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どうも。先日助けていただいたダークドラゴンです  作者: 紅井止々(あかい とまと)


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36話 ミーミルへの対価

「くたばれぇ!」


 バスコトロイが魔槍サルグハルバを振りかざす。

 魔槍の先端から凍てつくような冷気が迸る。


「みんな! 逃げるぞ!」


 ひとつ、大切なことを忘れていた。

 俺、もう魔力ない。


 エイミーもシュタリーシフルールで魔力を使い果たしている。

 ジェナとフランカは俺が最後の一滴まで搾り取った。

 デリックはただの筋肉で使いものにならない。

 ミーミルは非協力的であてに出来ない。


 詰んでる。


「ご主人さん!」

「おぉ、ルゥシール。いいところに来た。エイミーを頼む。俺は何とかバスコ・トロイをぶっ飛ばしてくるから」

「わたしの魔力を使ってください!」

「……は?」


 思わず立ち止まってしまった。

 そこへ、絶対零度の刺すような冷気が直撃する。


「寒っ! いや、冷たっ!」


 慌てて離脱し、ギリギリ事なきを得る。


「あのなぁ、ルゥシール! 戦闘中にビックリするようなこと言うなよ!」

「そんな変なことは言っていないと思いますが?」


 エイミーを背に負い、ルゥシールは俺と並走しながら小首を傾げる。


「『おっぱい揉んでください』とか、ビックリするだろう!?」

「そんなことは言ってませんよっ!?」


 けど、やることは結局一緒なのだ。


「そういう意味ではなくてですね! 今、魔力が残っているのはわたししかいません。ですので、バスコ・トロイを倒すためには、わたしの魔力を使ってもらうしか……っ!」


 話の途中で、俺とルゥシールの間に氷の槍が高速で通り過ぎていく。

 それを、寸でのところでかわし、俺とルゥシールはお互いに距離を取る。


 確かに、ルゥシールの言う通り、この戦場で俺が使用出来る魔力は、もはやルゥシールのものしかない。

 けれど…………使っていいのか?


 初めて会った日の夜。

 俺はあの時、なんとなく決めてしまったのだ。

 ルゥシールの胸は揉まないと。

 それは、責任を取るのが嫌だからとかではなく…………なんというか……ルゥシールは、そういうんじゃないのだ。

 ……と、しか、言えないのだが……


 とにかく、俺の中でルゥシールの胸を揉んで魔力を吸収するという選択肢は既にない。

 もし、そんなことをするのだとすれば…………約束通り、俺はルゥシールを…………


「…………ぶふっ!」


 危ない。

 なんでか鼻血を吹きそうになった。

 顔が異常に熱い!

 なんなんだよ、心臓! どんだけ激しいビートを刻むんだよ!? 血液を過剰に送り込むなよな!


 と、とにかく!

 ル、ルゥシールの胸は……ダメだ。

 触れる気がしない。


 他に手立てはないかと辺りを見渡す。

 ジェナとフランカはデリックが抱えて逃げている。

 ミーミルは余裕の表情で魔法陣の上にどっかりと座っている。

 一応、全員無事なようだ。


 そうこうしているうちに、ルゥシールが再び俺の隣へと戻ってくる。背中にはエイミー。この二人も、一応は無事だ。


「ご主人さん。この次はどうするんですか?」

「次?」

「シレンシオ・ジュラメントの枷を外し、魔法が使えるようになった後、どうやってバスコ・トロイを倒そうと思っていたんですか? ご主人さんのことだから、何か案があるんですよね?」


