37話 魔族カラヒラゾン
魔法陣から現れた巨大なカタツムリ、カラヒラゾンは、不気味にぬめる体表面をぬらぬらと輝かせながら、ゆっくりとした動作で首を動かす。辺りを見渡している緩慢なその仕草に、若干の嫌悪感を覚える。
あんまり、ぬめぬめ系の生き物って得意じゃないんだよなぁ……
「うわぁああっ!」
「なんだ、こいつは!?」
「ひ、ひぃっ!」
魔法陣へ山と積まれた魔導士たちが悲鳴を上げる。
体力も魔力も根こそぎ奪い取られた彼らは、うめき声ひとつ漏らすことが出来ない状況だろう。
そんな彼らをして、悲鳴を上げさせる絶体絶命の窮地。絶望的に禍々しい存在。
カラヒラゾンが魔導士たちを見つけ、ゆっくりと顔を近付ける。
「なんだ……体がっ!?」
魔導士が叫び声を上げかけて、それを阻止された。
カラヒラゾンの体から半透明のドロッとした液体が射出され、うずたかく積まれた魔導士たちがゲル状の物体に飲み込まれていく。
魔力が足りないのか、徹底的にしぼり尽くすつもりのようだ。
カラヒラゾンは、魔導士たちを飲み込んだゲル状の物体に顔を密着させる。首の脇にある口で、ゲル状の物体をすすり始める。ジュルッジュルッと嫌な音を立て、わずかに残った魔力をすすり取っているようだ。
だというのに、バスコ・トロイは助けるどころか焦りすら見せず悠然とその光景を眺めている。
今、俺が動いても彼らを助けることは不可能だ。
それどころか、今動けばその隙を突かれて致命傷を負いかねない。
悪いが、見殺しにさせてもらう。
俺には、守らなきゃいけない連中がいるんでな。
敵対していた者にまで気を回していられない。
「ちきしょう……バケモノばっかだな、魔界ってのは……」
胸やけでもしているのか、デリックが胸を押さえて顔をしかめている。
見ていて気持ちのいい光景でないことは確かだ。
「ムカつくくらいにデケェな……が、動きが遅い。大したことなさそうだな」
デリックがカラヒラゾンの姿を見て、そんな見当違いな意見を述べる。
そう。まったくもって見当違いだ。
「お前はバカか? 筋肉バカか? だから顔がデカいんだよ」
「なんだと【搾乳】!? 顔のデカさは関係ねぇだろ!?」
バカの反論はさらりと流し、現状の戦力を分析する。
意識を取り戻したジェナとフランカも、カラヒラゾンを警戒して臨戦態勢を取っている。が、魔力が底を尽いているこの二人は戦力にはならないだろう。
そして、魔法が使えないデリックも、このカラヒラゾン相手では役に立たない。
なぜなら。
「あのカラヒラゾンが背負っているのは、どんな物理攻撃をも弾き返す、魔界最強の硬度を持つ甲羅なんだぞ。殻に隠れられたら一切の攻撃は通用しない。かなり厄介な相手だ」
魔力で体を硬化させる魔族は複数いる。そいつらが本気を出せば、カラヒラゾンを凌ぐ硬度を生み出すことは可能だろう。
しかし、純粋な硬度でいえば、カラヒラゾンの甲羅は『最硬』だ。
あの甲羅を攻略するには、魔法に頼るほかない。
「ジェナとフランカの魔力がない今、あいつに抗う術はないぞ」
「もう少しすれば、あたしたちの魔力も回復してくるはずだよ」
「……時間を稼げば、勝機はある」
青い顔をして、ジェナとフランカは自らが攻撃を担うと申し出る。
何とも健気だ。今にも倒れそうなくせに。
だがしかし、だ。
「中途半端な魔法ではあいつは倒せない」
カラヒラゾンは、自身の持つ魔力を対魔法障壁へと変換して、魔法を無効化することが出来るのだ。
「なんだよ、それ!?」
「じゃあ、あのカラヒラゾンは……実質、無敵なの?
