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21.魔王、様子のおかしい部下に驚く



 一方、アリギュラと言えば。


(なるほど。見つめるときは上目遣いに。腕を絡めるときはさりげなく胸を押しあてる、と)


 メリフェトスが思っているのとは若干異なる方向で、熱心にカップルたちを観察していた。


 知っての通り、アリギュラの恋愛経験値はゼロ。そのため、何をするにも初心で奥手な魔王である。


 そんなわけで、こちらの世界に来てからというものの、忌々しい()()()()()のせいで、すっかりメリフェトスに舐められている気がする。


 このままでは魔王としての権威失墜。そろそろこの辺りで、メリフェトスに一泡吹かせたいところだ。


(見ておれよ、メリフェトス。自分ばっかり、ちゅっこらちゅっこら、わらわを動揺させおって。おぬしの鼻を明かして、真っ赤になったところをせいぜい笑ってやるわ!)


 アリギュラはそのようにほくそ笑む。……そんな真っ黒な我が君の胸中を知りもせず、メリフェトスは違う意味で動揺していた。


(我が君が恋愛ごとに興味……? 三度の飯より戦が好きなアリギュラ様が? 男を見て、顔よりも強そうかどうかに関心をお持ちのアリギュラ様が?? 宝石を贈られるより火薬や剣を贈られた方がにこにこするアリギュラ様が???)


 知的な青紫色の瞳をそわそわと泳がせ、メリフェトスは必死に考える。敬愛する我が君はなぜ、突然そんなことを言い出したのか。何をきっかけに、恋愛事に関心をいだいたのか。


 そして、とある可能性に思い当たり、メリフェトスは顔を青ざめさせる。頭に血が上った彼は、とっさにアリギュラの華奢な両肩をがしりと掴んだ。


「どの男ですか!? どの者が、恐れ多くも我が君の心を奪いおったと!?」


「はあ????」


 アリギュラは頓狂な声をあげるが、いまのメリフェトスにそれに気づく余裕はないらしい。カタカタと手を震わせながら、彼は何やらぶつぶつと低く呟き始めた。


「……どいつだ? 一番接点が多いのはジーク王子かしかしあの優男がアリギュラ様の求める強さを持っているとは思えないそういう意味で言えば第二王子もパスだならば騎士(アラン)はそういえば先ほど酒を酌み交わしたとき我が君と盛り上がっていたな王子の侍従(ルリアン)も切れ者という意味では怪しいさっきからこの辺をうろちょろしている王宮魔術師もそうだ接点はないが魔力量はほかの人間と比べてダントツそこにアリギュラ様が興味を抱いた可能性も捨て切れなくは……」


「お、おい。すごく早口で聞き取れぬぞ? あとおぬし、なんか怖いぞ??」


「くそ! こんなことになるならルートが確定した時点で他の攻略対象者はすべて排除しておくべきだったかいやいまからでもまだ遅くないとも……」


「メリフェトス!!!!」


 大声で呼べば、さすがのメリフェトスも飛び上がった。目をぱちくりとさせ耳をさするメリフェトスに、アリギュラに呆れて目を細めた。


「落ち着け! なんじゃ、おぬし。ぶつぶつ、ぶつぶつと。呪いでもかけるつもりか」


「で、ですが、我が君……」


「言っておくがな、わらわが恋愛事に関心を持ったのは、単に知識に疎いからじゃ。経験もなければ知識もない。ならば、少しは勉強してみても良いかと。その程度の話じゃ」


「は?」と。今度はメリフェトスが間抜けな声を上げた。


「で、では、我が君。攻略対象者の誰かを好、っ、……興味を持ったというわけでは……?」


「んなわけなかろう。あんな小童ども、わらわはさらさら興味ないわ!」


 ぴしゃりと言い放ち、アリギュラが鼻を鳴らす。するとメリフェトスは、目に見えてほっとした顔をした。安堵のため息を吐く腹心の部下に、アリギュラはますます変な顔をした。