 案。…………案、かぁ…………


「ごめん。そこまでは考えてなかった」

「一番肝心なところが無計画だったんですか!?」


 俺的には、バスコ・トロイがここで行っていることを究明するのと、捕まった人質を無事に救出することが最優先で、それ以外のことはあまり頭に入っていなかった。


 まぁ、どこかから魔力を供給して、バスコ・トロイをぶっ飛ばす。

 これしかないだろうな。


「ルゥシール。デリックを連れて、動けない連中を安全な場所へ避難させてやってくれ」

「ご主人さんは?」

「バスコ・トロイを足止めする」

「魔力もないのに、どうやってですか!?」

「『頑張って』だ!」

「無策にもほどがありますよ!?」


 ルゥシールが泣きそうな顔で叫ぶ。が、頑張れば何とかなるもんだ。だって、人間だもの。


「そういうわけで、頼んだぞ!」

「ご主人さんっ!」


 ルゥシールの悲痛な叫びを耳に、俺は足を止め、そして逆走を始める。

 今度はバスコ・トロイに向かって。


 吐く息が白い。

 魔槍サルグハルバの魔力は本当に尋常じゃないな。

 バスコ・トロイが調子に乗って使いまくるから、部屋の中が極寒だ。

 かじかみそうな手足に意識を集中させ、一気に加速する。


「玉砕覚悟か!? バカめ! 氷漬けになってしまえ!」


 向かってくる俺を恰好の的だとでも思ったのか、バスコ・トロイが魔槍を俺に向かって構える。

 次の瞬間には、魔槍の先端がクリスタルの結晶のように輝く氷によって隆起し、鋭利な刃が発射される。


 魔力は…………ダメだ。核が結界に守られていて吸収出来ない。


 飛んでくる氷の刃を左右に体を振ってかわしていく。

 バスコ・トロイの狙いは俺一人だ。

 他の連中は、俺の動きを阻害するための人質程度に思っているのだろう。

 その必要がなくなった今、バスコ・トロイはもう興味を失っているかもしれない。


 動けないヤツが大半だから、どこか他の部屋で休ませてやる方がいい。

 バスコ・トロイ一人なら、俺だけでなんとでもなるしな。


「なぜ、当たらんのだ!?」

「そんなもん……」


 グッと足を踏み込んで床を蹴る。


「俺が強いからに決まってんだろうが!」


 軽く、鋭い跳躍の後、俺の足はバスコ・トロイの肩に炸裂する。

 ……惜しい。顔面を狙ったのに。かわされたか。


 俺の着地に合わせ、バスコ・トロイが魔槍を振るう。

 槍本来の攻撃方法だ。とはいえ、紙一重でかわした刃からは夥しいまでの冷気が発せられている。掠りでもしたら、体が凍らされてしまうだろう。


 ……あ、そうか。

 触れちゃえばいいんだ。


 接近戦にまるで慣れていないバスコ・トロイは、焦っているのか出鱈目な軌道で槍を振り回す。

 上半身の動きだけでそれをかわし続け、タイミングを見計らって体勢を崩して『見せる』。

 すると、そのチャンスを逃すまいと、槍頭――先端の刃の部分が俺の眉間目掛けて振り下ろされる。


 迫りくる刃を、俺は両手の腹で挟み込むようにして受け止める。

 真剣白羽取りだ。


 その途端、莫大な魔力が体内へと流れ込んでくる。


「しま…………っ!?」


 引き攣るバスコ・トロイに、俺は今吸収した魔力のすべてを叩きつける。

 紅蓮の炎がバスコ・トロイの胴にぶつかり、洪水のように奥へと突き進んでいく。

 炎の海が、周りの温度を上げてくれる。


 あぁ……あったかい。


「こんなものっ!」


 しかし、俺が放った炎の海は、魔槍の冷気のよってすぐさま沈下されてしまう。

 炎が燃え上がった姿のまま氷漬けにされてしまった。

 どんな冷気だよ……


 続け様に冷気が放たれ、叩きつけられた凍てつく風に俺の皮膚が数ヶ所裂ける。赤い血が滴となり飛び散る先で凍っていく。


「無詠唱の貴様と同等の早さを手に入れたぞ! これでアドバンテージはゼロだ! ……いや」


 バスコ・トロイは怒涛の冷気に足を止めた俺から距離を取り、魔槍を頭上で回転させる。

 刃がこちらに向くたびに、凍てつく波動と共に氷の槍が発射される。

 後方へ飛び退き回避するが、氷の槍は次から次へと生成され俺へと襲い掛かってくる。


「魔力が無限な分、俺の方が有利だ!」


 バスコ・トロイの瞳がギラついている。

