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第40話 断念とあがき

 僕にはバイスの判断がどうしても不可解に思われた。

 繰り返しになって恐縮だが、苦心して描き上げた本作を闇に葬らねばならぬほどのミスはどこにもない――と思う。

 実際には時間をかけて描き直すことにもなるだろうが、ようやくここに間に合わせるべくして完成にこぎつけた原稿、応募作なのだという思いがあった。

 争いを避け、平和に怯える僕とはいえ、抗議の声を上げざるをえなかった。

「ああ、これは送らない。いや、送ることなどできない。タケオ、残念ではあるが、今回の投稿は見送ろう」

とバイスは僕のへっぴり腰の入った拳を受け止めるかのごとく力強く言いのけた。

 どうやら、相当の確率でバイスは本気らしいと言う事が再確認され、僕は愕然とした後、もう一度原稿を見てみることにした。

 数え、めくり、入れ替えては眺め、そうして僕はやはり10ページほど断ち切りが逆方向になっている事を確認した。

 絶望に引きずられながら僕はバイスに提案する。

「今からでも修正しよう」

 そうだ。

 何とかして修正してバイスのいう完成品となるよう直せば問題はあるまい。

 しかし、バイスは力のない表情で、

「時間がない」

と告げる。

「締め切りは明日だ」

「なら、まだ一日あるじゃないか」

 僕にしては珍しく前向きな発言であることにご注目いただきたいが、ただ単にこれまでの努力を放棄するという決断を受け入れられないだけであるという事実も忘れてはならない。

「一日あれば、全部とは言わないまでも、気の済むところまで手を入れられるだろう? やろうよ!」

「無謀だな。それに一部だけ手直ししても状況は変わらない」

「らしくないじゃないか」

 僕はいつになくバイスがあきらめのセリフばかりを吐くので、ついむきになって口走った。

「いつだってこっちにやろうやろうと言うわりに、あきらめが早いじゃないか!?」

「あきらめが早いのではない」

 バイスは取り合わない。

「あきらめざるを得ないことを受け入れただけだ――タケオ。あきらめについて言うならば、君の方こそあきらめが悪いだけなのではないか?」

「そうかな? できるかどうかはまだわからないんじゃないかな」

「確かに。あがく価値は認めよう」

 バイスは意外なほど晴れ晴れとした表情でうなずく。

 それから、僕に問う。

「しかし――どうあがく?」

 どうあがくのか?

 僕には例によってプランがなかった。

「どれほどの作業量が必要か? どれほどの素材が必要か? どれほどのペースで行なうのが適当で、実際作業をどこで行なうのか? あがくためにあがいてどうする? 計算だよ、タケオ。全てを計算しなくては、意味がない。考えてみてくれ」

 計算という言葉に僕は容易にたじろいだ。

 ここまで、その計算の正しさを目の当たりにしてきたことを思い出したからだ。

 バイスは、僕より2周半ほど先に全ての計算を終えている。

 終えているから、あきらめたのだ。

 僕はまだ机にかじりついて計算の真っ只中にいるわけで、そこでできるできると言い募ったところで、埋められた計算用紙を片手に教壇に向かうバイスの歩みを止められようか?

 僕は自分に足りない全ての物を欲して嘆息たんそくする。

 しかし、バイスが歩みを止めてくれた事を忘れてはならない。

 僕の計算が終わるまで、そこにいてくれるのだ。

 そうするのが、当たり前だと思っていてくれているのだ。

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