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19.魔王、さらに差を見せつける



(な、な、なにを~~~~! これしきのことでめげてはなりませんわ、キャロライン!!)


 異世界からきた聖女への熱狂に沸く、アルデール城の大ホール。その中で一人、キャロライン・ダーシーだけは悔しさに打ち震えていた。


(祝賀会はまだ始まったばかり! この日の為に、私、あんなに準備をしてきたではありませんか! 焦ってはダメですわ、キャロライン! 負けるなですわ、キャロライン!)


 自分を励まし、キャロラインは前を向く。


 そうだ。ダンスに、演奏。刺繍に、マナー。自国や諸外国の言語、歴史、産業、内部事情。未来の王太子妃として、あらゆる知識を叩きこまれてきた。どんな厳しいレッスンにもこれまで耐えてきたのだ。ぽっと出の聖女になんか、負けてなるものか。


(ジーク様のお隣にふさわしいのは私。その証明をしてみせますわ!)


 決意も新たに、キャロラインはブンと縦ロールを揺らした。


「そ、そうですわ! 私、聖女様に捧げる曲を練習してきたのでした!」


 熱狂冷めやらぬ中、キャロラインはぱんと手を合わせる。若干その笑顔は引き攣っていたが、幸いにして、パーティの参加者たちに気付かれることはなかった。


 唯一アリギュラだけが、にやりと意地悪い笑みを浮かべた。


「ほう? 次は一芸勝負ということか」


「心を込めて演奏いたします。そちらで聞いていてくださいね」


 アリギュラを無視して、キャロラインは壇上を降りて楽団のもとへ向かう。そこにあったピアノにキャロラインが腰かけると、パーティの参加者たちは嬉しそうに声を弾ませた。


「ダーシー家のご令嬢の演奏か!」


「楽しみですわ! 南部の方々の音色は、とても素敵ですもの」


「それに、キャロライン様は特に、音楽の才が秀でたご令嬢。はぁ。今日はどんな演奏をなさるのかしら!」


(さあ、いきますわよ!)


 気合を入れて、譜面に向き合う。深呼吸をひとつしてから、キャロラインは鍵盤に指を落とした。


 すぐに、感嘆の声が広間のあちこちからあがった。


 演奏。それは、キャロラインの特技の一つである。ダーシー家のあるエルノア国の南部は、絵や音楽といった芸術が盛んだ。そういったわけで、名家の令嬢であるキャロラインには幼いころから著名な演奏家が家庭教師として付けられ、音楽のイロハを叩きこまれた。


 そうした特訓の成果により、キャロラインは下手な演奏家よりもずっと素晴らしい音色を奏でる、立派な音楽家へと成長を遂げていた。


(ご覧ください、ジーク様! 人々の心をつかむのは、言葉だけではありません。時に音楽が。時に音色が。芸術が、人の心を動かすのですわ……!)


 ポロロロロン、と。流れるように、白い指が鍵盤の上を踊る。キャロラインが演奏を終えると、わっと拍手が満ちた。


(やり切りましたわ……!)


 内心では額の汗を拭いながら、キャロラインは賛美の声に答えて優雅に礼を取る。


 素晴らしい。我ながら、心の籠った演奏だ。


 聖女が元の世界ではどんな暮らしをしていたのかは知らないが、彼女にここまでの演奏は出来ないだろう。キャロラインの演奏は一朝一夕ではなしえない。小さい頃からの血のにじむような努力の果てに、たどり着いた演奏なのだから!


 今度こそ勝った! そのように、キャロラインは内心でガッツポーズを決めたのだが。


「見事。いや、見事であった」


「っ、聖女様……!」


 ぱちぱちと、近くで手の鳴る音がする。振りむけば、余裕の笑みをたたえたまま、アリギュラがキャロラインに拍手をしていた。


 少しの焦りも感じない聖女の表情に、キャロラインはふつふつと嫌な予感を募らせる。緊張にごくりと唾を呑みこむキャロラインをよそに、アリギュラは顎に手を添えて小首を傾げた。


「時に言葉より、芸が心を動かす、か。まったくもって、その通りじゃ。おぬし、人間の小娘にしてはよくわきまえておるではないか」


「ふえ……? へ、あの、人間……?」


「じゃが、手ぬるい!」


 ばっと勢いよく手を掲げ、アリギュラが不敵に叫ぶ。その手には、いつの間にか鈍色に輝く長剣――魔王アリギュラの愛剣、ディルファングである――が握られている。


 聖女に合わせるように、美形の神官――メリフェトスである――も、聖剣を手に前へと飛び出す。光と陰。それぞれの手に剣を持ち、聖女と神官は構えた。


 呆気にとられるキャロラインに、聖女は歯を見せて笑った。


「魅せてしんぜよう! 我らが剣舞!!」


 おおっ!と、どよめきが湧いた。


 聖女と神官が、長剣を打ち合わせながら舞を始めたからだ。


「はあっ!!」


「くっ!!!!」


 力強く金属がぶつかる音が、ホールの天井にこだまする。舞と言っても、打ち合いはあくまで本気。一手間違えれば、相手の首を飛ばしかねない。それぐらいの気迫が、二人の剣にはあった。


 しかし、だからこそ。


「な、なんて美しい……!」


「相手を信頼しているからこそできる打ち合い。一糸乱れぬ剣筋!!」


「私、涙が出てきましたわ……!」


 神官の白いローブと、聖女の黒いドレス。相対する二つの色がふわりと広がる。青紫色の瞳と、赤い瞳。交わる美しい眼差しに浮かぶのは、相手を本気で打ち負かさんとする好戦の色だ。


ぴりりと満ちる緊張感が、見ている者にまで呼吸を忘れさせる。気づけば人々は、手に汗握り叫んでいた。


「いけ! そこだ!」


「メリフェトス様! 頑張って!!」


「私も! 私も加えてください、聖女様!」


 ちなみに、最後のセリフはジーク王子である。


 けれども、キャロライン自身、ジーク王子を咎めることは出来なかった。


(な、なんですの、この感情は……)


 知らないうちに、キャロラインは両手を握り合わせていた。そのことに気付けないほど、キャロラインは聖女と神官、二人の舞に魅了されていた。


(剣舞を通じて築かれる、お二方だけの世界。何者も寄せ付けることを許さない、孤高の世界。だというのに、こんなにも胸を熱くさせるなんて……っ)


 ホールの熱が上がっていく。その中心で、聖女と神官の動きはさらに動きを増していく。


「はっ!!!!!」


 聖女と神官は同時に叫んだ。神官は剣を地と水平にしてしゃがみ、聖女は地に剣を突き立て仁王立ちする。最後まで乱れぬ呼吸で構えを取ったところで、聖女は高らかに叫んだ。


「見よ! これぞ、魂の舞だ!!」


 つぅ、と、キャロラインの頬を涙が滑り落ちる。キラリと滴を輝かせ、キャロラインは天井を仰いだ。


(私、完☆敗、ですわ……)


 割れんばかりの喝采が、ホールに響く。


 悪役令嬢VS異世界の魔王。第二ラウンドも、軍配は魔王に上がった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 出来る下僕メリフェトスさんとジーク王子以外の攻略対象者がもはや空気…(つд`) 今後彼らに出番はあるのか? なさげ(笑) [一言] 本気の剣戟による剣舞を見ても引き下がる気がないジー…
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