第38話 思わぬ出来事と不備
「さあ、何なりと言ってみたまえ! この僕には一日の長――いやさ! それこそ十年の長がある! 君たちの悩みなどたちどころに解決してくれよう!」
「それはありがたいが」
バイスが硬い声で応ずる。
「あなたに協力してもらえなさそうな事案だ」
「ふうん?」
彼女はそのバイスの様子に怪訝な表情をする。
「何があった――僕?」
彼女はバイスにではなく、僕の方に話を振ってきた。
どちらに振ったところで話は変わらないが、僕のほうがいくらか組みやすいと判断したのだろう。
しかし、話を勝手に切り出していいものかわからず、僕は、やー、まー、などと斜め上を見ながらうなるとバイスが後を引き取った。
「タケオ、いいか?」
いいかも何もバイスさえよければ何の文句もない。
必要以上に3度うなずくと、バイスもうなずき返してから彼女に向かって、
「これが今回の投稿作品だ」
と言いながら、封筒の中からざふりと20枚の応募原稿を取り出す。
きらり、と目を光らせて、彼女はそれをおおいかぶさるようにしてのぞき込み、
「おおおおお! いいね! いいね!」
と夏休み突入直前の小学生ばりのはしゃぎようを見せる。
なかなかに楽しそうなのでつい意地悪が言いたくなったので、
「あまり、原稿の近くで大声を出さないでください。変な汁がかかるじゃないですか」
と僕が原稿をガードしながら冷たく言うと、
「そんなものかかるかっ!」
と彼女が素早く反駁してぐいと僕を押しのける。
テンションが高いから強引なのか、それともはたまたその逆なのかはわからない。
僕らの原稿を手にすると江戸時代の農民が白米だけで構成された茶碗を眺めたときに出すような深いため息をついた。
「おー……。できてる……。――読んでいい?」
どうぞ、とバイスが手で示すや否や、彼女は机に原稿をきっちりとまっすぐに置き、一枚一枚丁寧にそれこそ枠外の余白にまで目を落とす勢いでじっくりと読み始めた。
「今度は学園物か。いいね! いいね!」
第2作目は第1作目と少しばかり毛色が異なっていた。
日常非日常横断型学園ギャグコメディである。
主人公である女生徒のクラスにやってきた男子転校生が持つおかしげな能力が、学園に騒動とパニックと人間関係の変化を引き起こすというストーリーなのだ。
十年後の僕の食いつきは最高によかった。
ケタケタと笑いながら20枚をたっぷりと時間をかけて読了し、
「いやー、正直言って予想と想像以上だよ、お二人さん! ひっじょーに! おもしろく読ませていただいた! 絵もお話もマッチしていて実に佳作だよ!!」
と原稿を前にうんうんとうなずいてくれた。
シビアな酷評をされてもいかんともしがたいわけなのだが、知人からとは言え好評を得たことに僕はほっと胸をなでおろした。
そして、彼女は不可思議な面持ちで、
「ほんで――これの何が問題なんだい? 一読した限りじゃ気が付かなかったけど」
と訊いてくる。
今日ここに来てから幾度目かのため息をつく僕をよそに、バイスは彼女から原稿を受け取る。
「このページは17ページ目だ」
とぺらりと一枚を机に置く。
中盤の対決前の盛り上がりのシーンである。
主人公の女生徒が敵対勢力の策謀により学園のシンボルである中庭のメタセコイアの巨木のてっぺんまで登らされてしまい、わんわん泣いているシーンが紙面をはみ出さんばかりの勢いで描かれている。
ふむ、と彼女はそれを真面目な顔をしてのぞきこむ。
そこからバイスが説明を加えようと口を開いた瞬間、
「――17ページ目と言ったよね?」
と彼女が確認を入れてくる。そうだ、とバイスが告げると彼女は人差し指をあごにあてながら、
「それなら断ち切りが逆じゃない? 絵が左側にはみ出していないといけないはず」
と看破した。
バイスが少しだけ驚いた声を出した。
「さすがだな」
ふふ、とうれしそうな顔をする彼女。
「奇数のページなら断ち切り、つまり、綴じてない方は左だから、そっちに絵がはみ出してないといけないのに、これは逆に右に絵がはみ出しているというわけだな」
彼女は真剣な面持ちでそう言ってから顔を上げる。
「なんでまた、こんな初歩的なミスをしたんだ?」
「それを言われると返す言葉もない」
そう答えるとバイスが渋面してイスに座り直す。
思わず無愛想になってしまったバイスの内心を思い、僕は思わず苦笑する。
僕はもちろんバイスもこの偶数奇数ページにより異なる画面構成の誤りに今日までまったくと言っていいほど気付いていなかったのだから。




