られてもちっとも気持ちよくないわっ!」
気持ちよくなってもらいたい思いは微塵もないがな。つうか、気持ちよくなろうとしてんじゃねぇよ。
「……黙りなさい、キモ男」
「はぁ~ん! お姉さまっ! ありがとうございますっ!」
あ~ぁ、気持ちよくなっちゃった。
「変態を手懐けるのがうまいな、フランカ」
「……それは、宣戦布告?」
フランカの目が座っている。本気で嫌がっているようだ。
「あたしは変態じゃないもんねぇ! 変態はお前だもんねぇ!」
メイベルがキザ男改めキモ男を蹴り飛ばし、フランカの腰へと抱きつく。
懐かれてるなぁ。
「……【搾乳】が変態なのは周知の事実……なら、私に変態を手懐けるスキルがあるのなら…………【搾乳】を? いや、でも、そのスキルは…………」
フランカがよく分からないことで悩み始めたので、一旦放置することにする。
「それにしても、随分と流されちまったな」
俺は、水がなくなった大地を見渡す。
川のあった場所だけがぬかるみ、そのぬかるみはずっと遠くまで続いている。
「今、魔力に余裕があるヤツはいるか?」
俺が聞くと、ルゥシールが挙手をした。
そして、それを見てなぜか、張り合うようにテオドラも手を挙げる。……いや、お前の魔力はもうないだろう。魔力欠乏症間際じゃねぇか。
聞けば、ここまでの長距離をメイベルの魔法で飛んできたようで、メイベルはそこに魔力を費やしたようだ。
キモ男は俺たちとの戦闘で魔力を使い果たしたようで、今や役にも立たないただの変態へと成り下がっている。わぁ、キモイ。
フランカは、キモ男に止めを刺すためにフルパワーで魔法を使ったらしい。……まぁ、止めは刺せていないけども。
ってことは、やっぱりルゥシールの魔力を頼るしかないか。
「ルゥシールにドラゴンに変身してもらって、全員を乗せていってもらうか」
「ふぇっ!?」
「ん? ダメか?」
「い、いえ……仕方、ありませんもんね。この状況では……ほ、他に方法も思いつきませんし! なので…………は、はい! 喜んで変身させてもらいます!」
喜んでって…………なんか、それだとまるで……俺と、ほら、あの、ちゅ、チュー的な? そういうのとかをするのを、喜んでみたいな……いや、分かってるよ!? そういうことじゃないって分かってるけど、聞く人が聞けばそういう風に捉えられなくもないんじゃないかなぁって……いや、分かってるよ!? 違うんでしょ!? でも、万が一にもさ……!
「……徒歩でいい」
「そうだな! 幸い全員怪我もないようだし、人生というものは自ら楽を選んではいけないものだ! 歩こう!」
と、なぜかフランカとテオドラが物凄い勢いで徒歩を推してくる。
いや、結構距離あるぞ?
「……ルゥシール。来る途中のブッシュに木苺のような赤い実があった。もしかしたら、平地に生息する新種かもしれない」
「本当ですか!? それは是非にも確認しにいかないと!」
「……けれど、飛んで帰るとなると、魔力効率も考えれば素通りするしか……」
「歩きましょう! わたしたちは旅人なのですから! 旅人とは、歩くものです!」
いや、旅人でも乗り物くらい乗るっつうの。むしろ旅人こそ乗り物使うだろ。
なんだか分からんが、ウチの女子三人が完全に徒歩に傾いている。
……そんなに歩くのが好きなのか?
もしかしてダイエット的なことか?
あぁ……めんどくさい。
「……必要ない時にまであんな行為はさせられない」
「ルゥシールに恨みはないのだが……すまん、今は控えてもらいたい」
「木苺! こんな開けた平地に生息する木苺ですから、きっと過酷な環境に耐えてきた強い種類に違いありません! ……力強い甘みが期待されます!」
フランカとテオドラとルゥシールが三人三様に何かを呟いている。
何を言っているのかはよく聞き取れんが、まぁ、ルゥシールがアホなことを言っているのだけははっきりと分かる。内容を聞かなくても分かる。
「じゃあ、歩くかぁ……」
たった今崖を登ってきたばかりの俺は、すでに疲れ切っている足に鞭を打って歩き始める。
あ~ぁだな。
二つ問題が発生した。
もう真っ暗じゃねぇか!
どんだけ歩かせんだよ!?