 口角を限界まで持ち上げ、力に酔いしれるように高笑いを漏らす。


 流石に冷気を浴び過ぎた。

 足が思うように動かない。

 一度退くか……


 そう思って後方を確認した時、信じられない光景が飛び込んできた。


「ご主人さぁーん!」


 ルゥシールがこちらに向かって走ってきたのだ。

 エイミーを背負ったまま。

 隣にはジェナとフランカを抱えたデリックを従えて。


 さらに、背後から数百名にも及ぶ魔導士の軍団を引き連れて。


「何してんだ、お前らぁ!?」


 俺の叫びに答えたのは、バスコ・トロイだった。


「この遺跡に駐在している魔導士たちだ。全員、私の部下だよ」


 おそらく、俺との対戦に備えて別室待機させていたヤツらなのだろう。

 こんなにいたのか……

 よく見ると、鼻水を凍らせている者たちがチラホラいる。

 ヤツらは、魔槍の部屋の隣で俺に凍らされた者たちだろう。


「さきほど、念話によって招集をかけておいた」


 念話とは、魔導士同士がよく使う意思伝達方法で、頭に思い浮かべるだけで離れた相手と会話出来る魔法だ。

 送受信、どちらの魔導士もこの魔法が使えないと成功しない、一般受けしない魔法なのだが、魔導ギルドのメンバー間でなら有効かもしれない。


 念話によって集められた魔導士、総勢数百名。

 全勢力終結というところか。


 バスコ・トロイから離れるために後退した俺と、魔導士の群から逃げてきたルゥシールたちが合流したのは、ちょうど部屋の中央。ミーミルの目の前だった。


「ど、どうしましょう!?」

「慌てるな」

「なにか策でもあるのかよ、【搾乳】!?」

「あるわけないだろう!? お前ものんびりしてないで何か考えろよ! ちょっとは焦ってる素振りでも見せろってんだ!」

「……矛盾してんじゃないのよ」


 ルゥシールの背中に負われたエイミーが弱々しい声で言う。


「あたしも戦うわ……。魔法のせいで相手に近付けないんなら、あたしの弓矢が役に立つでしょう……?」

「そんな、無茶ですよ、エイミーさん!」

「無茶だって、やらなきゃいけないでしょ……!」

「でも、そんなフラフラな状態では……」

「平気よ……、これくらい…………」

「ルゥシールの言う通りだぞ、エイミー。そんなスカスカな上半身で何が出来る?」

「わたしはそんなこと言ってませんよっ!?」

「スカスカじゃなくてフラフラよっ!」


 物凄い勢いで突っ込まれた。

 なんだよ、元気そうじゃねぇか。


「……あ、ダメ。今ので体力が底を尽き…………た……」

「エイミーさぁーーーーん!?」

「まったく。無駄なことに体力を使うから……」

「誰のせいですかっ!?」


 と、そんなことをやっている間に、俺たちは総勢数百名に及ぶ魔導士たちに包囲されていた。

 バスコ・トロイが、魔導士たちの後方からこちらに声をかけてくる。


「さぁ、王子! 覚悟は出来たか!? 人生の終幕だ!」

「そうなったら、毎晩お前の枕元にカーテンコールしに行ってやるよ」

「その皮肉も聞き納めかと思うと、多少は侘しく思うよ!」


 魔導士たちが一斉に魔法陣を展開させる。

 どの魔法陣も直径2メートルを超える大型ばかりだ。

 ここにいる魔導士全部が高位魔導士なのだ。

 そんな連中の一斉射撃は、さぞ威力が凄まじいことだろう。


 ……俺一人で、こいつらを守れるか?


 額に出来た汗の滴が、重力に引かれて頬を伝う。顎を通過して、空中へと落ちていく。

 その滴が地面に落ちる――その前に、俺たちを取り囲んでいた魔法陣が一斉に消滅した。


「なんだ!? 貴様、何をした!?」


 例によってバスコ・トロイが叫ぶが、俺は何もしていない。

 じゃあ、誰が……


「オイ、お前ら、後から出てきて騒がしいぞ! ワシの話が先だ! チョット待っておれ!」


 頭上から轟音のような怒声が降り注ぐ。

 ミーミルだ。

 見上げると、ミーミルは不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。


「や、やい、そこの魔神! 貴様はこの戦いには不干渉なのではないのか!?」

「ソンな約束はしておらんわ」


 確かに、対価がなければ何もしないとは言っていたが……

 さっきの魔法陣キャンセルは、俺の依頼にはなかったぞ?


