20.魔王、故郷を思い出す
(なんっなんですの、あの方は……!)
聖女召喚の祝賀パーティも、残り時間わずかとなった頃。人目につかない物陰で、キャロラインはぜえはあと息をついた。
剣舞の前ではうっかり涙してしまったキャロラインだが、その後もアリギュラ相手に勝負を仕掛けてきた。だが、ことごとく敗北をきした。
(というか、あの聖女様、ことごとく行動が想定外すぎますわ!!)
キャロラインが魔獣の襲撃で故郷を追われた人々への慈善活動を呼び掛ければ、指をパチンと鳴らして宝石――しかもそれは、ジーク王子に贈られたらしい――を山積みに差し出し、場をどよめかせたり。
キャロラインが今日のためにとお抱えのパティシエに作らせた特大ケーキを給仕に運ばせれば、「わらわからも贈り物じゃ!」などと叫び、花という花を咲かせて人々を沸かせたり。
先程など、ちょっと目を離した隙に兵舎に顔を出していたらしい。向こうで酒でも酌み交わしていたのだろう。何人かに送られて戻ってきた聖女は、肩など組んで、兵らとすっかり打ち解けた様子だ。
ひとつひとつの行動は単に型破りで破天荒な、少し変わったお騒がせ令嬢だ。ところがアリギュラの場合、そんな小さな枠に収まらない。
あの美貌に、あの自信。全身からほとばしる圧倒的なカリスマ性。とにかく粋で、かっこいい。兵士らなどすっかり心酔してしまって「姐さん! 一生ついてきます!」と敬礼をしていた。
そんな聖女に、ジーク王子が向ける瞳と言ったら! 普段から麗しく輝いている王子であるが、子供のようにキラキラと目を輝かせているのは初めてみた。
ジーク王子だけではない。王子の側近たちも聖女を気に入ったらしく、護衛騎士のアランは聖女が何かするたびに膝を叩いて爆笑していたし、補佐のルリアンも珍しく自分から聖女に話しかけに行っていた。
極め付けは、王宮魔術師筆頭の天才、クリス・レイノルドだ。人嫌いで、いつもならパーティの類には出席しないクリスが今夜顔を見せているのは、絶対に聖女が目的だ。その証拠に、先ほどから声をかけたそうにそわそわと周囲をうろついている。
(もしかして私、結構不利なのでは……?)
はたと気づいて、キャロラインは顔を青ざめさせた。
先ほど名をあげた者は、すべてエルノア王国のこれからを担う次世代のホープばかりだ。
アランは未来の騎士長、ルリアンは未来の宰相。クリスもすでに王宮魔術師の中で揺るぎない地位を得ているし、王太子であるジークは言うまでもない。おまけに、聖剣の預かり手に選ばれた神官メリフェトスは、じき神官長と噂されている。
この国の要人たちを悉く、あふれんばかりのカリスマ性で虜にしつつある聖女アリギュラ。その影響力はまさしく、王太子妃に申し分ないのでは……。
(い、いけませんわ、キャロライン!! 弱気になったらそこで戦は終了なのですわ!!)
ぶんぶんと首を振り、キャロラインは自分に喝をいれる。普段以上に気合を入れて侍女に巻いてもらった縦ロールが、勇気を与えてくれる気がした。
(大丈夫。残りわずかですが、パーティが終わるまでにはまだ時間が残されていますわ。その間に、ダーシー家の令嬢としての意地、しかと見せつけてやるのですわ!)