馬車にたどり着いたのは夜が深まりきった頃合いだった。
仕方なく、その日は馬車の周りにテントを張りそのまま休むことになった。
そこで二つ目の問題だ。
「ちょっとは詰めたまえ、王子よ」
「うっせぇ、近付くな。肌が触れて気持ち悪いんだよ!」
キモ男が、俺と同じテントで寝ることになったのだ。
しかもこのテント、俺が一人で寝るように持ってきた小さなものだから始末が悪い。
キモ男が密着してくるのだ。
「文句を言うな。僕だって、お姉さまに言われて仕方なくここにいてやっているんだ。でなければ、誰が貴様などと……」
「フランカが言ったのは、『女子テントへの接近禁止』だ! 外で寝ればいいだろうが!」
「僕は敏感肌な上に乾燥肌でね。ついでに、湯上がりはたまご肌だ」
「知らん! 興味ない! 理由もなく気持ち悪い! もうしゃべるな今すぐ寝ろ! ただし寝息は立てるな! 静かに寝ろ!」
俺はキモ男に背を向け、可能な限りテントの隅に体を寄せる。
魔力があったら結界を張るのに……!
「まったく……細かいことをグチグチと……うるさい男だ。器の小さい……」
「やかましい、寝ろ!」
「僕を先に寝かせて、一体何をするつもりだい?」
「なんもしねぇよ! 何かされないように先に寝ろっつってんだよ!」
「そうやかましく騒がれては眠れるものも眠れなくなるだろうに! まったく…………すぴ~」
「早ぇよっ!」
どんだけ寝つきがいいんだ!? 全力で遊び回った直後の子供か!?
ったく、こっちが寝苦しい思いをしてるっつうのに……まぁ、これで静かになると思えばいいか。
「……すぴすぴ……ぴよろろろろ……」
「さえずるな、鬱陶しい!」
結局、俺はキモ男をテントから蹴り出した。
蹴り出しても、キモ男は目を覚まさなかった。一度眠ると起きないタイプのようだ。
肌は敏感なのに、こいつ自体はすげぇ鈍感なんだな。
まぁいい。
俺はテントへと戻り、一人でゆっくりと眠りに就いた。
で、翌朝、また問題が起こった。
「お姉さまの上に乗るのは、この僕こそがふさわしい!」
「お姉ちゃんの膝の上はあたしの特等席なのぉ!」
キモ男とメイベルが、どちらがフランカに抱っこをしてもらうかで言い争っている。
「大人気だな、フランカ……」
「……とても不名誉だわ」
カジャの最長老タルコットが用意してくれた馬車は、最高級の大型ではあったが、大量の荷物を運搬することを主目的としているため客室は狭く、四人乗りなのだ。
メイベルのような小さい女の子なら膝の上に乗せることでなんとかなったが、成人男性で且つ気持ちの悪い、中途半端に顔のいい男となると話は別だ。乗る場所がない。
「御者台に乗れ」
そういう俺の意見に反対したのは、他ならぬ御者だった。
「勘弁してくださいよ。素人に乗られたんじゃ馬が言うことを聞いてくれなくなりますよ」
有能で凄腕のこの御者は、馬とマンツーマンで意思疎通を行い、鮮やかな手綱捌きを見せているのだそうだ。
要するに、キモ男は邪魔になるのだ。
「というか、……なぜついてくる気満々なのだ、あの男は?」
テオドラが眉根を寄せて言う。……確かに。
「つれないじゃないか、マイスウィート&メルティメープルハニー!」
随分甘そうになったもんだな、テオドラ。
「ハニー、ダーリンと呼び合った仲じゃないか!」
「そのような事実はない。歴史の捏造は愚か者のすることだぞ」
テオドラの瞳に殺気がこもる。マジで怒ってるみたいだ。……嫌われてんなぁ、キモ男。
「……しかし、そうか…………ダーリンと呼ぶという手も……」
ちらりと、テオドラの視線がこちらを向く。
ん? と、顔を向けると、テオドラは慌てた様子でそっぽを向いた。
「どうした、テオドラ?」
「な、なんでもないのだ、ダー………………いや、やっぱりなんでもないっ!」
なんだなんだ?
テオドラが顔を両手で覆いながら馬車の向こう側に逃げ込んでしまった。
ダーってなんだよ、ダーって?
「僕と一緒なのが、照れ臭いのだろうな」
「いや、それはない」
都合のいい勘違いをするキモ男の言葉はきっぱりと否定しておく。テオドラの尊厳にかかわることだからな。
「……テオドラにちょっかいを出さないで」
「あぁ~ん、お姉さま! もちろんですとも! 僕は、お姉さま一筋でぶべろっぷめんとるぅおあああっ!?」
「……私にもちょっかい出さないで」
フランカが何の前触れもなく魔法を放つ。
こいつ……高速詠唱を完全マスターしてないか? 今、ちょっと聞き取れなかったぞ。速さが増している。
フランカの発生させた小さな爆発を顔面にくらいキモ男は地面にうずくまる。
「う…………」
子犬のようにぷるぷる震えて、苦しそうにもだえている。
「う、うふふふふふふふ…………い、いい…………痛い……イタいいっ! いいっ! 凄くいいっ! うふふふふふふふっ!」
うぁわ、キモイ。
踏もう。
「ぞんっ!」
後頭部を踏みつけると、キモ男のキモイ笑いが止んだ。ここにスイッチでもあるのか?