「おぬし、変じゃぞ? まさか本気で、わらわが連中に恋慕したと思ったのか?」


「は、はは。私、すっかり早合点をしてしまいまして……」


「四天王のトップともあろうおぬしが慌ておって、情けない。――よもや、わらわが連中に取られてしまうと、嫉妬したわけでもあるまい??」


「はははは。まさかそんな……」


 冗談のつもりで、アリギュラはにやりと笑ってメリフェトスを見上げる。そんな主人に、メリフェトスも照れ臭そうに頭の後ろに手をやりながら、軽く笑い飛ばす。


 ――否。笑い飛ばそうとした。笑っていたはずの彼は、なぜかそこでぴしりと凍り付いてしまった。


 愕然と、みるみるうちにメリフェトスの顔から笑みが溶けていく。アリギュラが呆気に取られて眺めていると、彼は唐突に、両手で顔を覆ってしまった。


 そのまま動かなくなってしまった彼のせいで、その場に妙な沈黙が満ちる。そわそわと落ち着かない心地がして、アリギュラは慌てた。


「お、おい。どうした? ほんの冗談だぞ?」


「……忘れてください」


「いや、何をじゃ!? 変なところで黙りこくるな! おぬしのせいで、なんだか変な空気になってしまったではないか!」


「申し訳ありません、我が君。謹んで、お忘れ願います」


「くそ!」と。顔を覆ったまま、もごもごとメリフェトスが毒づく。妙に思って、アリギュラは眉をくいとあげる。――そして、気づいてしまった。メリフェトスの耳は真っ赤に染まっていた。


(…………は?)


 ぎょっとして、アリギュラは目を見開いた。いまの会話のどこに、赤面する要素があったというのだ。


(まさか、本当にほかの連中に嫉妬を……?)


 一瞬、そんな考えが頭をよぎる。途端、アリギュラはぽんっと顔が熱くなるのを感じた。


 い、いや、まさか。ありえない。アリギュラは慌てて、瞬間的に浮かんでしまった可能性を頭から締め出そうとする。


 メリフェトスとは長い付き合いだ。よき相談相手にして、よき相棒。よき臣下にして、よき親友。少なくともアリギュラは彼をそう思っているし、向こうも同じだろう。その関係が、いまさら揺らぐわけがない。


 たしかに、こちらの世界に来てからは、1日に数度口付けを交わす仲にはなった。だが、彼はあくまで、ほかの攻略対象者から自分を守るために、聖女のパートナーになったのだ。その証拠に、聖女のキスを交わすときの彼はいつも淡々としていて、憎たらしいほどに作業じみている。


 だから、アリギュラが誰に恋慕しようと、メリフェトスが嫉妬を覚えるはずなんかない。そんなこと、天地がひっくり返っても起こるわけが……。




 その時、ざらりとした嫌な予感が、背筋を走り抜けていった。




 とっさにアリギュラは身をひるがえし、振り向きざまに魔力で防御壁を張った。すると、見えない壁に飛んできた皿がぶつかり、がちゃりと割れて地面に落ちる。


 ほぼ同時に、べちゃりという湿り気を帯びた音と、「ぐふっ」というメリフェトスの悲鳴が背後からした。


 アリギュラの張った防御壁を飛び越えて、メリフェトスの方へ飛んでいってしまったのだろう。慌てて振り返れば、頭にイチゴを載せ、髪からクリームをしたたらせるメリフェトスの姿が目に飛び込んでくる。


 真っ白のクリームまみれの、モノクル姿の美形。そんなシュールな光景に、アリギュラは「あー……」と瞳を泳がせた。


「す、すまぬ……」


「いえ……。避けれなかった私の落ち度ですから」


 微妙な表情で、メリフェトスは首を振る。おかげで、先ほどまで二人の間に流れていたなんとも言えない空気は霧散したが、これはこれで気まずい雰囲気となってしまった。


 肩にぽたりと落ちたクリームの塊を、メリフェトスが指ですくって舐める。「……甘いな」とどうでもいい感想を呟いてから、彼は小首を傾げた。


「しかし、なぜケーキが空を舞ったのでしょう」


「もっ……、申し訳ございません!!!!」


 悲壮な声と、潔い土下座。アリギュラの目の前で蹴躓いて倒れ込んでいた何者かが、そのまま深々と頭を下げた。


 ややあって、恐々と青ざめた顔をあげた人物に、アリギュラもメリフェトスもおやと目を瞠った。それは、悪役令嬢キャロラインだった。割れた皿とケーキまみれのメリフェトスを順に見つめ、彼女は唇をわななかせた。


「私としたことがなんてことを……! す、すぐにお召し替えの手配を」


「きゃあああああああ!!」


 その時、第三者の悲鳴が響いた。大袈裟すぎるそれに、たまらずアリギュラは顔をしかめる。じろりとそちらに視線をやれば、転んだまま起き上がれずにいるキャロラインの後ろで、三人の娘たちが身を寄せ合ってこちらを眺めている。


 そのうちの一人が、愕然とするキャロラインに扇を突き付けた。


「私、見ましたわ! キャロライン様が、聖女様にケーキを投げつけるところを!!」



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