「今のは、順番を抜かしたお前たちが悪い。小童たちにしてみればラッキーだったというだけだ」


 ラッキー、ね。


「ふざけるなっ! 邪魔立てするなら、貴様もろとも葬ってくれるぞ! やれぇ!」


 バスコ・トロイの号令に従い、魔導士たちが再び魔法陣を展開させる。

 呪文を操れるミーミルの前では無意味なのに。魔法陣を構築する文字列をかき消されれば先ほどのように消失してしまうだけだ。


 だが、今度のミーミルは違う動きを見せた。


「……オロカ者どもメ…………」


 呟いた後、大きく息を吸い込む。


「やばいっ!」


 俺は慌ててデリックの胸に手を当て、残っていた魔力を吸い上げる。

 そして、素早く俺たちの周りに衝撃に備えた結界を展開させる。


 その直後……


「大人しくシテオレと言うてオルだろぉガァァァァァァァァァァァァァァァァァアァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 落雷が鼓膜に直撃したかのような爆音が轟き、室内を振動させる。

 不意打ちを食らった魔導士たちは耳を押さえ地面を転がり、もんどりうつ。

 バスコ・トロイは、流石というか、咄嗟に障壁を張って回避したようだ。

 それでも、額に汗を浮かべている。


「ワシの邪魔をするというのでアレバ…………オヌシら、全員、消すぞ?」


 山のような巨人が鋭い眼光で一同を睨みつける。

 爆音に耐えた者たちも、その凄まじい殺気に体の自由を奪われる。

 ミーミルは大人しい性格をしているが、魔族ではなくもっと上位の魔神なのだ。

 おそらく、こいつがその気になれば町がひとつ簡単に滅んでしまう。


 大人しくなった魔導士たちを見て満足したのか、ミーミルは「ウム」と頷き、俺へと顔を近付けてきた。


「サァ、小童よ。約束のものを差し出せ! 今すぐ見せろ! でなければ、オヌシと言えど容赦はセンゾ!」


 まだ見ぬ文字列に、活字中毒のジジイが禁断症状を現している。

 時と場合を選んでほしいところなのだが……まぁ、今は助かった。ミーミル風に言えばラッキーだと思っておこう。


 ミーミルが睨みを利かせている間、バスコ・トロイたちは何も出来ないだろう。

 なら、先にミーミルの欲求を満たしておくか。


「ルゥシール」


 隣に立つルゥシールを、ミーミルの方へと向ける。

 そして、ミーミルが求めているものの在処を教えてやる。


「ミーミル。ルゥシールの胸を見ろ!」

「この状況で何言ってんですか、ご主人さんっ!?」


 ルゥシールは腕で豊満な胸を隠そうとする。が、エイミーを背負っている為に片腕しか使えず、慌てて体を揺すったせいで、荒ぶる巨乳はことさら暴れ狂うのだった。

 ありがとうございます!


「ありがとうございます!」

「いいですよ、思ったことを口に出さなくて!」

「……小童。ワシは人間の女の乳になど興味はないゾ?」

「バカ! 乳じゃねぇ! 巨乳だ! 爆乳だっ!」

「巨乳も爆乳も乳ですよっ!?」


 なぜ誰も理解してくれない!?

 乳と巨乳は似て非なるものだろうが! 爆乳なら尚更にっ!!


