tic tac,tic tac
出店の連なるティックドティアの城下街で、イルディアは戸惑いながら人混みに流されていた。
向かってくる肩にぶつかるたび、小さな声でごめんなさいと声をかけるが、素知らぬ顔で通り過ぎて行く人がほとんどであった。
ようやく人が途切れ息をつくと、建物の端に吸い込まれる。
腕を引いたのはリノンである。
「大丈夫か?」
「う、うん、なんとか・・・」
「ここじゃ自分が第一だ。通貨が盗まれることもあるからな」
「大変なんだ、覚えるね。」
「じゃあ、まずは・・・」
「あれは何?」
言葉を遮って指をさしたのは、壁一面に施された振り子時計が目印の宿屋だ。
「寝泊まりするところ。外装もさることながら内装も時計だらけ、街での評判は上場さ。」
宿屋を眺めていると、二階のベランダに女性が姿を見せた。カゴいっぱいの洗濯物を抱え、こちらに気付くと微笑んだ。応えるようにリノンは手を振る。
働いているお手伝いのエリノアが、品性があり気立ても良いことは喉の奥に飲み込んだ。
「そうなんだ、覚えるね。あっちは?」
次に指をさしたのは、小洒落た喫茶店だ。オーナメントが飾られる可愛らしい外装とは裏腹に、客席の多くが男性でしめられていた。
「ここは最近オープンしたばかりなんだ。行ってみるか。」
気乗りでないリノンの背中を、イルディアはニコニコと追い掛ける。
外に並べられたベンチに腰をかけると、直ぐに店員が駆けつけた。
「はぁい、来てくれたんだ。」
「随分繁盛してるなあ。」
「ふふ、リノンのおかげよ。」
この可愛らしい看板娘のジェナに、いつもであれば優しい言葉をかけるのだが、笑って濁すとする。
「何にする?オススメはぜんぶ揃っているよ。」
「マジカルサンドを二つ、テイクアウトで。」
「ゆっくりしていけばいいのに。でも今日は一人じゃないんだね、珍しいこと。」
ジェナは注文を受けると、カウンターへと走って行く。
その姿に周囲の男性達は見惚れるが、ジェナが戻って来ると同時にそろって目を逸らした。
「お待ちどうさま。焼きたてを挟んだから気をつけてね。」
出てきたのはマジカルサンドとは名ばかりの、香ばしく焼き目のついたベーコンにありふれたレタス、スパイス各種を固めのパンで挟んだものである。
「ああ、美味そうだ。サンキュー。」
「今回はお代金はいいわ。みんなには内緒だよ。」
ジェナが耳打ちすると、周囲の男性客は硬直し、リノンを睨んでいるようだった。
「あ、あぁ・・・気をつけろよ。」
そう言い残し、ジェナに見送られながらカフェテラスを跡にする。
イルディアは受け取ったマジカルサンドを一口。
「・・・美味しい。」
続いてリノンも口に含む。
「ああ、美味いな。」
「あれは・・・」
「待て、待て待て待て。」
イルディアが何処かへ向かおうとするのを、リノンは静止する。
マジカルサンドを喉に流し込み一息つく。
「女の子ならもう少し綺麗な格好をしないと。」
イルディアは身なりを見返し、足首までのマントを両手で持ち上げる。
「そんなことない、マントも気に入ったもの。」
「出会った記念にもなるだろう。プレゼントさせてくれ。」
いぶかしがるイルディアを誘導し、一角のブティックに立ち寄る。
店番をしているマデリンが、マネキンの着ている服を整えていた。
「好きなの選んでいって、代金はそこの上。」
そう言って、カウンターの上を指す。
リノンは気にせず服の物色を始めた。
「気にするな、いつものことだ。ほら、好きな服を選んでくれ。」
イルディアは面を食らっていたが、ゆっくりと服の裾に手を掛ける。
「これ、これがいい。」
「地味じゃないか?」
「あまり目立つものは身に付けたくないの。」
花びらをモチーフにした型の、白いワンピースだ。
「じゃあ、これとこれも一緒に。」
イルディアは乱暴に靴やアクセサリーを渡され、試着室へ押し込まれる。
閉じられたカーテンが程よくして開けられると、馬子にも衣装といった風の幼い少女が立っていた。
白い肌を包む、白いワンピース。
胸元には黒いリボンがあしらわれ、裾部分には時計の針を連想させる刺繍が施されている。ティックタックの古くからの名残であろう。
白いエナメルの靴は、イルディアの白い脚にぴったりで、同色のリボンが黒い髪にアクセントとして加えられていた。
「似合うじゃないか。」
「こんなに沢山・・・ありがとう。とっても嬉しい。」
「いいってことさ。気に入ったか?」
イルディアは無言でこくりと頷いた。
リノンはポケットから通貨を取り出してまとめると、カウンターの箱へ投げ入れた。
「マデリン、確かに代金置いておくぞ。あと、着ていた服の処分もお願いするな。」