「……厄介」
デリック御一行が、敵のチートさ加減を非難する。
「唯一の救いは、カラヒラゾンの持つ魔力量が極めて少ないことだな」
魔界一硬い甲羅を獲得した反動か、それとも固さに特化した進化を遂げ必要ないと判断したためか、カラヒラゾンの魔力は魔界の中で最も少ないランクに入る。
魔力が尽きれば、カラヒラゾンは魔法を防げなくなる。
甲羅が壊せなくても、蒸し焼きにすることが可能になる。
「つまり、カラヒラゾンの魔力が尽きるまで魔法を浴びせ続け、その後、カラヒラゾンを一気に殲滅出来る威力の魔法を使う必要がある」
空っぽになった魔力を慌てて回復させた、寄せ集めみたいな魔力では話にならない。
「あいつを突破するのは、至難の業だぞ」
魔力に乏しい俺にとっては、もっとも苦手とする魔族のひとつだ。
「だったらよ……」
一頻り話を聞いた後、デリックはゆらりとバスコ・トロイへ体を向ける。
「あいつの魔槍を奪い取るしかねぇよな」
魔力の塊。
無限に湧き出る魔力の源泉。
あれがあれば対処も出来るだろう。
とはいえ……
「この魔槍が欲しそうだな、王子」
バスコ・トロイがカラヒラゾンの向こうで不敵な笑みを浮かべている。
まぁ、こっちの魔力事情などお見通し、つうか分かり切っているだろうしな。
考えていることなんかバレバレか。
「バレていようが、やることに変わりはねぇ! 突っ込むぞ!」
「やめろってのに!」
「おぅっふ!」
今まさに走り出そうとしたデリックの脇腹に拳をねじ込む。
潰れた声を漏らしてデリックがうずくまる。
こいつは……どうして、戦況を冷静に判断出来ないのか……
「お前とバスコ・トロイでは大人とハナクソほどの差があるんだよ」
「……子供ですらねぇのかよ」
「当然だ。無策で飛び込むと死ぬぞ」
実際、森で再会した時は瀕死だったろうが。
「魔力を無駄遣いしてフラフラになっている今のお前なら、なおさらな」
丁度いいから、そのまましばらく蹲っていろ。
「……いや、俺の魔力を使いまくったのはテメェだからな?」
「細かいこと気にするなよ」
「細かくねぇ!」
と、その時視界の端が歪む。
冷気による光の屈折。
「避けろ!」
俺の声を合図に、ジェナとフランカが左右に飛び退く。
デリックもなんとか床を転がって移動する。
俺は魔力の核を探る、が、やはり奪える場所にはない。仕方なく回避する。
本来、具現化魔法は魔力の【核】が具現化した炎や吹雪で覆われていて、その【核】を相手に向けて発射することで、周りの炎や吹雪を相手にぶつけ攻撃するものだ。
しかし、魔槍サルグハルバは魔力の核が槍の先端から移動しない。固定された核から具現化された魔力が噴出しているのだ。
魔力が奪えないばかりか、魔法を打ち消したり防ぐことすら出来ない。
つまり、とても面倒くさい。
おまけに、魔力が尽きないのだから、向こうの攻撃はいくらでも連発出来るのだ。
攻撃の通じないカラヒラゾンと、止むことのない魔法を浴びせてくる魔槍サルグハルバ。
まとめて敵にするには最悪の組み合わせだ。
真面目に撤退を考えなければいけないか……
と、そんなことを考えた矢先、事態は思いがけない方向へ動く。
どちらかと言えば、俺にとって都合のいい方向へ。
「な、なんだ!? なぜこちらを向く!?」
カラヒラゾンが、バスコ・トロイに向かって移動を開始したのだ。
ゆっくりとした動きながら、確実にカラヒラゾンはバスコ・トロイへ近付いていく。
ぬらぬらと体をくねらせて、細く伸びた四本の触角を不気味に動かし、その先についた目が一斉にバスコ・トロイを捉える。
ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!
