13話「完璧すぎる履歴書」
鼻を刺す香ばしい匂いで目が覚めた。洞窟の冷たい空気に、焼いた肉とスパイスの香りが広がっている。いい匂いのはずなのに、朝っぱらから胃が痛くなる音量で誰かが叫んでいる。
「このスープ、あと三分煮込むべきだったのよ! 味が浅いの!!」
「申し訳ありません、奥様。ですが、三分も煮込んだら、肉の繊維が崩れて旨味が逃げてしまいます」
アテナとジャンヌだ。よりによって朝から言い争い。女三人集まれば姦しというが、二人集まっただけでこれである。洞窟での共同生活が始まって数日、俺はすでに悟っている。この二人、相性は悪いのに、こうやって口論するのはやたら楽しんでいる。
俺は体を起こし、朝食をのせた木皿を手に取る。ジャンヌが用意してくれた食事、焼いた肉の香ばしい匂い、作りたての野菜スープ、固めのパン。素朴だが温度があり、口に運ぶと胃に落ちていくのがはっきり感じられる。
味はいい。むしろ、うまい。ジャンヌの家事能力に文句のつけようはない。ただ、朝っぱらからやっているコスプレ家庭劇がうるさい。
「そもそも盛り付けが壊滅的ね。色彩バランスを考慮してないの? 湯気の立て方、角度、視覚を楽しませる美学がまるでないのよ」
「奥様は味覚より見栄を重視したいのでしょう? 心より器を飾ることがお好きですものね」
アテナの眉がぴくりと跳ねた。これはクリティカルヒットだ。アテナの怒りで洞窟の空気が地獄の炎のように熱くなっていく。
その時だった。伝書鳩が入口にコツンと何かを落とした。三人同時に動きが止まる。入口を見ると、革封筒。ギルドの封蝋が押された公式郵便だ。俺は封を切り、紙を広げた。そして思わず、まばたきを繰り返す。
「お前ら、あほみたいな口論は終わりだ。加入希望者が現れた」
読み上げた瞬間、アテナとジャンヌの身体が跳ねた。
「加入希望ですって!?」
「奥様のライバルが……!」
俺は紙を持ったまま深呼吸する。最近の戦績は惨敗。住処は洞窟。借金持ち。パーティランクは最下位のF。おまけに無謀にも魔王討伐を目指している。それでも加入を希望する理由、まともに考えれば怪しいに決まっている。だが、決めつけるのも良くない。
「とにかく、実際に会ってみないと判断のしようがない。ギルドへ行って確かめよう」
俺の言葉に二人は力強くうなずいた。アテナはメイクを整え、ジャンヌはエプロンを着替えた。洞窟の湿った土の上に足音を鳴らして出口へ向かった。
奇妙な生活の中で、突然訪れた変化の予兆。胸の奥にある期待と不安が、奇妙な温度でせめぎ合うのを感じながら、俺は洞窟を後にした。
エルフェンウッドの中心に位置する冒険者ギルドの建物は、いつ来ても独特な匂いがする。木材と油と汗と酒、そして鉄の匂い。戦闘と金と名誉が入り乱れた空気。掲示板の紙の擦れる音、剣の手入れをする金属音、誰かが笑い、誰かが怒鳴っている。
昨日は敗者だった者が、今日は勝者になる世界だ。そんな世界で、最下層にいるのが俺たち。受付嬢に案内され、ギルドの書類閲覧室へ通される。
机の上には一通の履歴書が置かれていた。淡い金糸のような筆記体で、整然とした文面。見ただけでわかる、インテリが書いたものだと。
俺たち三人が固まったまま読んだ。
〈氏名〉ヴィヴィアナ・エーデルシュタイン
〈性別〉女
〈職業〉ロードメイジ
〈学歴〉帝国魔法アカデミー卒業(第二位)
〈スキル〉偏差魔法
〈志望動機〉強敵との命懸けの戦いを求めて
呼吸すら忘れるほどの間が流れる。最初に声を出したのは俺だった。
「ロードメイジって確か魔術系上級職だよな? しかもアカデミーを第二位で卒業した成績優秀者。なんで、この経歴でよりによって俺たちのパーティーに加入希望なんだよ?」
アテナはすぐに疑いの炎を燃やした。
「間違いないわ、裏がある。詐欺師、宗教勧誘、美人局、全部候補ね!!」
「悪口と疑心暗鬼のスピード感が尋常じゃねぇ!!」
ジャンヌも冷静な顔で頷く。
「この字の癖、紙の質、そして履歴書の文体……高位の教育を受けた方の書き方です。奥様より育ちが上である可能性は極めて高いです」
「注目するポイントそこかよ!!」
しかし二人はここぞとばかりに一致団結した。
「奥様の威厳を守るためにも、徹底的に粗を探します!!」
「そうよジャンヌ! 共闘よ! 女の戦いは情報戦から!」
「どうして応募してくれた人をそんなに疑うんだよ!」
アテナは履歴書を指でつまんで、眉をひそめた。
「だって、この経歴は完璧すぎるわ。逆に怪しいレベル。魔王討伐をしたかったとしても、他にもランクの高いパーティーはいくらでもあるわけでしょ。客観的に私たちを選ぶ理由がないわ」
アテナの指摘は確かにもっともなものだった。ジャンヌは紙を見つめ、うっとりとうなずく。
「弱点が見当たりません。 完璧です。 奥様、この方は危険です。育ちも能力も強すぎて、奥様の正妻としての座を脅かす存在です」
俺は手で顔を覆った。正直気持ちは、少しだけわかってしまう。魔法アカデミー第二位。
実力があって才能もある。経歴も完璧。そんな人物が洞窟生活で借金持ちの底辺パーティーに加入希望。普通に考えれば不自然でしかない。俺の心がざわつく。ほんの少しの期待と、もっと大きな不安。
もし本当に仲間になってくれるなら、アーマードタートルとも互角に戦える。だが、もし問題児だったなら、俺の胃が終わる。アテナが机を叩いた。
「とにかく会って見極めましょう! 裏があるなら、そこで全部暴いてやるわ!!」
「だからみっともない真似はするなって言ってんだよ!」
議論は収束しない。だけど、結論は一つ。会って確かめるしかない。俺は息を吸い込んだ。
「昼飯を食べながら考えよう。腹が減っては判断も鈍る」
その提案に異論は出なかった。俺たちは履歴書を受け取り、ギルド食堂へと向かった。