「………………ン?」


 俺が、爆乳の何たるかを解いてやろうかと思った矢先、ミーミルが体を屈め、ルゥシールの巨乳に突き刺すような視線を向ける。

 どうやら気が付いたようだ。


「娘よ! オヌシの胸をもっとよく見せろ!」

「ご主人さんと同類ですかっ!?」

「ワシを愚弄する気かっ!?」


 おい、こら、テメェら。


「人間の女の乳になど興味はナイ! イイから服を脱いで胸を曝け出せ! そしてワシによく見せろ!」

「興味津々じゃないですかっ!?」


 堪らずといった風に、ルゥシールはミーミルに背を向ける。

 勢いよく半回転したおかげで、ぶるんっ! と、揺れる。


「ありがとうございます!」

「ご主人さんは黙っててください!」


 超怒られた。


「オヌシの乳になど興味はない! だから見せろ!」

「そうだ! 俺も興味ないから見せろ!」

「似た者同士ですかっ!?」

「エェイ! もうイイっ!」

「え!? にゃあああっ!」


 業を煮やしたミーミルが、巨大な手を振り下ろし、ルゥシールとその背中に負ぶさったエイミーを掴み、遥か頭上に連れていく。


「ちょっ、離してくださいっ!」


 ミーミルの巨大な手に拘束されたルゥシールが体をよじり抵抗する。

 しかし、大木のような指に押さえ込まれ、まるで身動きが取れていない。

 そんなルゥシールに、ミーミルはごつい指を近付ける。

 ルゥシールの纏うローブをはぎ取ろうというのか。


「や、やめてください! ダメですよ!」

「黙れ、娘」

「ローブを取ったら、わたし、怒りますからね!」

「スグ済む」

「スグとかそういうことじゃなくて! ……ちょ、い、いやです! イヤですっ! ご主人さん以外の人になんて……絶対嫌ですっ!」


 叫んだ途端、ルゥシールの全身が激しくスパークした。

 眩いほどに輝く暗黒色。

 矛盾しているようだが、真っ黒な光が部屋全体を覆い、明滅したのだ。


 ……ダークドラゴンの力、か?