突然の咆哮。
思わず身がすくむほどの覇気に部屋全体が震える。
召喚された魔物は、術者に対し従順に従うわけではない。
むしろその逆で、術者を襲い自由を得ようとする者がほとんどだ。
だからこそ、召喚魔法を行うものはその魔物を屈服させるだけの力を求められる。
力が魔物を下回れば、ただ蹂躙されるのみだ。
召喚魔法は、諸刃の剣なのだ。
カラヒラゾンは狙いをバスコ・トロイに定めると、先ほどまでの緩慢だった動きが嘘のように速度を上げ、一瞬でバスコ・トロイへと肉薄する。
「くっ! このっ!」
バスコ・トロイは咄嗟に魔槍を構え、カラヒラゾンに夥しい量の冷気を叩きつける。
ぬらぬらとぬめりを帯びたカラヒラゾンの体表面が次第に凍っていく。白く、固く、見る見るうちに凍結する。
が、固まったカラヒラゾンの体に無数のヒビが走ったかと思うと、表面を覆う氷は砕け霧散し、また元のぬめりを帯びた体が姿を見せる。
魔槍の冷気で氷漬けにすることは出来ないようだ。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
高速詠唱に続いて、カラヒラゾンの首で大爆発が起こる。
しかし、カラヒラゾンが展開した対魔法障壁がその威力を完全に無効化してしまう。
「ならばっ!」
バスコ・トロイが魔槍を振りかざし、氷の結晶のように輝く刃をカラヒラゾンへ向かって突き出す。
そんな攻撃は殻によって弾かれるだろう。そう予測したのだが……
俺の予想に反して、カラヒラゾンは殻に閉じこもることなく魔槍の刃がその首元に突き立てられたのだ。
チート級の硬度を誇る殻でなければダメージが与えられるかもしれない。
「…………な、なんだ!?」
と、いう甘い考えは、やはり通用しないらしい。
バスコ・トロイが驚愕し、顔を青く染める。
慌てた様子で魔槍を引き抜こうと力任せに引っ張っているようだが、魔槍はカラヒラゾンの体に突き刺さったままビクともしない。
スゲェ嫌な予感がする…………
「バスコ・トロイ! 何をやっている! さっさとカラヒラゾンを打倒してしまえ!」
「黙れ! 私に命令するな!」
ヒステリックに叫ぶと、バスコ・トロイは魔槍を握り直した。
直後、魔槍の先端から大量の魔力が放出される。
カラヒラゾンに突き刺さったままの魔槍から爆発するように冷気があふれ出し、辺りに氷の結晶を生み出していく。
床や天井から人間二人分くらいもある太い氷柱が突き出してくる。
カラヒラゾンの全身にも白い霜が広がり、パキパキと乾いた音を漏らす。
が、カラヒラゾンは倒せなかった。
凍りついたかに見えたカラヒラゾンだったが、先ほどと同様、一瞬のうちに氷を砕きぬめりを帯びた体表面を露呈させる。
そればかりか……あれは、どう見ても…………
「バスコ・トロイ! 魔槍が飲み込まれてるぞ!」
カラヒラゾンの体に、魔槍が飲み込まれ始めていた。
徐々に、徐々に、魔槍がカラヒラゾンのぶにぶにした嫌な柔らかさを持っていそうな体の中にめり込んでいく。
「分かっている!」
「分かってんなら、対処しろよ!」
「やっている!」
「出来てねぇだろ!」
「なら、貴様がやれ!」
あ~ぁ、言っちゃいけない言葉言っちゃったよ。
自分の失態をおいて、人に「じゃあお前がやってみろ」と八つ当たりするのは三流のすることだ。
それをした時点で、そいつはその分野の不適合者ということが確定する。
バスコ・トロイは、もう魔導士を引退するべきだな。
「全員集合!」
部屋の中で散らばっていたデリックたちを呼び集める。
カラヒラゾンとバスコ・トロイが膠着状態に陥っているため、現状俺たちは安全だ。
今だけは、な。
「あのバカが最悪なことをしでかした」
「……魔槍を飲み込まれると、どういうことが起こるの?」
フランカが俺に尋ねてくる。