イルディアが着ていた服もカウンターの上へまとめる。
マデリンはマネキンに夢中の様子で、後手に手を振るだけだ。
イルディアはぺこりと頭を下げ、リノンの背を追い掛ける。
「私、こんな風に誰かとお散歩したの初めて。」
「へえ、娯楽が少なかったのか?」
「ううん、先生と二人きりで屋敷に。外は戦争で危険だから、出てはいけないって。」
再び騒がしい城下町へと戻り、会話が途切れる。
イルディアは出店へ駆け寄っていくと、手招きをする。
「これは何?」
装飾の施された透明の小瓶に、小粒の宝石が詰め込まれている。
「魔法瓶だよ。使い捨ての魔石さ。
向き不向きはあるけど簡単な魔法が誰にでも使える。
紅玉だと焔、蒼玉だと氷の魔法という感じに。
あくまで使い捨てだから、一度使うと無くなってしまうけどね。」
「リノンの耳の、その石もそうなの?」
指をさす先、銀色の髪の合間で、蒼色の宝石が揺れる。
「そうだな、これはある意味特別製だけど。まじない師力を込めて貰った石で、普通の魔石よりも長持ちするし、力も倍増される。」
「へぇ・・・不思議ね。」
「今の時代、倫理の天秤の方が不思議だよ。」
リノンは半ば呆れたように、笑みをこぼす。
「その様子じゃ、倫理の天秤が存在した頃ってそんなに魔術が発展していなかったんだな。
イルディアのは桁違いの、別次元の魔法・・・って感じだけど。」
リノンは考え込んで、再び口を開く。
「もしかして、倫理の天秤以外の魔術が発展しなかったのは・・・」
イルディアは頷き、小瓶を覗き込む。
「人の命さえ集めることができれば、膨大な魔術を手に入れることができる。
争いの中で片方がその魔力を求めれば、直ぐに同等の魔力が必要になる。そして、必然的に倫理の天秤を造り続けることになる・・・
本当なら私達も、この小瓶も、魔法も、何も存在しない事が幸せだったのに。」
イルディアは小瓶を元の場所に戻すと、振り返って笑顔を見せた。
「でも、本当に不思議なんだよ。
ここの人達はみんな魔法に対して嫌な気持ちが無く、魔法と共存して生きている・・・戦争を繰り返した相手と過ごすこともできる程、傷が和らいでる。」
街の人々へと焦点を合わせる。
肌の白き者、黒き者、小さき者、森の使者・・・種を越えた繋がりを、その目から確かに感じ取ることができた。
「でも」
カチリ。
ブラッドの歩みをイルディアが遮る。
「まだ不完全なまま。当然だよね、子孫を亡くした哀しみは未来永劫語り継がれる。
けれど貴方は違う・・・邪なモノが何も無い、石も輝き濁りを知らない。」
「俺はしがない石屋の見習いさ。何もない。」
「時空石は記憶の過去を辿り共有することができるんだよ。」
リノンの顔が強張る。
目前の少女の手が頬に差し伸べられる。
「貴方の記憶を覗かせて、リノン・・・」
カチリ。
灰色に染まった景色の中、少女は一人立っていた。
写真の中に入り込んだ感覚に囚われるながら、自身の身体だけは色付いたまま時が動いている。
「ここは・・・」
少し先に見覚えのある建物が目に入る。
古びたままなんら変わりのないリノンの工房である。
中から漏れてくるがなり声に、イルディアは近付いて行く。
くすんだ窓硝子から覗き込むと、リノンの姿が見えた。
リノンは今と変わらない姿で、ふて腐れたように立っている。
怒りに声を上げているのは中年の小さき者であった。小さき者の土色の肌を持ちながらも男性の身体は肥え、リノンよりもふた回り程大きい。がなり声は続いた。
リノンは太々しく溜息をつく。
「いいじゃねぇか、石の二つや三つくらい。」
「よくねえ。俺達ゃ苦労して魔石を掘ってんだ。
売るときゃ金を絞れるだけ搾り取るってのが上等だ。
それを無償で渡しちまうなんて程度が知れる。
そんなんだからお前はいつまでも半人前なんだ。」
小さき者の男は憤慨し、ハンマーを担ぎ地下への扉を持ち上げる。
リノンは引き止めず、椅子に腰をかけて首をもたげた。
再び時空が歪む。灰色の世界が流れていく。
プリシラ、レベッカ、バーバラ、エレノア、マデリン、ジェナ。
記憶の断片が光によって繋がれていく。光の階段を降る。
一粒の宝石を身につける少女達。
リノンが少女達に見せる表情は笑顔であり、一人になると俯く姿を見せた。
最下まで辿り着くと、イルディアは壁に手をついた。
壁程に高く、宝石の如く輝く扉であった。
扉は応えるようにイルディアを受け入れる。
灰色の世界に柔らかな風が吹く。
「ここは・・・」
見慣れた景色であった。
少年の工房であるが、屋根は真新しく周囲の家々の煙突からは煙が昇っている。
