6話「蛮族が持っているアレ」
神明裁判の後、俺とアテナは冒険者ギルドへと向かった。そこでの登録が終わった瞬間、俺は胸の奥に妙な穴が空いたような感覚を覚えていた。受付嬢が読み上げた結果は残酷だった。
「鈴木シンジさんの適性職業は冒険者です」
周囲の男たちがくすくすと笑い、ジョッキが小さく揺れる。冒険者、誰でもなれる、何の才能も突出しない器用貧乏として有名な職業らしい。
一方で、横にいたアテナの結果は。
「アテナさんの適性職業は……上級職アークビショップです!」
ざわめきが走り、ギルドの空気が一瞬で変わった。アテナは当然と言わんばかりに金髪を優雅に払った。
「見た? これが真の才能ってものよ。あなたの職業、冒険者とは格が違うのよ」
「いや、元から女神だったんだから反則では?」
「黙りなさい。才能のある者は努力すら超越するものよ。……あなたには永遠に理解できないと思うけど」
「おいコラ!」
そんな言い合いを続けながら、俺たちはギルドを出た。
「役所で一時滞在権の証明書も受け取ったし、次は武器屋に向かうわよ。マリナが駆け出しの冒険者に必要なお金をくれたんだから」
そう言いながらアテナは、革袋をひらひら振っていた。
「もらったんじゃなくて、借りてるだけだからな。……おい、ちょっと、待て。なんで金が減ってるんだよ」
俺が革袋を覗くと、明らかに中身が減っていた。アテナはとっさに視線を逸らした。
「女神である私はね、身だしなみが大事なのよ。ほら、こっちの世界の貴婦人は、鉛白粉で肌を白くして、蜂蜜と薔薇水で香りを整えるの。それに——」
アテナは小さな革袋からガラス壜を取りだした。中には乳白色の粘度の高い液体が揺れている。
「これは牛脂と蜜蝋で作った肌艶用のポマードよ。女神が野生児みたいに粉を塗らずに歩くなんて有り得ないわ」
「そんなもん買うな! 高いだろ! まずは冒険に必要なものを買え!」
「だから、買ったじゃない。高かったわ。一週間分の食費くらい。でも必要経費よ」
「美容品なんて全然必要じゃねえよ!」
アテナはさらに、薄く削った白鉛の粉を指先でつまみ、俺の目の前でひらりと落として見せた。
「これで肌が月のように輝くの。あなたのツヤのない顔を見ていると、悲しくなるわ」
「放っておけ!」
事前に財布を分けておいたから、俺の被害はなかったものの、こいつの初期資金の半分近くが美容品に消えてしまったことだけは確かだった。
武器屋に到着すると、鉄と煤の匂いが鼻を刺した。中は薄暗く、壁一面に巨大な剣、刃の欠けた槍、古びた盾が並んでいる。奥から、筋骨隆々の店主が現れた。
「よう、駆け出しか。何を探してる?」
俺はとりあえず自分の財布を確認する。しかし現実は容赦ない。
「えーっと、初心者向けの装備が欲しいんだけど。一番安いやつ」
「これなんてどうだ。ショートソードと木の盾。セットで安くしとくぜ」
店主は壁から一本のショートソードと、軽そうな丸盾をカウンターの上に置いた。刃こぼれはないが、見た目は完全に量産品。冒険者スターターキットって感じだ。
「……地味だな」
「ルーキーなんだから、最初はこれで十分だ。金貯めて、もっといい武器を買えばいい」
俺はショートソードの重量を確かめながら納得する。軽すぎれば威力不足、重ければ振れない。これはその中間。まさに初心者用だ。店主の目は確かのようだ。
一方アテナは、店の中央で腕を組み、ふんぞり返っていた。
「私にはもっと……そうね、優雅で、高貴で、持ち主である私の気品に相応しい武器を用意しなさい。予算はこれだけ」
アテナが差し出した金額を見た瞬間、店主の顔が固まった。
「……お嬢さん、これ、ショートソード一本も買えない額だぞ?」
「は? 女神にケチケチするつもり? この金額で私に相応しい武器を作るのよ」
「いや無理だぜ!? 素材代にもならんわ!」
店主が叫ぶのも当然だった。アテナは予算をほぼ化粧品につぎ込んでしまい、残りは小銭程度。しかしアテナは胸を張る。
「私はアークビショップよ? 天下の上級職様よ? いずれは魔王と戦うことになる勇者パーティーの一員。この私に、貧乏人が使うような武器を持たせるつもりなの?」
「無茶言うな!!」
店主は困り果て、店の奥へと消えた。ガタガタと金属の音が続いたあと、戻ってきた店主の手には。
「これならギリ予算内だ」
手渡されたのは、全長50センチほどの戦斧バトルアックス。柄はトネリコの木だろうか。手で触れるとしっかり油が染みている。恐らくは中古品だろう。刃は鉄製で、重さを活かして叩き割るタイプ。刃先にはうっすらと文様が刻まれていたが、どう見てもオークや蛮族が振り回すタイプの武器である。
アテナは店中に響き渡るほどの悲鳴をあげた。
「いやああああああ! こんなの絶対イヤ! 私、こんな野蛮な武器を持ってるだけで、死んでも死にきれない!」
「いや、お客さんの予算で買えるのはこれだけなんだよ!」
「もっとこう、金色に光ってて、羽が生えてて、煌めいてて」
「ないって言ってんだろ!!」
斧をつまむように持ちながらアテナは震えた。
「こんなの女神としての尊厳が崩壊するわ……」
俺は慌ててアテナの肩をつかむ。
「アテナ、今は我慢しろ! 戦って稼げば、そのうちマシな装備にできる!」
「うぅ……でも……でもぉ……」
「ほら見ろ、斧の刃とか結構きれいだぞ? ……ほら、微妙に神々しい感じすらするぞ?」
「嘘よ! 絶対嘘よ!」
「嘘なんだけど頑張れ!」
俺が押し切るように説得を続けると、アテナは唇を噛みしめ、肩を震わせた。
「……わかったわよ……! こんな屈辱……生まれて初めて……!」
ついにアテナは斧を購入した。店主はホッと息を吐き、俺は財布の残りを確認して絶望した。
「これで……なんとか装備は揃ったな」
「とにかく、いまはこれで我慢だ。斧って威力はあるし、扱いやすい、戦女神ぽいって思えば悪くないだろ」
「思えないわよ! でも……稼いだら絶対に買い替えるんだから……!」
アテナは涙目で斧を抱え、魂が抜けたようにうなだれた。
武器屋を出ると、夕陽が石畳を黄金色に染めていた。城塞都市エルフェンウッドの塔が黒い影を落とし、風が草木の匂いを運んでくる。
「とりあえず、装備……揃ったな」
アテナは斧を杖のようにつきながら、涙目で俺を睨む。
「いい? 私は絶対にもっと気品のある武器を手に入れるわ。あなたの安っぽいショートソードとは違う、本物の神器を!」
「言わせとけば……」
二人の影が夕陽の中を伸びていく。冒険者とアークビショップ、ショートソードと戦斧。不格好でちぐはぐなパーティー。
それでも、この不揃いな旅が、新たな騒動の始まりであることに疑いはなかった。




