第1話:断罪と真実の光
カティアは、豪華なシャンデリアが照らし出す王城のホールの中央で、静かに膝をついていた。
周囲を取り囲む貴族たちの冷たい視線が、針のように彼女の背中を刺す。
壇上には、険しい表情の国王陛下と、悲痛な面持ちのリンド公爵夫妻。
そして、勝ち誇ったようにカティアを見下ろすリリス男爵令嬢と、彼女を庇うように立つマリウス王太子の姿があった。
「カティア!貴様は実の母親と結託し、本物の公爵令嬢とすり替わってリンド公爵家に潜り込んだ!この大罪、決して許されるものではない!」
マリウスの威圧的な声が、広大なホールに響き渡る。
カティアは伏せた顔のまま、内心で深く溜息をついた。
(赤ん坊が母親と結託できると本気で思っていたら、正気を疑いますわ。一体どうやって意志疎通を図ったというのかしら。テレパシーでも使ったとでも言うの?)
前々世では大聖女を支える六聖女の一人であり、前世では日本のOLとして「推し活」に励んでいた記憶を持つカティアにとって、この状況はまるで質の悪い三文芝居を見ているようだった。 (前世であれほど『推し活』に狂わされていたのは、絶対に前々世で大聖女様を『究極の推し』として崇めていた記憶のせいですわね……) カティアはこんな絶体絶命の状況下で、密かにそんな自己分析をしていた。
だが、呆れているのはカティアだけではなかった。
マリウスのあまりにも非論理的な糾弾に、ホールを囲む貴族たちから微かなざわめきが起こる。
「……結託って、赤ん坊がどうやって?」
「殿下は本気で仰っているのか?いくらなんでも無理があるだろう」
「あのリリスとかいう男爵令嬢に熱を上げてから、殿下は少しおかしくなられたのでは……」
「この国の未来は大丈夫なのかしら……」
扇で口元を隠しながらも、マリウスに聞こえよがしにヒソヒソと囁き合う貴族たち。
あちこちから、呆れを含んだ深いため息が漏れ聞こえてくる。
壇上の国王陛下に目を向ければ、眉間を深く揉みほぐし、今にも胃薬を求めそうな渋い顔をして玉座に沈み込んでいた。
明らかに、我が子の愚行に頭を抱えている様子である。
そんな周囲の冷ややかな反応にも気づかず、マリウスは正義感に酔いしれた顔でカティアを見下ろしている。
(今の私は『偽物の公爵令嬢』というレッテルを貼られた罪人ですけれど、このまま黙っている義理もありませんわね)
「殿下、わたくしが提出された証拠の数々を拝見し、己が偽物であると認めますわ。ですが……」
カティアはゆっくりと顔を上げ、マリウスの隣に立つリリスを真っ直ぐに見据えた。
「そちらのリリス男爵令嬢も、本物の聖女ではありませんわ」
カティアの凛とした声に、ホールが大きなどよめきに包まれる。
「何を馬鹿なことを!リリスの聖力は本物だ!」
激昂するマリウスをよそに、カティアは扇を優雅に広げ、静かに言葉を続ける。
「本物の聖女様は、あちらにいらっしゃるルナティナ・テルティア子爵令嬢ですわ。そして彼女こそが、リンド公爵家の真のご令嬢なのです」
カティアの視線の先には、突然名前を呼ばれ、驚きの表情で固まるルナティナの姿があった。
リンド公爵家の特徴である銀の髪と紫水晶の瞳を色濃く引き継ぐ彼女の容姿は、並んで立つ公爵夫妻に瓜二つであり、誰もが疑う余地のない証拠だった。
「デタラメだ!リリスこそが真の聖女だ!」
マリウスは声を荒らげるが、カティアの態度は揺るがない。
「ならば、リリス様。その胸元のネックレスを外していただけますか?」
カティアは、リリスの胸元で怪しく光るペンダントを指差した。
「あれは、特殊な魔道具ですわ。身に着けている間だけ、聖力を使えるようになる代物です」
「なっ……!?」
リリスの顔から一瞬にして血の気が引く。
「で、殿下、信じないでください!これは亡き母の形見なのです!外すなんてできません!」
リリスは大粒の涙をこぼしながら、マリウスの腕にすがりつく。
その庇護欲をそそる可憐な姿に、マリウスはあっさりと絆された。
「カティア、貴様は最後まで往生際が悪い!リリスの純真な心を傷つけるなど、万死に値する!」
マリウスの怒号が響く中、重い沈黙を破ったのは、限界を迎えた様子の国王陛下だった。
「マリウス、もうよい、退きなさい。そしてリリス男爵令嬢、そのネックレスを外しなさい」
国王の威厳と怒りに満ちた声に、ホールは水を打ったように静まり返る。
