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11話「アーマードタートル戦」

 昼下がりのギルドは、いつもよりざわついていた。壁に貼られた依頼書が何枚も更新され、空気はどこか刺々しい。冒険者たちの目つきがいつもより鋭く感じた。モンスター達が繁殖期に入るこの季節、街の依頼は危険度を増していた。

 

 俺たちが受付カウンターに近づくと、受付嬢が淡々と業務口調で依頼票を差し出した。

 

 「こちらがアーマードタートル討伐依頼。対象は沼地帯の北の端です。注意事項として、失敗率は高め。重傷者の報告も多いです。覚悟した上で受けてください」

 

 受付嬢の声には警告の色があった。だが、うちの金髪アークビショップはこういう時ほど最も輝く。

 

 「問題ないわ。上級職である私の力で、まとめて片付けてあげる!」

 

 胸を張って宣言したその姿は、まるで勝利の余韻に酔う英雄のようだ。まだ戦ってすらいないのに。受付嬢は無表情のまま、視線だけで俺に問いかけてきた。

 

 (……本当に大丈夫ですか?)

 俺の視線はこう返した。

 (大丈夫なわけないだろ!!)

 心で絶叫しても、空気は一ミリも動かない。

 

 「奥様、なんと凛々しい……! 気迫に満ちた戦士の眼差し……!」

 ジャンヌは完全に信じている。現実よりも理想と美学のフィルターが強すぎる。

 

 「いや凛々しいとかじゃなくて、ただ舞い上がってるだけだぞあれ……」

 「ご主人様、奥様の勇姿を信じてあげてくださいませ。奥様は戦場に立てば、きっと風のように斧を振り回し、モンスターを屠るのですわ」

 「風というより暴風のイメージしか湧かねえんだけど……」

 

 ジャンヌはうっとり、アテナはドヤ顔、俺は胃が痛い。バカみたいな温度差でこめかみが痛くなってくる。アテナは髪を払って勝利宣言を続ける。

 

 「アーマードタートルなんて、私の怪力でバッサリよ! この斧でね!」

 

 俺は心の中で頭を抱えた。アテナはサポート職のアークビショップ。本来なら回復・支援が仕事で前衛向きじゃない。だが本人は目立ちたいというだけの理由で、前線に立ちたがるのだ。

 

 ジャンヌは興奮気味に手を握りしめている。

 「ご主人様、ご覧になります? 奥様は戦士としても一流なのです。わたくし、今日の奥様にはさらに惚れ直してしまいました……!」

 

 「ジャンヌ。ひとつ忠告しておく。期待は……裏切られるぞ」

 「ご主人様は照れておられるのですね。奥様が活躍したら、さらにご主人様が惚れ直してしまうから……」

 

 話せば話すほどジャンヌは確信し、俺の不安は増す。そしてアテナは、勝利後の栄光の妄想に突入しているから手遅れだ。

 

 「ふふん……討伐を成功させたら、街の人々はこう言うのよ──『アテナ様こそ英雄!』『アテナ様の勇姿に祝福を!』って!」

 

 「……クエストを受諾ということでよろしいですね」

 受付嬢が淡々とハンコを押した。戦う前から死亡フラグが五本ぐらい立ってる気がする。


 いや、五本どころじゃない。森だ。フラグの森が生えている。依頼書を受け取り、俺たちは沼地帯へ向かうためギルドを出た。外の空気は乾いて涼しいのに、背中の汗は止まらない。

 

 俺は気を取り直し、今日の作戦を確認した。

 

 「敵はアーマードタートル。硬い甲羅に覆われているらしい。接敵したら、俺が機動力を生かして敵を戦いやすい場所に誘導。その後はアテナが敵の攻撃を引き付ける。隙ができたら、ジャンヌが攻撃。ひとまずはこの作戦で行く。危ない相手だから慎重にな」

 

 「安心しなさい。私が一度前線に出たら、梃子でも動かないわ。まさに鉄壁よ」

 

 その満面の笑顔が逆にフラグにしか見えなかった。アーマードタートルは本当に危険な相手である。だが、強敵を倒してこそ、初心者から一段階上へ進めるのも事実だった。借金返済への第一歩にもなる。俺たちはエルフェンウッドを後にし、朝靄が漂う街道を歩き始めた。

