表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき灯火  作者: 富賀見 みあ
フュルナの境界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/46

【幕間】観測記録A-0α

観測対象、群集区域-05にて消失。

祝式登録、未照合。仮記録値、不定。

──それらの断片は、すべて灰のように散った。記録不能。保留。空白。


灰色の画面が、彼の目の前に、ただそこにあった。

幾度、再起動を試みても、浮かぶのは「記録不可」の言葉のみ。

それはまるで、世界がその存在を拒絶し、沈黙の帳を引いたかのようだった。


「……またか」


その声さえ、風にまぎれて消えていく。


カインは、ひとつの静けさの中にいた。

街の裏手、市場の喧噪が霞のように遠ざかる高み。

彼はそこに座り、封刻剣レルティアの柄に、そっと指先を触れた。


それは金属ではなかった。

光の薄膜に包まれ、透明な記憶がわずかに揺れていた。

触れるたび、夢のように反響するはずの残響も、今は応えない。


レルティアは沈黙していた。

観測不能の対象には、共鳴すら届かない。


けれど──


そこには、確かに「気配」があった。


目には映らず、音もなく、ただ、その存在が空気の中に滲んでいた。

通りを駆け抜ける子供たちの列、そのひとつの影に混じって、

“なにも記録を残さない”ものが、確かに歩いていた。


祝式はなく、式紋も反応せず、空間に揺らぎをすら与えない。

それでも、カインのまなざしは、わずかに振り返るその背中を、確かに捉えていた。


それは、「記録されなかった」というだけで、「いなかった」のではない。

むしろその空白こそが、存在の証のように思えた。


彼は無意識に、剣の柄を強く握る。

その熱が、封じられたものの鼓動のように、掌に微かに返された。


「……おかしいな」


呟きは誰に届くこともなく、虚空に溶けていった。

観測者に感情は不要だ。対象は対象、ただ記録の一部。


だが、なぜだろう。


さっき見えたあの背中が──

まるで、記憶の底で忘れられた夢の残像のように、心の奥で揺れていた。


過去の記録には、そんなものはない。

封刻剣にも痕跡はない。

ならば、あれは記憶ではない。

夢でもない。


――予感か。あるいは、時間の外縁に滲んだ何か。


カインは立ち上がる。

各所にともる灯りが、まるで夜の大河のように、地上に流れ込むかのようだった。


その光と光の隙間を縫うようにして、

“静かな闇”が、ゆっくりと街を歩いているように見えた。


名もなき影。

記録されぬ歩幅。

空白をまとうようなその姿が、なぜか、彼の胸のどこかを撫でていく。


「……気のせい、か」


けれど、その言葉が口を離れる頃には、

彼の足はすでに、その闇のあとを追い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