「……っにゃふ! …………ダメです……力が出ません…………」


 押さえつけられた魔力を無理矢理解放しようとした反動か、ルゥシールはミーミルの手の中で全身を弛緩させた。


 何が起こったのか理解出来ず、辺りが騒然とする。

 デリックもぽかんと頭上を見上げて呆けているし、周りの魔導士たちもほとんどが似たような格好で固まっている。

 が、その隙を突いたものがいた。

 バスコ・トロイだ。


「うわぁああっ!」


 音もなく、凄まじい速度で襲い掛かってくる猛烈な寒波に、バスコ・トロイの前方にいた魔導士が悲鳴を上げる。

 その寒波は勢いを落とすことなく俺へと到達する。

 が。


「魔力の動きくらい、見えてるっての!」


 俺は寒波が到達する前に障壁を張りそれを防いだ。

 ……デリックの魔力を借りて。


「…………さ、【搾乳】…………テメェ、調子乗ってねぇか?」


 ただでさえ魔力が底を尽きかけていたデリック。

 二度にわたる障壁に魔力を使われ、またも魔力欠乏症の症状が現れる。

 軟弱な男だ。


 ともあれ、こんな中途半端な攻撃では俺にダメージは与えられない。

 今回の魔法で被害をこうむったのは、バスコ・トロイの前方にいた数十名の魔導士と、デリックだけだ。


「大人しくしてろよ。またミーミルに怒鳴られるぞ」

「……くく。隙を見せればいつでも襲い掛かるさ」

「じゃあ、ちょっと抜け出して、決着でもつけるか?」

「いいのか? 大切な女が魔神に汚されるぞ?」

「ねぇよ、バーカ」


 ミーミルはそんなことをしない。

 ミーミルが興味を惹かれるのは、いつも言語、文字、言葉だ。


 そして、今ヤツの目が見ているものはただひとつ。


「今の力…………ソウか、貴様はドラゴンなのカ…………では、こいつは、ドラゴンの封印だな?」


 ルゥシールの胸元に刻み込まれた封印の魔法陣だけだ。


「…………見ちゃ、ダメ……です…………」

「スマンかったな。オヌシを辱める意思は毛頭ない。無礼を詫びよう」


 ミーミルがルゥシールに敬意を表した。

 ドラゴンだと知り、対等な存在と認めたのだろう。


「取り引きをしないか?」

「……取り、引き……?」

「ウム。取り引きと言っても、何をするではない。タダ、ワシがオヌシの体からその魔法陣を引き剥がしてやろうというダケだ」

「出来るんですか……そんなことが?」

「ワシを誰だと思ってオル? 多少時間はかかるカモ知れんが、可能だ」


 ミーミルはルゥシールにそう言うと、今度は俺に向かって嬉しそうな顔を向ける。


「イイものを教えてくれたな小童! 感謝するぞ!」


 相当お気に召したようで、上機嫌だ。

 こっちはバスコ・トロイと睨み合っていて、会釈も出来ないけどな。


「依頼二つでは少々気が咎めるな……ヨシ!」


 言うや否や、ミーミルはおもむろに立ち上がる。

 座っていても天井に頭が付きそうだった巨人が立ち上がる。

 天井が低く……いや、ミーミルがデカいのだが……腰を曲げた状態でミーミルは俺たちを見下ろしている。


「特別サービスだ! 読書の邪魔をされたくもないしな……」


 腹の底に響くような声で言い、口角を持ち上げる。

 するとミーミルの瞳が赤紫の光を放ち、次の瞬間、その光が拡散し部屋全体に乱反射する。


「なんだっ!?」

「うわぁっ!」

「ぎゃあああっ!」


 魔導士たちが声を上げ、逃げ惑う。

 乱反射した赤紫の光は、まるで俺たちを避けるように部屋の中を縦横無尽に飛び交い、魔導士たちの体を貫通していく。

 光が貫通した魔導士たちを見るが、特に傷が付いているわけでもないようだ。

 ただ、とてつもなく疲労しているように見える。


「なんだ、こんなものっ!」


 全方位から、容赦なく襲い掛かる赤紫の光を、バスコ・トロイは魔槍を駆使して器用に防いでいる。

 冷気によって光を曲げ、進行方向を強引に変えさせる。


 俺たちとバスコ・トロイを除き、その場にいたすべての魔導士たちが赤紫の光に貫かれ倒れ伏す。

 と、今度はその光が俺たち目掛けて一斉に降り注いできた。


 視界を埋め尽くすまばゆい光。

 速度も上がり、目で追うことすら出来ない。


 こんなもん、避けられるか!?


 そう思った時には、俺たちは全身にその光を浴びていた。


「…………これは」


 しかし、魔導士たちのように倒れることはなく、むしろ体の奥から活力がみなぎってくる。


「無駄に元気そうな者ドモから、体力を奪い取…………分け与えてモラウ魔法だ」


 えげつない魔法の効力をオブラートに包んでミーミルが説明する。

 俺の特殊能力の無差別チート版みたいなもんか。

 が、魔力ではなく、奪えるのはあくまで体力らしい。


「……うん…………はっ!? デリック!?」

「……私は……気絶してた…………?」


 ジェナとフランカが意識を取り戻す。

 デリックも、心なしか顔色が戻っているようだ。


「デハ、ワシは少し退室させてもらうぞ。読書は静かな場所でするに限るからな」

「え? どこ行くんですか!? あの、ミーミルさん!? ご、ご主人さん!?」

「あぁ、いいから、ミーミルに任せとけって!」


 拉致されると知り慌てるルゥシールに言葉をかけて見送る。

 ミーミルに任せておけば問題ないだろう。

 中腰で、ルゥシールとエイミーを連れたミーミルが部屋を出て行く。


 地響きのような足音が遠ざかっていき、やがて部屋は静寂に包まれる。


「さて……」


 現在、この部屋にいるのは、俺とデリック、そしてジェナとフランカ。バスコ・トロイと愉快な魔導士たち(×数百名)。だが、魔導士たちは全員床に倒れ、身動きが取れない様子だ。