おそらく、この場にいる全員がある程度は予想していることだろうが、それをあえて口にしてやる。
「魔槍の魔力を取り込んじまうだろうな。カラヒラゾンは、半永久的に供給される魔力を得て、唯一あった弱点を克服、晴れて完全無欠の無敵になっちまうだろう」
魔界最硬の殻に、無尽蔵の魔力による対魔法障壁。
これで、カラヒラゾンにダメージを与えられるものはいなくなる。
下手すれば、お袋――魔神ガウルテリオでさえも倒せない魔物になっちまうかもしれない。
もっとも、お袋が負けるなんてことはあり得ないだろうが、倒すのが面倒くさい相手は倒さないのがお袋だからな。
こいつを無敵のまま魔界へ返すと、魔界トップ10くらいには上り詰めるかもしれない。
実に厄介な魔物の誕生だ。
「じゃあ、どうするんだよ【搾乳】!?」
「俺に言われても、どうしようにもねぇよ」
「じゃあ、あんな化け物がこの付近で野放しになるの? それって、ヤバくない?」
ジェナの言葉に、オルミクル村のことが頭によぎる。
のどかで温かい、ギルド長だけが残念な素敵な村だ。
そんな村が悲惨な目に遭うのを見過ごすわけにはいかない。
「じゃあ、責任を取らせるか」
「……責任? 誰に?」
問いかけてくるフランカに向かって俺は笑みを浮かべる。
極上の、いやらしい笑みを。
「厄介な魔物を召喚して、そいつに厄介な力を授けちまった大馬鹿者にだよ」
魔槍を取り込み始めてから、カラヒラゾンの動きが完全に停止している。
魔力を取り込むのに集中しているのだろう。
その隙をついて、俺はデリックたちを引き連れてバスコ・トロイへ襲い掛かった。
バスコ・トロイの放つ魔法なら、俺でも防げると踏んでの強硬手段だったが、バスコ・トロイはこちらに攻撃を仕掛ける余裕がなかったようだ。
「取り押さえろ!」
俺の合図で、デリックがバスコ・トロイに飛びかかる。
「何をする、貴様っ!?」
突如巨漢に抱きつかれたバスコ・トロイが不快感をあらわに喚き散らす。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・…… 」
「させるかよ」
高速詠唱をしかけたバスコ・トロイの顔面に、俺が拾っておいた赤い核――ルゥ汁を放り込み、強制的に咀嚼させる。
「……っ!? んー! んんんんーーーーっ!」
匂いが漏れると困るので、両手で頭と顎を押さえつける。
バスコ・トロイは何度か体をばたつかせた後、首を振って俺の呪縛から逃れようともがく。
凄まじい力だ。
人間、必死になった時のパワーは計り知れないな。
「だはぁっ!?」
ほんの一瞬、わずかなスキを突かれ、バスコ・トロイの口が解放されてしまった。
「クッサッ!?」
「おぇっ!」
「なに、この匂い!?」
「…………最悪っ!」
バスコ・トロイの口から有り得ない悪臭が放たれる。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
慌てて高速詠唱を行ったバスコ・トロイ。
と、その瞬間、黄緑色の光がバスコ・トロイの顔を包み込み、爽やかな香りが辺りに広がった。
「…………っはぁっ! はぁっ! はぁっ!」
バスコ・トロイが肩で呼吸をしている。
涙目だ。
いや、号泣だ。
「ふざけるなよ、貴様ぁ!」
泣き叫ぶバスコ・トロイ。
完全にいじられキャラだな。
「……許さんっ。貴様らまとめて吹き飛ばしてくれるっ!」
言うが早いか、バスコ・トロイは高速詠唱を行う。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
「うぉっ!?」
バスコ・トロイを押さえ込んでいたデリックが吹き飛ばされる。
あんなデカい筋肉の塊を天井付近まで吹き飛ばすとは、凄い威力だ。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
