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Re:D.A.Y.S.  作者: 結月亜仁
108/116

出現

******


悲鳴が聴こえた方に、おれは振り返った。


後ろにはソラがいる。でも声を上げたのはソラじゃない。ソラも後ろの方を見ている。視線をさらに奥へ向けていくと、そこには、顔を青くさせた女性が腰を抜かしている姿が見えた。


三十代そこらの女性は、わなわなと身体を震わせながら、上を向いている。

女性の視線を辿るように、おれも、その場にいた他の民衆も、空を見上げる。


心臓が止まるかと思った。


いや、止まりはしないが。それぐらい驚いた。想像もしていない。あり得ないものが空中に浮かんでいたから。


「あ、あれは…、なんでしょう…?」

ソラが何とも言えない表情で呟いた。通行人も、空を見上げては首を傾げている。


一言で言うと、黒い満月のようだった。

本当の満月ではない。ただ、そうとしか形容しがたい黒い球体が、地上十メートルほどの上空に浮かんでいるのだ。


大きさ的にはどれぐらいだろうか。ここから見て一メートルあるかないか。そんなところだろう。その球体は太陽の光をも吸収して、まるで空にぽっかりと穴を開けているようにも見える。


おれはもう一度、腰を抜かして地べたに倒れている女性を見た。

確かに、あんなものが上空に浮かんでいて驚きはしたけれど、彼女のように怯えるほどでもない。


じゃあいったい、彼女は何を怖がっているんだ?


「おいあんた!あの黒い丸がどうかしたのか?」

怖がる女性に近づいていったのは、二十代半ばぐらいに見える若い男だった。武器を装備しているから、どうやら、この街を巡回している警備兵のようだ。


警備兵に訊かれても、女性はがくがくと震えて、上手く話すことができない。しかし、女性は指を差して、ぽつり、ぽつりと単語を呟いていく。


「…あ、あ、あそこ、から…」

「あそこ?あの黒い丸から?なんなんだ?」

「…眼。赤い、眼が、私を…!」


赤い眼…?

おれは黒い球体を直視した。でも、赤い眼らしきものは映っていない。何の変哲もない、ただただ黒い球体だけれど。


と思った瞬間、変化は起きた。


黒い球体の表面に、一滴の雫を溢したように、波紋が生じた。その波紋は徐々に強さを増していき、ぼこぼこと表面を波立たせる。


その波紋が生じた中心が、一気に盛り上がった。


今度こそ、本当に心臓が止まったかと思った。


女性の言っていた、赤い眼。そう、赤い眼。爛々と不気味な光を宿した双眸。それが、こちらを見下ろしている。


あれは、そうだ。あいつは。


ずるり、と濡れた布を引きずる音がした。

同時に、黒い球体から大きな何かが吐き出されて、目の前の大通りにどしゃりと零れてきた。


それが、むくりと起き上がる。

黒い球体に負けないほどの暗闇を纏った、大きな生き物。

魔物だった。


「…う、うぁあああああ!魔物が出てきたぞ!!」


一瞬の静寂。そして、街のど真ん中に降ってきた魔物を見て、慌てふためく民衆。それぞれが魔物から雲の子散らすように逃げてゆく。


泣き声、叫び声、悲鳴、怒声。様々な音が入り混じって、びりびりとノイズが響く。


おれは一歩も動けなかった。

知っている。この魔物。何故か、姿、形は違うけれど。あの眼、纏っている暗闇。忘れる訳がない。


大樹の森で戦った、あの黒い化物だ。


でも今目の前にいるのは、大きな狼のような姿の化物だった。突き出した口から覗く牙や、鋭い鉤爪は凶悪そのもので、あんなもの、触れるだけで引き裂かれてしまいそうだ。


それに加え、こいつも尻尾が特徴的だった。すらりと伸びた尻尾はまるで太刀のように鋭利で、側面見るからに危険極まりない。


生物を殺すことに特化した化物。

でも、なんでこいつが?しかも、街の中に?分からない。分からないけど。


『…死ぬなよ』

ショウの言葉が再び蘇った。


「ユ、ユウト…。わ、わたし…、どうすれば…」

気が付くと、ソラが震える手で、おれの腕を強く握りしめていた。


ソラ。彼女を街の外へ早く連れ出さないと。

いや、でもこの黒い化物を放っておくことはできない。街の皆が巻き込まれてしまう。


「ソラ!!」おれは剣を抜きながら彼女を後ろへと下がらせた。


「ここは、おれが何とかする!だからソラは一度宿舎に戻って、ハルカたちと合流してくれ!上手く合流できたら、皆と街の外へ逃げるんだ!」

「で、でもユウトは…!」

「いいから!早く!おれも後でいくから!」

「…っ…!絶対、来てくださいね…!待ってますから…!」


宿舎の方へ駆け出すソラの後姿を横目で見ながら、おれは黒い化物へと向き直った。


冷や汗がうなじを流れ落ちていくのが分かる。

ああは言ったけど。実際どうすればいい?大通りは完全にパニックだ。警備兵も逃げ惑う人々に翻弄されている。統率なんか取れちゃいない。


でも、幸いなことに化物は一向に動こうとしない。ここはどこだ?とでも言うように、悠長に周りをキョロキョロと眺めている。


何なんだ?自らここに降り立ったわけじゃないのか?

警戒はしているけれど、襲ってくる様子もない。何がしたいんだ、こいつ。


「…お?転移する場所を間違えたか?」

騒然とする大通りに、場違いな声が響いて、おれは周りを見渡した。いや、声は上から聴こえている。


「…なっ…!?」

もう一度空を見ると、衝撃の光景が映っていた。


顔だ。黒い球体の表面に、人間の顔が飛び出している。意味が分からない。でも、今転移と言ったか?ということは、あれは、転移魔術?なのか?


転移するところを見たことがないので分からなかったが、あれが転移魔術だというなら、化物が出てきたのにも頷ける。


その転移魔術と思われる黒い球体は、人間の顔を張り付けさせたまま、すーっと大通りの方へ降りてきた。


そして、地面すれすれでピタッと止まって、ずるずるとひとりの人間を吐き出した。


「あーあー、パニックになっちまって。こりゃあせっかくの登場が台無しだな」

出てきたのは、くすんだ赤髪の、背の高い男だった。


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