第57話 夜営地
五人は素早く夜営の準備に取りかかった。
「よし、じゃあみんな分担して一気にやっちゃいましょう! 武藤くんとミカちゃんは簡易シェルターの作成! 古賀くんとグリナちゃんは水汲みと食料の調達! 私は晩ご飯の準備をするからね!」
前川先輩が指示を飛ばすと、全員が「了解」と短く応じ、それぞれの持ち場へ散っていく。
勇雄とミカは、大きな岩陰にある平坦で風の当たらない場所へ移動した。
「ミカ、土魔法で寝床と壁の土台を盛り上げる。湿り気を加えて固めてくれ」
「うん、分かったよ。一気に魔力を使うと、何かあった時に支障が出るから、少しずつ調整しながらやろうね」
「ああ」
勇雄が掌から魔力を流し込む。
地面の土がゆっくりと盛り上がり、風除けとなる壁が作られていく。
そこへミカが水魔法で適度な水分を含ませ、二人で土を固めていった。
魔力を温存しながら、時間をかけて丁寧に仕上げていく。
「よし、次は屋根に取りかかる」
「勇雄くん、加減はこれくらいで大丈夫?」
「ああ、問題ない。完璧だ」
「ふふ。勇雄くんが私に合わせてくれるからだよ」
作業中の会話は決して多くない。
それでも、肩を並べ、互いの魔力の波長を感じ取りながら息を合わせて作業を進める二人の間には、自然と温かな空気が流れていた。
♢
一方、鬱蒼とした木々を抜け、近くの小川へ向かった理人とグリナ。
「あの草むらの陰、魔物の気配があるよ」
グリナが指揮棒の先で、静かに指し示す。
「分かった」
理人は、足音を殺して近づいた。
草むらへ近づき、腰の剣を抜き放つ。
次の瞬間、草陰に潜んでいた魔物が、声を上げる暇もなく絶命した。
「へえ……理人、相変わらず手際がいいねー! 麗奈先輩じゃなくても感心しちゃう」
「まあな。無駄に暴れさせると肉が傷む。暴れさせないのが一番だ」
理人は軽く笑うと、手際よくウサギに似た魔物の皮を剥ぎ、肉を回収していく。
そのまま小川へ移動すると、皮袋へ必要な分の水を汲んだ。
「よし。戻るか」
「うん!」
二人は必要な物を手に、岩場へ戻っていった。
♢
岩場へ戻ると、前川先輩が野菜を切り分けていた。
「おかえり! あ、美味しそうなお肉取れたんだ! ありがとー。すぐ捌いて、干し野菜と一緒にスープにするね!」
前川先輩は鍋に水を張り、香辛料と切り分けた肉を投入していく。
それぞれが自分の役割を自然にこなし、夜営地には「共に旅をする仲間」ならではの温かな空気が満ちていった。
やがて鍋から香ばしい湯気が立ち上る。
五人は焚き火を囲み、熱いスープを口に運んだ。
すると自然と、昼間の異様な戦いが話題に上がった。
「それにしても、あの森は本当に気味が悪かったわね……。あの目の大きすぎる狐、一体何だったのかしら」
前川先輩が木製のスープ皿を両手で抱え、フーフーと息を吹きかけながら溜息をつく。
グリナも大きく頷いた。
「うん。あんなに異様だったのに……目を合わせても、結局何も起きなかったね」
「ああ。ただ、口から吐いてきた火球や狐火の罠は、普通の攻撃魔法そのものだったな」
勇雄が昼間の戦闘を反芻するように言った。
その言葉を聞いたミカが、ふと思い出したように理人へ視線を向けた。
「そういえば……最初にあの群れと遭遇したとき、古賀くん、『目を見るな』って言ってましたよね?」
ミカの静かな一言に、スープを口へ運ぼうとしていた理人の手が、ぴたりと止まった。
周囲の視線が、一斉に理人へ注がれる。
「……何か知ってたの、古賀くん?」
前川先輩が、じっと理人を見つめる。
理人は一瞬だけ間を置いた。
そして、困ったような苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「知ってたっていうほど、大層なもんじゃないさ」
「じゃあ、なんで咄嗟にそんな強い警戒を出したのよ?」
「いやさ、あの不自然すぎるほどデカい金色の目だろ?」
理人は肩をすくめた。
「直感的に、『あんな歪な目をしてるんだから、視線に何か精神干渉の術でも仕込まれてるんじゃないか』って思ったんだよ。まあ……俺の考えすぎだったみたいだけどな!」
理人はおどけるように笑った。
「結果的に何も起きなかったんだから良かったじゃないか。結果オーライってことでさ」
「ふーん……まあ、確かにあの目は何か呪いでもかけてきそうだったけど……」
前川先輩とグリナは、なんとなく納得したように頷いた。
しかし、ミカだけは少し首を傾げ、理人の横顔をじっと見つめている。
「本当に……ただの直感?」
「本当だって。俺をなんだと思ってんだよ」
理人は笑って受け流す。
それ以上、核心に触れようとはしなかった。
勇雄も無理に追及することはなかった。
だが━━理人が見せた一瞬の硬直。
そして、あのとき誰よりも早く「目を見るな」と警告したこと。
勇雄は、その警戒の根底に何かがあることを感じ取っていた。
♢
食後の片付けが終わると、理人は岩陰の端に置いていた布包みを引き寄せた。
「ちょっと、こいつを捌いて中身を調べてみるわ」
「えっ、今からやるの!? ご飯食べた直後なのに……」
前川先輩が嫌そうな顔をする。
しかし理人は気にする様子もなく、小刀を取り出した。