しっかりと取り付けられた扉が開く。
一人の少女が姿を現す。
銀色の髪は腰まで流れ、藍色の瞳は大人びた表情を見せた。
「忘れ物だぞ、ルチア。」
背後からの呼びかけに少女ルチアは振り返る。
少年時代のリノンが分厚い本を差し出す。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
ルチアは本を受け取り抱えると優しく微笑んだ。
「あまり根詰めるなよ。」
「それはお兄ちゃんでしょ。私も早く一人前にならないと。これからは兄妹二人で協力していかないといけないんだもの。」
同じくらいの背丈の二人が、並んで歩き出す。
「もう、お兄ちゃんてば。図書館までだから大丈夫だったら。」
リノンの方に振り向き、ルチアは不機嫌そうに眉を吊り上げる。
リノンは頭を掻き、家へと戻って行く。
「そっか、ここは妹さんと二人の家だったんだ。」
イルディアは扉を開き、リノンの背を追い掛ける。
まだ地下へ続く扉も見受けられない。
リノンは袋から宝石を取り出すと真剣な面持ちでカットを始める。
「そうやって、今まで暮らしてきたんだね。」
思い出は景色として流れていく。イルディアの声は届かず、リノンは懸命に宝石を見つめている。
イルディアは二階へ続く階段へと足を向ける。
階段の壁には写真が飾られていた。
父親と思わせる聡明な紳士、気品の溢れる素朴な女性、双子の赤子との家族写真。子供の落書きの数々。ルチアの泣き顔に、リノンのむくれ顔。最後に飾られていたのはこの家の前に立つ二人の少女と少年の写真だった。
二階の物置部屋に足を踏み入れる。
ルチアのベッドやぬいぐるみで女の子らしく彩られていた。
窓から流れる風景には、変わらずティックドティアの時計塔が時を刻んでいる。
カチリ。
「・・・また時間が進んだ。」
階段を下る。銀の鎧を装った騎士達に二人が囲まれていた。
一人の騎士が前に出る。金色の鎧兜を外すと、夕焼けの朱に染まった髪が流れ落ちた。
黄金の瞳を持ち、他とは違う風貌と威風を放っている。
リノンは後手にルチアを回し、睨み付ける。
「騎士団が一庶民に何の用だよ。」
「ルチアとは、そちらの女性で間違いないな。」
一言にリノンは激昂し、男の腰にぶら下がる剣に手を掛け引き抜いた。
左右に立つ鎧が庇うように間に立ちはだかる。
リノンは腰に下げられたナイフを引き抜き、鎧の継ぎ目に刃を滑らせた。
生温い鉄の臭いが充満する。
リノンは奪った剣を握り、阻む鎧達を一掃して行く。
剣を弾く音が鳴り止まぬ中、甲高い女の叫び声が響いた。
「お兄ちゃん、もう止めて!」
息を切れ切れにする肩を撫で、紅く濡れた掌を包み込む。
「お願いします・・・兄を咎めないで下さい。お願いします。」
床に散らばる鎧と血の海の中で、ルチアは懇願する。
「咎めなどしない。君を守るということは国を守るということと同義だ。彼もまた、勇敢な戦士である証だ。」
金色の瞳をリノンに向ける。
「君が手に欠けた私の部下の命と彼女とでは、君からすれば同等ではないのだろうな。」
リノンの手から血塗れた剣を取り、床に伏せる息の無い鎧に尊意の眼差しを向けた。
「この忠誠心、決して忘れはしない。フェデルタの名の下に、永遠の時を刻み込む。」
儀式に似た模様に場は静まり、剣は降ろされた。
ルチアは頷く項垂れる兄の背を優しく撫でた。
「お兄ちゃん、これ・・・私が力を込めたの。」
蒼玉の耳飾りを二つ、リノンの手に忍ばせる。
「何処にいても私達は二人で一つ。そういう風にできているんだから。」
リノンはゆっくりと顔を上げる。
ルチアの首に手を回し、首飾りをつける。
強い青を放つ瑠璃金石のペンダントを、ルチアは握り締めた。
「・・・私、幸せだよ。ずっと、ずっと。」
鎧に紛れてルチアは姿を消した。騎士団と共に馬に跨り颯爽と遠ざかって行く。
血で塗れた部屋に一人、リノンは立ち竦む。
カチリ。
景色が色付いていく。
青年のリノンが蒼色の瞳を瞬かせていた。
「リノン・・・」
蒼い宝石が耳に揺れている。魔力に比例をせず濁りを知らない、永遠に続くかのような輝きである。
リノンは押し黙り、瞳を真っ直ぐとイルディアに向ける。
「・・・何故なの。何故みんな連れて行かれたの。
何故、この街には若い女の子が少ないの。
教えて、リノン。」
街を見回す。イルディアの言った若い女の子は、リノンと歩いて回った店にしか現れなかった。
少女等は一粒の宝石を身に付け働いている。
いつかの来訪を夢に見ている。
「まだ・・・終わっていないんだ。」
少女等はいつかの来訪を夢に見ている。
黄昏の日々に蹲り、孤独の日々と戦っている。




