後編 因果応報
霧でできた
トンネルのような道を走る。
そこに景色などない。
剛田は、霧しか見えない車窓を眺めながら、
冒頭の会話に戻る。
「返事と挨拶は1秒以内。
メールは1時間以内に返せ!」
「それは厳しいですねぇ……」
「お前も会社員だろ。
社長に雇ってもらっているんだ。
その程度が厳しいって思うなら
タクシーの仕事なんか辞めちまえ!」
「横暴な社長様ですねぇ……
従業員がお気の毒ですよ」
「俺はな!
そんなこともできない従業員はいらないんだよ!」
「……」
「判断力、対応スピード、覚悟。
これのない人間はゴミだ。
少なくとも我が社で生きている意味はない!」
「最近では珍しい熱血漢ですねぇ」
「バカが!
違うわ、本当のこと言っているだけだ。
俺はこの考えを突き通し、
20年で新規店舗出店を100店舗達成したんだよ!」
「……それは素晴らしい。
みなさん、頑張られたんですねぇ」
「頑張ったのは俺だけ……
あとはただ居るだけの奴ら」
「……」
「馬鹿ばっかで……
怒鳴り倒して、詰めに詰めて
動かして……
大変だったんだ」
「怒鳴って、詰めましたか……」
「お前みたいな馬鹿は
それくらいしねーと働かねーんだよ」
「怖いですねぇ。
私など、剛田様の職場では働けませんよ」
「ふん。
そもそもお前みたいな奴、
雇わねぇよ」
「……」
タクシーは霧の中を、
深く潜って逝く。
「さぞかし……
従業員の方から恨まれていたのでしょうねぇ」
「……」
威勢の良かった剛田が、
急に黙りこくった。
「たくっ……
誰が俺を刺殺したってんだよ。
俺を嫌っても殺すまでするか?」
「殺されてしまうほどのことを、
あなたはしてしまった——」
「俺はせいぜい怒鳴ったり、責め立てたり
するくらいだ。
人の命を奪うようなことはしてねぇ」
剛田の死因は刺殺。
犯人は捕まっていない。
怒鳴ったり、責め立てたりはしたが、
人の命を奪うようなことはしていない。
剛田の言っていることは正しかった。
もし人を殺すようなことをしていれば、
1発で黒切符の地獄逝き——
しかし、先ほど印刷された切符は白かった。
つまりは天国逝き——。
「俺が死ねば会社は終わりだ。
120名の社員たちが路頭に迷う……」
「まぁ。
残された方々が、きっとうまくやっていかれますよ。。
今はご自身のことを考えていきましょう」
「考えたところで、
あの世逝って終わりだろ?」
「あの世に逝ってしばらくすると、
そのまま滞在するか、輪廻するかを
選択できます。
輪廻を選んで、次回の人生でもう一度
チャレンジなさってください」
「1からだろ……
やってらんねーよ」
気がつけば、
再び縁分駅に戻ってきた。
「おい!
もう帰って来たのかよ!?」
「まだ15分経ってねーだろ!」
「何をおっしゃいます。
剛田様がたくさんお話をされるので、
30分は走っていましたよ」
「嘘つけよ!」
鹿沼はロータリーにタクシーを停めた。
「それでは約束通り、
駅までお進みください」
「おい、もう一度ドライブだ!
もう一回!」
「無理です。
いい加減に降りてください。
駅員を呼んで強制的に
駅まで連れて行ってもらいますよ」
「……ちっ!」
「子供じゃあるまいし、
仮にも社長と肩書きのあった方が、
死んでいるのにあの世に逝く覚悟が決まらず
ドライブで時間稼ぎなんて……。
かっこ悪いですねぇ」
「!」
剛田は鹿沼を睨みつけた。
それに気づいて気づかぬ振りする鹿沼。
剛田は黙って不貞腐れながらも、
あの世に逝く覚悟が決まったようだった。
「それでは剛田正樹様、
再確認になりますが、
先ほど渡した切符をお持ちになり、
改札を越えて1番ホームまでお進みください」
「……」
「どうなさいました?」
「あれ……切符がねーよ」
「!」
切符の有効時間は、
印刷してから30分以内。
黄泉送り規則で決まっている。
「先ほど印刷してから
30分経ってしまったのですね。
再発行しなければいけませんねぇ」
「なんだよそれ。
別途費用がかかるとか
言うんじゃねーだろうな?」
「いえいえ。
そのようなものは必要ありません。
ただ……」
「ただ……。
なっ、なんだよ……?」
「お手数ですが、
もう一度タブレットに生年月日と
名前のご記入が必要になるのですよ」
「なんだよ!
もっと大変なことを要求されるのかと
思ったろうが!
うっとうしい!」
「申し訳ございません。
先ほども個人情報を書かれるのに
抵抗があったようなので、
少し意地悪をしてみました」
「お前……。
絶対に出世しないタイプだな」
「ご忠告、
肝に命じておきます」
剛田がタブレットに、
生年月日と名前を記入した。
鹿沼は、
それを確認すると、
プリンターの再発行ボタンを押した。
1枚の切符が、
再び印刷されて出てくる。
鹿沼はその切符を手に取って、
一瞬動きを止めた。
再発行なのに、
地獄逝きの黒切符——
「おい!
早くよこせよ!」
「申し訳ございません。
剛田正樹さま。
この切符をお持ちになり、
改札を越えて2番ホームまでお進みください」
「あん?
1番ホームじゃなかったか?」
「えぇ。
2番ホームになっております」
「そうかよ」
剛田は振り返りもせず、
縁分駅に向かって歩いて行った。
サイドミラーで、その背中を見送りながら
タブレットに目をやる。
黒切符が発行された理由が追記されていた。
「……そうですか。
人を……殺した。
と、言う判定になったのですね」
剛田のパワハラに追い詰められた、
元従業員の自殺。
それが地獄逝きの
決め手になったようだ。
「やはり、
生前の行いは大事ですねぇ……」
「!」
さらに別の項目には――
剛田を刺殺した犯人——
従業員の今田聡と記載がある。
「己の欲望を叶えるために何を失うか……」
「命を失うようでは……
話になりませんねぇ……」
そして何より……。
「あのドライブ。
行かずにあの時に駅まで向かっていれば、
天国に逝けたのに……」
鹿沼はタブレットをそっと閉じた。
「一寸先はなんとやら。
あの30分の間に、
己が原因で自殺者が出るだなんて……」
ウィンカーを出して
タクシーを発車させる。
「やはり生前の行いは——
大事ですねぇ……」
今夜の鹿沼の出勤は、
まだ始まったばかりだった。