「父上!なぜカティアの戯言を信じるのですか!」
「真実を確かめるためだと言っておる。外せ」
国王の有無を言わさぬ冷徹な命令に、近衛騎士たちが素早くリリスを取り囲む。
強引に引き離されたリリスからネックレスが外されると、先程まで彼女の体から発せられていた神聖な気配が嘘のように消え去った。
だが、騎士の手に渡ったネックレスは依然として微かな光を放っている。
「……破壊しろ」
国王の短い命令に従い、騎士が剣の柄で容赦なくネックレスを砕いた。
カラン、という虚しい音が響き、魔道具はただのガラクタと化した。
「さて、テルティア子爵令嬢。前へ」
国王の呼びかけに、ルナティナは震える足で進み出た。
「祈りなさい」
促されるままにルナティナが目を閉じ、胸の前で両手を組んで深く祈りを捧げた瞬間、眩いほどの純白の聖光がホールを包み込んだ。
それは、夜の闇を払う暁の光のように優しく、それでいて力強く空間を満たしていく。
光の粒子が雪の結晶のように宙を舞い散り、ホールの隅々にまで清らかで神聖な空気が行き渡るのを、そこにいる全員が肌で感じ取った。
「おお……!」
「なんという美しく、力強い聖力だ……!」
「まるで女神の顕現を見ているようだ……!」
貴族たちから、感嘆と畏敬の念が入り交じった声が漏れる。
その圧倒的な光景を静かに見守っていたのは、国の宗教的最高権威である教皇であった。
白地に金糸の刺繍が施された豪奢な法衣を纏う教皇が、厳かな足取りで進み出る。
「国王陛下、そして皆様。私から、真実を完全に明らかにするための提案がございます」
教皇は手にした錫杖を軽く床に突き、澄んだ音を響かせた。
「ここに、古代より伝わる『血の神判』を行うための魔道具がございます。これを用いれば、血縁関係は一目瞭然となりましょう」
教皇の合図で、神官が美しい透かし彫りが施された銀の水盆を恭しく運んできた。
「さあ、リンド公爵、奥方様。そして、ルナティナ嬢。この水盆の聖水に、それぞれ一滴の血を落としてください」
張り詰めた緊張が走る中、三人がそれぞれ用意された銀の針で指先を少しだけ切り、血を落とす。
澄み切った水面に赤い雫が落ちた瞬間、盆の中の水が淡い光を放ち始めた。
三つの赤い光が、まるで互いを求めるように水面を滑って近づき、やがて一つに溶け合うと、目も眩むような黄金の光へと変わってホールを照らした。
「……おお、見事な黄金の光。これぞ、疑いようのない血の繋がりの証!」
教皇が高らかに宣言する。
その言葉に、ホールは歓喜と驚きの声に包まれた。
長年の生き別れを経て、涙ながらに抱き合う公爵夫妻とルナティナ。
偽物の聖女であったことが露見しへたり込むリリスと、己の愚かさを突きつけられ呆然と立ち尽くすマリウス王太子の姿。
真実は明らかになり、事態は丸く収まったかに見えた。
しかし、これで全てが終わったわけではない。
残された最大の問題は、玉座の下で静かに控えるカティアの今後である。
「偽物の公爵令嬢」であり、「平民の血筋」であることが露見した彼女の処遇はどうなるのか。
大貴族であるリンド公爵家において、もはや彼女の居場所はない。
「さて、カティアよ。お前の処遇だが……」
国王の重々しい声が響き、ホールの空気が再び引き締まる。
「平民の血を引くお前を、これまで通り公爵家令嬢として扱うわけにはいかない。だが、お前自身が何か罪を犯したわけではないのも事実だ」
国王の言葉に、リンド公爵夫妻は苦痛に顔を歪めた。
彼らにとって、カティアは血の繋がりこそ無いものの、手塩にかけて育ててきた愛しい娘であることに変わりはない。
できることなら、本当の娘としてこれからも公爵家で面倒を見たい。
だが、ここは貴族社会の頂点に立つ王城であり、周囲の目は厳しい。
平民の娘を、それも偽物として家を混乱させた元凶の娘を大貴族が囲い込むなど、世間が、そして貴族の理屈が絶対に許さないのだ。
公爵夫人はハンカチを握りしめ、悲痛な視線をカティアに向けるが、どうすることもできず唇を噛むしかなかった。
「平民として市井で生きるか、修道院に入るか……それとも……」
国王は言葉を切り、カティアを静かに見つめた。
社交界から完全に追放され、身分と後ろ盾を全て失ったカティア。
彼女の運命は深い闇に包まれ、その先は誰にも分からなかった。