「大ピンチだな、バスコ・トロイ」


 四対一。

 こちら側の圧倒的有利。


 にもかかわらず、バスコ・トロイは余裕の笑みを浮かべている。


「もう諦めて笑うしかないのか? それとも、まだ何か企んでやがるのか?」

「ふふふ……まだも何も……徹頭徹尾、私は貴様の死を望み、その隙を窺い続けている」

「なら、もういい加減無理だってことに気付けよな」

「無理? ……ふふふ。何も分かっていないのだな」


 バスコ・トロイは魔槍を頭上に掲げ、興味に満ちた瞳で俺を見つめる。


「まさに、今! 絶好のチャンスが到来したのだよ!」


 叫ぶと同時に、魔槍が吹雪を吐き出し始める。

 轟々と唸りを上げて、瞬く間に視界のすべてを白一色に埋め尽くす。

 魔力を帯びた吹雪に、体力が徐々に削られている


 しかし……


「この程度で俺を倒せるとでも思ってるのか!?」


 魔槍サルグハルバは確かに凄い武器だ。

 無尽蔵の魔力は、使いようによっては絶大な効果を発揮するだろう。

 しかし、一つ一つの魔法が弱いのだ。威力が低く、致命傷を与えられずにいる。

 全体に、割と面倒くさいダメージを与える武器。それが魔槍サルグハルバだ。


 俺以外のヤツが持ったところで、必殺の武器には成り得ないだろう。


 この程度の魔法なら、覆すことは容易い。


 しかし、バスコ・トロイはその欠陥をあっさりと認めた。


「この程度では無理だろうな! 威力の弱さに、私も驚愕したよ。絶望と言ってもいい!」


 そして、勝てないということも。


「しかしだ! この魔槍は、こういう使い方も出来るのだよ!」


 魔槍から吐き出される吹雪が激しさを増す。

 風速が固まり、踏ん張らないと吹き飛ばされそうだ。

 ジェナとフランカはデリックにしがみつき、何とか堪えている。


 ところが、体力のほとんどを奪われ、床に転がるだけとなった魔導士たちは抗うすべもなく、ついには竜巻までもを発生させた冷たい風に飲み込まれて、その体を空中へと舞い上がらせていった。


 無数の人間が、風に煽られて宙を舞う。

 何とも異様な光景だった。


「何をする気だ、バスコ・トロイ!? お前のやってることは、仲間を攻撃しているだけだぞ!?」

「ふははは! そうでもないさ!」


 竜巻がうねりながら、部屋の中で暴れ狂う。

 その度に、舞い上がった魔導士が地面へと叩きつけられていく。


 気が付けば、部屋中に散らばっていた魔導士たちが、部屋の中央――巨大な魔法陣の上へと集められていた。


「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」


 耳鳴りがして、それが高速詠唱だと気が付いた時、俺の背筋に嫌な寒気が走った。

 これは……嫌悪感ってやつだ。


 …………こいつっ!


「さぁ……今度は『ナニ』が出て来るかな?」


 部屋の中央で、巨大な魔法陣が輝きを放つ。

 召喚魔法が起動したのだ。


 味方の魔導士数百人の魔力を餌にして。


「そうそう、言い忘れていたが…………」


 竜巻が止み、静寂の戻った部屋の中で、バスコ・トロイは落ち着いた声ではっきりと言い切った。


「そいつらを仲間だなどと思ったことは一度もない」

「テメェ……っ!」



 ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!



 バスコ・トロイに殴りかかろうと駆け出す前に、広い部屋の中にけたたましい獣の鳴き声が響いた。

 思わず振り返る。


 そこには……巨大なカタツムリがいた。


 狂暴なまでに尖った岩石のような殻を背に乗せた、2メートルを優に超える巨大なカタツムリ。

 カラヒラゾンが、不気味な四本の細長い触角の先に付いた目をぬらぬらと輝かせ、こちらを窺っていた。








いつもありがとうございます。



魔神ミーミルに連れ去られたルゥシール!

見られちゃうのか!?

パイオツ、れーちゃう見ーらーなのか!?


そして、気付けばデリックのパイオツを揉み慣れているご主人さん!

デリックを『俺の形』にしちゃうのか!?

染めちゃうのか!?


乞うご期た…………期待出来ねぇーっ!



以上、夜中のテンションでお送りいたしました。


次回も、ご笑覧くださいますようお願いいたします。


とまと


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