次いで、炎の礫が乱射される。
拳大の小さなものだが、速度がえげつない。目視するのが精いっぱいだ。
ジェナとフランカは、魔法発動直前の魔力の動きを感じられるのか、目で追うことが難しい炎の礫を何とかかわし続けている。
そこへ、魔力に鈍感な大男が落下してきて、集中砲火を受ける。
「アデデデデデデッイデデッ!」
硬い石の床を抉るような威力の炎の礫を、その筋肉だけで受け止める。
即死しないお前を尊敬しそうだよ。なんだ、その耐久力。
「デリック、下がって!」
ボッコボコにやられるデリックの前にジェナが躍り出て、魔法陣を展開する。わずかに回復した魔力で障壁でも張ろうというのか。
「 アウル・デーゲ・ノウリーディス――水と大地の支配者よ…… 」
しかし、詠唱が遅い。
魔法に集中したジェナに、炎の礫が容赦なく襲い掛かる。
「危ねぇ!」
脅威に晒されたジェナを、デリックが引き寄せ、デカいだけが取り柄の体で包み込む。
ジェナに覆いかぶさるような格好で、炎の礫を背中で受け止める。
「っ……ぐぅうっ!」
「デリック、どうして!? あたしが助けようとしたのに!」
「バカヤロウ! 助けるのは俺の役目だ!」
歯を食い縛り、デリックが胸の中のジェナに言う。
「俺のために無茶はすんな。テメェは黙って、俺に守られてろ」
「………………うん。ありがと」
ジェナがこてんと、頭をデリックの胸に預ける。
「………………何やってんの、あいつら?」
恐ろしい速度で炎の礫が飛び交う中、甘い空気を漂わせるバカ二人。
見てるだけで、無性に疲れるのはなぜだ?
っていうかデリック、お前、ガッスガッス当たってるけど大丈夫なの?
ラブコメしている間に死ぬんじゃねぇの?
「……出来た」
と、俺の背後で呟くような声が聞こえた。
フランカだ。
「……おい。お前、俺を盾にして詠唱してたろ?」
「……デリックがジェナを守っているのだから、あなたが私を守るのは当然」
いや、当然って。
「……デリックを回復させなければ、本当に死ぬ」
「お前、回復魔法使えるんだな」
「……私はシスター」
「真っ黒だけどな」
「………………うるさい」
フランカは、少し不機嫌そうに頬を膨らませると、ふいっと顔を背けた。
なんだよ、可愛らしく怒りやがって。
ドSキャラ崩壊してるぞ?
「 イラーハイラージュ 」
キャラ崩壊など気にも留めず、全身真っ黒の衣装を身に纏ったシスターはデリックに向けて魔法の光を放つ。
癒しの光がデリックを包み込み、デリックの傷がみるみるふさがっていく。
「イラーハイラージュが使えるのか。すげぇな」
「……そう?」
「あぁ、たいしたもんだ」
治癒力の高さは最高級と言っても過言ではない、かなり高位の回復魔法だ。
こいつ、本当に凄い魔導士なんだな。
回復系で見れば、俺が今まで出会った中でもかなり上位に来るだろう。
「イラーハイラージュとは……煩わしいっ」
デリックに集中砲火していた炎の礫が、一斉にフランカ目掛けて飛んでいく。
「…………っ!?」
イラーハイラージュを使った直後の、無防備なところを狙われ、フランカは回避も防御も不可能だ。
しょうがない。
ちょっとだけ熱いの我慢するか。
俺は、目の前を通り過ぎようとした炎の礫を一つ掴み取る。
ジュッという肉が焼ける音がして、鈍い痛みが腕を貫く。
と、同時に魔力が流れ込んでくる。
痛みを無視して、すぐさまその魔力で障壁を張る。
フランカに衝突しようとしていた炎の礫が、突如現れた障壁にぶつかり弾け飛ぶ。
間一髪間に合ったようだ。
「…………【搾乳】……助けて、くれたの?」
「お前を助けるのは当然なんだろ?」
ホッとした途端、手のひらの火傷が疼き出す。
フランカに治療してもらおうかと視線を向けると……
「………………そう」
フランカが真っ赤な顔をして俯いていた。
……半泣き?