 

 

 アーマードタートルの生息地は、街外れの渇いた湖だった。かつて水が満ちていた痕跡だけが残り、地面はひび割れ、苔の臭いが風に乗って漂う。岩と泥が混在する足場は不安定で、踏むたびに靴底が沈む。

 

 「雰囲気からしてタダ者じゃなさそうね……」

 

 アテナが珍しく緊張した声を漏らす。しばらく進むと視界が開け、沼の奥に巨大な影が横たわっているのが見えた。アーマードタートルだ。サイズは普通のカメの何倍も大きい。分厚い甲羅は岩のようで、無数の戦いの痕跡が刻まれている。足元には折れた槍、ひしゃげた盾、泥に沈んだ冒険者の紋章。

 

 「………………」

 アテナの表情から色が消える音がした。さっきまで勝利後の喝采を想像してニヤニヤしていた女神の顔が、みるみる青ざめていく。

 

 巨大な爬虫類の瞳がこちらをにらむと、アテナの腕が細かく震え、手に汗がにじんだ。斧の金属音がカタカタと鳴り始める。

 

 「アテナ、大丈夫か?」

 「だ、だいじょうぶよ! ばっちこいよ! ええ!?」

 声が完全に裏返っていた。逆再生したみたいな情けない声。

 

 「奥様! なんと引き締まった表情! あの巨大な魔獣を前にしても怯まず挑むとは!」

 「ジャンヌ、目見えてるか!? 完全に怯えてんだろ今!!」

 

 ビリビリと震えながら、アテナは前へ一歩踏み出そうとした。しかし足は逆方向へ逃げようとし、スライドするように後退した。

 

 「おい、アテナ、後ろに下がってるぞ!」

 「ち、違うのよこれは……空気抵抗よ! 空気が私を後ろへ押し戻してるのよ!」

 「ここ無風なんだが!?」

 

 その瞬間、アーマードタートルが咆哮し、泥が爆ぜるように沼地全体が震えた。アテナの心が完全に限界を突破した。

 

 「ムリムリムリムリムリムリムリッ!! やっぱり私、後衛!! 安全な位置から補助魔法で援護するタイプだから!!」

 なんという豹変。アテナ史上最速の手のひら返し。つい数分前の前衛宣言は跡形もない。

 

 「なっ!? お前、さっきと言ってること真逆じゃねえか!」

 「だいたいね、危険なモンスターのすぐ目の前で戦うなんて、貴重なアークビショップのやることじゃないのよ! そういう危険な仕事は掃いて捨てるほどいる冒険者がやることなのよ!」

 

 そう言うと、アテナは全力疾走で後方へ下がり、1ミリたりとも前に出ようとしない。完全に作戦が狂ったまま、アーマードタートルとの距離が縮まっていく。俺は剣を握り直し、深く息を吸う。沼の臭いでむせそうだが、そんなこと言ってられない。

 

 やるしかねぇんだよな、こういう時は……!俺が前へ踏み込んだ瞬間、アーマードタートルの表皮が泥を弾き、亀裂のような模様が浮かび上がる。その威圧感を正面から受け、俺は悟った。

 

 これ、勝てる相手じゃねえな。アテナの悲鳴がこだました。

 「ひぃぃッ!!? や、やっぱり後ろが一番安全だわッ!!」

 

 ここから、地獄の戦闘が始まった。

 「ご主人様、今援護に参ります!」

 

 ジャンヌが一歩前に出た。メイド服のスカートが風をはためき、そこにパラディンとしての気迫が宿る。

 

 「奥様のために、そしてご主人様のために! はぁぁぁァァッ!!」

 

 メイド服の裾をはためかせながら、一直線に攻撃する。空気ごと裂く勢いでメイスを横腹へ叩きつける。甲羅ではない柔らかそうな腹部への斬撃。渾身の一撃になるはずだった。

 

 しかし、打撃音は剣が鉄塊を殴ったような硬質な音。吹き返された衝撃でジャンヌは跳ね返され、地面を転がる。

 

 「なっ……!」

 「甲羅だけじゃなく皮膚も硬いのかよ……!」

 