おー!と、物陰なのをいいことに、キャロラインは片手を天井に向けて突き上げる。
――そんな彼女を、後ろから盗み見る影が三つ。その不穏な眼差しに、キャロラインは気づくことができなかった。
「にしししし。うまくいったな。いまのところ、わらわの全勝じゃ」
ところかわって。
光の聖女、もといアーク・ゴルドの魔王アリギュラは、にやにやと勝利の味に酔いしれていた。
ワインの入ったグラスを手に、悪い笑みを浮かべるアリギュラの姿は、まさに悪魔そのもの。ご機嫌にグラスを揺らす主人に嘆息して、メリフェトスはモノクルの奥から呆れた目を向けた。
「このあたりで満足されたらどうですか? アリギュラ様ともあろう方が、人間の戯れに付き合うなど。悪役令嬢めの相手をしてやるのも、もう十分でしょう」
だがアリギュラは、「何を言うか!」と黒髪をはらった。
「これは戯れではない。キャロラインが仕掛けてきた、真剣勝負じゃ! あやつが向かってくる限り、この戦に終わりはない。全力で向かってくるならば、全開に迎え撃つまでじゃ」
ぱちくりとメリフェトスが瞬きする。ややあって、彼はあごに手を添え、ふむと頷いた。
「驚きました。我が君は、あの人間のことをそんなにも気に入ったのですか?」
「まあな。似ておるからな、あの娘は」
「似ている? 誰に、でございましょうか」
「勇者カイバーン」
桜色の唇が、その名を紡ぐ。思わず動きをとめたメリフェトスを、アリギュラは肩を竦めて見上げた。
「思わぬか? 圧倒的強者を前にして折れない心。転ぶたび立ち上がるしぶとさ。己を信じ、突き進むその情熱。――キャロラインは、カイバーンにそっくりじゃ」
グラスの中で、赤い液体が揺れる。その色は、いまは遠くなってしまった故郷、アーク・ゴルドに燃え上がった炎を思い出させる。
直接剣を交わしたのは一度切りだったが、間違いなく好敵手であったその男を想い、アリギュラは目を細めた。
「わらわはな、あの男を存外気に入っていたのじゃ。あの者はいい。己が正義を信じていた。ゆえに傲慢。ゆえに鼻につく。じゃが、それがあやつの剣を美しくしていた。だからこそわらわも、真っ向から迎え撃つ気になったというものじゃ」
どこか楽しげに、アリギュラが笑う。その横顔にメリフェトスは目を瞠り、――なぜかざわついた自分の胸に、戸惑い眉根を寄せた。
(気に入っていた? 我が君が、たかだか人間を……)
顔をしかめつつ、メリフェトスは首を振った。
自分は一体、何に動揺しているのだろう。
勇者の在り方を愉快に思っていた。アリギュラが言ったのは、そういう意味だ。それ以上でもそれ以下でもない。だというのに、どうしてこんなにも、胸がざわつくというのだろう。
そんなメリフェトスをよそに、アリギュラは思い出したようにぽんと手を叩いた。
「気に入ったといえばそうじゃ。人間どものパーティとやらも、わらわは気に入ったぞ」
「このような気取った宴をですか?」
「出席するまでは馬鹿にしておったが、悪くない。飯は上手いし、酒も上等じゃからな」
ご機嫌にグラスを突き出すアリギュラに、メリフェトスは苦笑をする。
元の姿の頃よりも大分幼くなったため、そうやって酒を手に寛いでいるとチグハグ感がすごいのだが、メリフェトスはそこには目を瞑ることにした。
「なるほど。我が君らしいお答えですね」
「それにじゃ。ここで人間どもを眺めるのも存外面白い。パーティとやらは愉快じゃな。どこかしこで、恋の駆け引きが行われておる」
「…………はい?」
「あの二人など良いぞ? 目が合っただけではにかんだり、やたら赤面してみたり。うむ。愛いな、愛いな。見守り甲斐があるというものじゃ」
目をキラキラさせて、アリギュラはうっとりと頬を染める。その視線の先では、たしかに若いカップルが、頬を染めあいながら初々しく踊っていた。呆れたメリフェトスは、嘆息して肩を竦めた。
「世界の半分を収めた魔王が、人間どもの恋路を盗み見てお楽しみとは……。だいたい、そんなもの見て何か楽しめるのですか?」
「よ、よいではないか、ちょっとくらい! ……おぬしの言うように、わらわは恋愛事とは無縁だったからな。ここにきて、ちょっくら興味が出てきたのじゃ」
――今度こそ、メリフェトスは息を呑んだ。