「どうした?」
「……別に」
素っ気ない態度を取るフランカ。
なんだよ?
ワケを聞こうと歩み寄ると、そのタイミングで障壁が破壊された。
やっぱり咄嗟に張った障壁じゃこの程度か。
「捕まれ!」
「……きゃっ!?」
咄嗟にフランカを抱き寄せ、炎の礫を回避する。
……っていうか、咄嗟に出るはずの「きゃっ!」の前に「……」付いてるってどういうことだよ?
あと、そんな可愛い声出せんだな。
「ふははは! どうした!? 手も足も出ないのか!?」
バスコ・トロイが調子に乗っている。ムカつくなぁ。
魔力のほとんどを失っているくせに、ヤツの攻撃は弱まることがない。
効率のいい魔力の使い方をしているのか、魔力の絶対量が多いのか。もしくはその両方か。
バスコ・トロイは、やはり厄介な相手だ。
まずは、ヤツの魔法を完全に防がなくては。
フランカを抱えて逃げ回りながらそんなことを考えていると、カラヒラゾンが突然動き始めた。
ギシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!
魔槍が根元まで完全に飲み込まれている。
ぬめぬめの首元に、ちょこんと柄尻が覗いている。
あんな長いものを飲み込んだというのに、それが支えている様子もなく、カラヒラゾンは滑らかに動き始める。
狙いは、引き続きバスコ・トロイ。
どうやら、カラヒラゾンは魔力のあるものをターゲットにしているようだ。
「ふん! 防御特化の魔物など、私の敵では……っ!」
言いかけたバスコ・トロイを、カラヒラゾンの吐き出した吹雪が包み込む。
ぬらぬらと緩慢に蠢くカラヒラゾンの口から、雪や小さな氷の粒が混ざった吹雪が噴き出される。
カラヒラゾンは、完全に魔槍サルグハルバを取り込んでしまったらしい。
「……お、……のれっ!」
吹雪の中でバスコ・トロイが魔法陣を展開させる。
「やめろ! 半端な魔法を使っても無駄だ! 貫通力の高い魔法を全力でぶっ放すんだよ!」
「私に…………指図……っ……する、なぁ!」
吹雪に呑まれ、声が聞き取りにくい。
それでも、バスコ・トロイの向けてきた敵意だけはハッキリと分かった。
あいつに「協力しよう」なんて言っても聞く耳持たないんだろうな……
やっぱ、無理矢理魔力を奪うしかないか。
「 ―― ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ―― 」
部屋の中が紫色に染まる。
紫電が轟き、カラヒラゾンの体に襲い掛かる。
が、その攻撃はカラヒラゾンの怒りを買っただけだった。
カラヒラゾンは、頭を下げ、そして勢いをつけて振り上げる。
巨大な鞭のようにしなり、カラヒラゾンの頭がバスコ・トロイのみぞおちにクリーンヒットする。
「がは……っ!?」
巨大な頭に吹き飛ばされ、バスコ・トロイの体が宙に舞う。
先ほどデリックが吹き飛んだよりももっと高い場所を通過し、バスコ・トロイが床に叩きつけられる。
「…………お、……のれ…………っ!」
嫌な音がした。
たぶん、どこかの骨が折れたのだろう。
バスコ・トロイの額には玉のような脂汗が無数浮かんでいた。
それでも懲りずに魔法陣を展開するバスコ・トロイ。
学習能力がないというより、もう意地になっているのだろう。
いいとこなしだからな、今日のこいつは。
とにかく押さえつけて魔力を奪う。
使い切られちゃ、勝てるもんも勝てなくなる。
「デリック、ジェナ! もう一回行くぞ! バスコ・トロイを押さえつける!」
「おう!」
足元がふらつくのか、デリックはジェナに支えられている。
まぁ、カッコつけて平気なフリしてるから、それに乗っておく。
「フランカも、いけそうか?」
「……ん。まかせて」
下ろすタイミングを逸して、ずっと抱きかかえたままのフランカをここでようやく下ろす。
俺の腕から離れると、フランカは俺に背を向けてササッと髪の毛の乱れを整えた。
……なんだろうか。あれは、俺に触れられていたのが不愉快だったアピールか?