 アーマードタートルは攻撃を受けたとは思えないほど悠然としたまま、ただ首をゆっくりこちらに向ける。沈黙のまま、静かに怒りを蓄積しているのが分かる。シンとした空気が一瞬張り詰めた。

 

 「待ってろ、ジャンヌ! 俺も攻撃する!」

 

 俺は剣を構え、全身を使って踏み込む。弱点を探りながら、首の付け根、関節、なるべく甲羅に覆われてない箇所に次々と斬りつける。手応えは感じる。痛みは与えられている。だが浅い。致命傷には遠い。

 

 効いてはいるけど……仕留められる気がしねえ。

 

 アーマードタートルの反撃は遅い。だが、重い。ゆっくりと振り上げられた前脚が落ちてくるだけで、風圧が鈍器のように頬を打つ。一撃食らえば骨が砕けるのは目に見えていた。

 

 「シンジ! 一歩下がって!」

 

 後方からアテナの声。アテナが詠唱に入っているのが見える。魔力が集まり、風が巻き起こる。

 

 補助魔法か。これで流れが作れる。俺は一歩下がり、アーマードタートルが警戒して体勢を整える隙をうかがった。

 

 「いくわよ! 敵の弱点を光りで示すわ。《ハイライト》!!」

 

 アテナは堂々と詠唱した。アテナから放たれた光はアーマードタートルを包み込み、そしてその全身が虹色に発光し始めた。ゲーミングPCさながらに、甲羅から爪先までギラギラと七色に点滅。まぶしすぎて視界が焼けそうだ。

 

 「ちょっと、待て! どこが弱点なんだよ! 全部光ってんだけど!?」

 「オシャレに全身光らせたほうがカッコいいと思って……!」

 「クリスマスのイルミネーションじゃねえんだぞ!」

 

 ジャンヌは完全に困惑したままメイスを構えている。

 「奥様! どこを攻撃すべきなのかこれではわかりませんよ!」

 

 ジャンヌの言葉は珍しく怒気をはらんでいる。だがアテナは自信満々に答えた。

 「甲羅よ! 赤く光ってる部位が弱点! 見れば分かるでしょ!」

 

 見ればわかると言われても、視認性は最悪だ。だが、ジャンヌは弱点部位を見つけたらしい。

 

 「承知いたしました! ご主人様には指一本触れさせません!」

 《メイデン・クラッシャー》 侍女の鉄槌。パラディンの物理攻撃スキル。敵の防具、外殻を正確に粉砕する対装甲技。硬い敵にほど効果大……のはずだった。

 

 攻撃が甲羅へ直撃した瞬間、アーマードタートルの咆哮が湖全体を震わせた。瞳が真っ赤に染まり、甲羅の隙間から熱気が漏れる。地面が割れ、泥が跳ね上がり、空気が振動する。

 

 「なんかさっきよりも怒ってねえか!?」

 

 「もしかして、攻撃してはいけない部位だったのでは……手ごたえもあまり感じませんでしたし……」

 ジャンヌが冷静に分析していると、アテナが大声を張り上げた。

 

 「何やってるのよ!! そこは攻撃するとかえって怒りでパワーアップする部位よ! 弱点はその隣の茜色に光ってるところよ!」

 

 「なんでそんな場所と弱点を似たような色でハイライトしてるんだよ! もっとわかりやすく色分けしろよ!」

 

 「だって甲羅の部分は赤系で統一した方がビジュアル的に美しいでしょ」

 「戦場に芸術性持ち込むなぁぁぁぁぁ!!」

 

 アーマードタートルが突進態勢に移る。防御態勢をとる時間はない。かといって、まともにくらったら死ぬ。なら、答えは一つだ。

 

 「うおおおおおおお! 退却だ!」

 

 俺は全力で駆け出し、ジャンヌの手を引いた後方ではアテナが「まだ活躍してないのにぃぃ!」と絶叫しながら走ってくる。

 

 巨大な影が背後から迫り、泥が跳ね、風が耳を切り裂き、生きるためだけの走りに集中する。勝てるわけねぇ!! 今日は引くしかない!!

 

 俺たちは全力で逃げ続け、ようやく視界からアーマードタートルの影が遠ざかった時、その場に膝から崩れ落ちた。逃げ切った。だが勝利とは程遠い。

ブクマ、感想等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

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