「何をする!? 貴様に踏まれてもちっとも気持ちよくない!」
「だから、気持ちよさを求めんじゃねぇっつってんだろ」
ほらみろ、ルゥシールがドン引きして、一切口を利かなくなっちまってるじゃねぇか。
やはり捨てていくか?
「待つのだ、王子よ! 聞けば、お姉さまは我々魔導ギルド四天王の魔法技術を欲しておられるとか? ならば、僕の素晴らしい、華麗でゴージャスな魔法も是非お教えしようではないか!」
「つっても、お前【魔界蟲】がいないと魔力落ちるんだろ…………あれ、そういえば【魔界蟲】は?」
「……私の魔法で消滅した」
【魔界蟲】を消滅させたのか? ……こいつの魔法、威力も上がってんじゃねぇのか?
何があったんだよ、この短期間に。どんだけレベルアップしたんだ?
「……あなたを危険に晒した憎い敵だから……」
「ん? 俺のために怒ってくれたのか?」
「………………訂正。あなたとテオドラを」
「仲間思いなんだな、フランカは」
「…………別に」
フランカは素っ気なく言う。が、少し嬉しそうだ。
こいつも表情が徐々に表に出るようになってきたな。
出会ったころは、本当に呪術の権化みたいなオーラを纏っていたのに。
「……けれど、確かに教わりたいことはある」
「ですよね!? そうですよね、お姉さま!? お姉さまのためなら、僕はなんだって差し出しますよ!? 何でも言ってください! どんなことでもお教えいたします!」
「……では」
懐き過ぎの犬のように凄まじい勢いで飛びついてくるキモ男を両手で牽制しつつ、フランカは静かな声で言う。
「……あれだけの高波に乗り続けても酔わない強い三半規管の鍛え方を」
「さんはん……?」
「……そう。三半規管」
キモ男は言われたことが理解出来ないのか面白い感じの表情でフリーズしている。
けど、フランカは大真面目なのだ。
乗り物に弱いもんな、フランカ。
「じゃあまぁ、フランカが必要だと言うんなら連れて帰るか……」
「けど、ご主人さん。同じ空間にいるのは物凄く嫌なん…………乗れる場所がありませんよ?」
「本音がポロリし過ぎていたぞ、ルゥシール」
まぁ、分からんではないが。
「心配は無用さ、やたら乳のデカい娘!」
「斬ります」
「待て待て! まだ使えるから、もうちょっと我慢しろ、な?」
ルゥシールは、キモ男に関しては沸点が極めて低いようだ。
そう言えば、俺を傷付けたヤツにはみんな冷たかったっけなぁ……
「僕はお姉さまの上に乗っていくから、座席は必要ない!」
「お姉ちゃんの膝の上はあたしの席なのぉ!」
「譲れ!」
「イヤだもぉん!」
そして、最初に戻る。
まったくどうしたものかねぇ。
と、解決案を出したのは、現在取り合われているフランカだった。
「……大丈夫。メイベルは譲る必要はない」
「だよねぇ! ふっふ~ん! お姉ちゃんはあたしの味方なんだからねぇ!」
「で、では、お姉さま! 僕は一体どうすれば!?」
「……上にいればいい。私の、『上』に」
そうして、フランカの出した解決案が採用となり、俺たちはカジャの町へと出発した。
キモ男を、客室の屋根の上に縛りつけて。
「こ、これは、ちょっとシャレにならないくらい、怖…………っ! うわぁぁあ揺れるっ! 怖いっ! けど、お姉さまに強いられた苦行だと思うと……ちょっと気持ちいいぃぃぃぃぃっ!」
まぁ、楽しそうなので気にしないことにする。
それにしても、荷物増えたなぁ……
いつもありがとうございます。
キザ男はこの先もずっとキザ男、
とか、前回言ったばかりですが……キモ男に変わりました。
アドレス登録とかしていた方は変更をお願いします。
キザ男……デリート、デリート、デリート……キモ男……登録っと。
さて、本編には記載されていませんが、
帰り道、ワイルドストロベリーならぬ、
ワイルド木苺をゲットしたルゥシールは、とても上機嫌です。
ワイルドな味わいの中に繊細な甘みと酸っぱさがあり、
口当たりのいい上質な木苺です。
そんなワイルド木苺を食べ食べ、ルゥシールは幸せな気分に浸っていたんです。
キモ男に会うまでは、ですけども。
天使のルゥシールにまで毛嫌いされるとか……相当ダメなヤツなんでしょう。
御者にも嫌われてるし。
しかし、天使のルゥシールか……
なんかこれだと、ルゥシール=ブラみたいに見えますね。
フロントホックルゥシール…………ダメだ、意味が分からない。
なんでも思いついたことを書けばいいというものではないということを学びました。
今後ともご贔屓にお願いいたします。
とまと
 