助けてやったんじゃん。傷付いちゃうよ?
「……こほん」
わざとらしい咳払いをし、フランカがそっとこちらを振り向く。
「…………強引なのは、ちょっと…………困る」
強引?
バスコ・トロイを押さえつけることを言っているのか?
「おさえつけてい~い?」
「うん、い~よ~!」
とかなるとでも思ってるのか、あいつは?
「いや、強引に行くだろう、普通!?」
「……強引なのが、普通………………分かった。覚悟する」
なんだろうか。
微妙に噛み合っていない気がする。
「行くぞ、【搾乳】!」
デリックから声がかかる。
見ると、バスコ・トロイがまた無駄な魔法を放ったところだった。
当然、カラヒラゾンにダメージはない。
「よし! 行くぞ!」
デリックに合図を送り、一斉に走り出す。
その時、視界の先に見覚えのある少女が姿を見せた。
「 ザウラゲイト・エバ・ホヌプス――冥界の守護者よ、静寂と共に生きる者よ、荒ぶる魂を排し、摂理に背く者へ破滅を与えよ、メルセゲルの瞳により愚者を監視せよ――シレンシオ・ジュラメント 」
魔法が発動し、シレンシオ・ジュラメントが……バスコ・トロイの胸に埋め込まれた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
ちょっと、何が起こったのか分からない。
「まったく。無駄遣いするあんたもバカだけど……」
そして、二つに結んだ赤い髪の毛を揺らして、少女は俺を睨みつける。
「詰めが甘いあんたもバカよ。アシノウラ」
シレンシオ・ジュラメントを使ったのは、エイミーだった。
いつもありがとうございます。
具現化魔法と魔槍サルグハルバについて。
魔法は据え置き型消臭剤で、
魔槍は消臭スプレーのようなイメージでしょうか。
設置した場所をを中心に効果が全体に広がるのが魔法。
噴き出し口から効果が一方向に噴き出すのが魔槍。
匂いを消す素(薬品)を【核】と考えた時の効果範囲はそんな感じです。
それから、随分前の話になるのでおそらく多くの方がお忘れかと思いますが、
この世界の魔法は、
『同じ魔法でも込める魔力の量によって効果の大小が変わる』仕様です。
(ジェナとフランカと戦った時にそんな話がチラリと……)
なので、魔導ギルド上位のバスコ・トロイが使うシレンシオ・ジュラメントを、
片田舎のちょっと魔力が他の人より多いだけの小娘エイミーが使うことだって、
理論的には可能、ということになっています。
威力はググーーーーーーーーーーーーッと弱くなりますが。
ただ、魔法の使用条件に『対象となる魔物との契約』があるため、
魔物に認められないと魔法が使用出来ないことがままあります。
シレンシオ・ジュラメントの使用者が少ないのは、きっとそこらへんに理由があるのでしょう。
では、なぜエイミーが使えるようになったのか。
みなさん、もうお分かりですね?
解:幼女は最強だから
人間界も魔界も、幼女には優しく出来ているのです。
そういうもんです。
というわけで、
もうすぐ決着します。さすがに。
またのご来訪、心よりお待ち申し上げております。
とまと