手際よく幻影狐の身体を切り開き、肉や内臓の構造を確認していく。
そして、胸の奥からコロリと転がり落ちた小さな魔石を摘まみ上げた。
「……黄色い魔石だね」
グリナが興味深そうに覗き込む。
理人は焚き火の光に透かすようにして、黄色い魔石を眺めた。
「何か分かった?」
「いや。今のところは、ただの普通の魔石と変わらねえな」
理人は魔石を懐に収める。
そして切り開いたばかりの死体を改めて観察すると、わずかに眉根を寄せた。
「……死んでから時間が経ってるのに、妙だな」
「妙って……倒したの今日の昼間だから、こんなもんじゃない?」
前川先輩が首を傾げる。
「いや。魔物は命が絶えれば血が巡らなくなって、速やかに硬直するか、肉体が変質し始めるのが普通だ」
理人は死体を指先で確認する。
「だが……こいつは、さっきまで生きていたみたいに瑞々(みずみず)しすぎる」
「……それって、おかしいんですか?」
ミカが尋ねる。
「少なくとも、普通の魔物ならな」
理人はしばらく死体を見つめた。
「……まあ、これ以上はここで見ても分からんか」
理人は死体を再び厳重に布で包み直す。
「洞窟の件が片付いてから、もう一度じっくり確認してみるよ」
♢
やがて焚き火の火が落ち着き、明日の予定の最終確認に入った。
「地図を見る限り、ここから洞窟までは、明日のお昼前には着く予定よ」
前川先輩が広げた地図を指差す。
「よし。洞窟に入る前に、明日の朝もう一度、全員の装備と備品を確認しよう」
勇雄の提案に、全員が頷いた。
「じゃあ、そろそろ夜の見張りの順番を決めましょうか。二組に分かれて交代制にしましょ」
前川先輩が言うと、理人が即座に口を開いた。
「俺は後番でいいぞ。グリナと組む」
「……ちょっと待て。別に俺たちが先番でも構わないが、なんでお前が勝手に組分けまで決めてるんだよ」
勇雄が珍しく眉を顰めて抗議する。
理人はニヤリと不敵に笑った。
「いいだろ? 先輩だって、武藤や望月さんと一緒に見張りをする方が安心感があるだろ?」
「いや、前川先輩はお前たちと組んだ方がいい。賑やかで眠気も吹き飛ぶし、何より前半に俺とミカと先輩だと、後半に万が一襲撃があった時の戦力バランスが━━」
「ちょっと武藤くん!? 私を押し付け合わないでちょうだい!」
前川先輩が声を上げる。
しかし、気を取り直すと思いついたように言った。
「そうだわ! 男子と女子で分かれれば━━」
言いかけた前川先輩だったが、隣にいるミカとグリナを見る。
二人は示し合わせたように、無言でぶんぶんと首を横に振った。
どうやら女子だけで夜間の戦闘に対応することには、不安があるらしい。
理人が楽しそうに提案する。
「ほら見ろ。じゃあ平和に、じゃんけんで決めようぜ。勝った方がペアと順番を選ぶ」
「……いいだろう」
勇雄と理人が焚き火を挟んで向き合う。
「じゃん・けん・ポン!」
勇雄が出したのはチョキ。
理人が出したのはグー。
「はい、俺の勝ち~! というわけで、前半は勇雄、望月さん、前川先輩の三人! 後半は俺とグリナな!」
「くっ……」
こうして、先番は勇雄、ミカ、前川先輩。
後番は理人とグリナに決まった。
♢
夜が深まり、周囲は足元すら見えない漆黒の闇に包まれた。
パチパチと小さく爆ぜる焚き火の明かりだけが、先番を務める三人━━勇雄、ミカ、前川先輩の影を岩壁に大きく映し出している。
「ふぁあ……なんだか、無事に一日が終わったと思うと、急に眠気が……」
前川先輩が目を擦りながら、小さく欠伸をする。
「先輩、無理なさらず、少し横になっていても大丈夫ですよ」
「そうですね。周囲の警戒は俺とミカで見ておきます」
ミカの優しい言葉に勇雄が頷く。
しかし、前川先輩は慌てて首を振った。
「ありがと……でも、見張りだからね! ちゃんと起きてるわよ!」
三人は温かな火を囲みながら、昼間の幻影狐戦の不気味さや、明日立ち入るディーヌ洞窟について、ぽつりぽつりと語り合った。
穏やかでありながらも、明日への緊張感を分かち合う静かな時間が流れていく。
━━その時だった。
勇雄の鋭い視線の端。
暗い森の樹木の陰で、フッと白い影が揺らめいた。
丸みを帯びたしなやかな輪郭。
大きな頭部。
そして、闇の中で不自然に光る大きな瞳。
白いアヒル姿の神━━ツルだった。
ツルは木陰から姿を現すと、勇雄へ向けて短い羽をチョイチョイと動かした。
森の奥へ手招きをするような仕草だった。
勇雄はわずかに息を呑み、静かに立ち上がる。
「……どうしたの、武藤くん?」
前川先輩が不思議そうに見上げる。
「……少し、用を足してきます」
「え? ああ、気をつけてね。あまり遠くへ行っちゃダメよ」
「わかりました。すぐそこです。感知魔法してから行きます」
前川先輩はツルが見えていないのか、深く疑う様子もなく送り出した。
だが、ミカだけは違った。
勇雄が立ち上がった瞬間、ミカの澄んだ瞳が、勇雄の表情を捉える。
そして、暗い森へと視線を移した。
先ほどツルがいたところである。
一瞬、二人の視線が交錯する。
ミカは理由を追及しなかった。
ただ━━
「……気をつけてね、勇雄くん」
少しだけ寂しさと切なさを滲ませた、柔らかな声だった。
勇雄は胸の奥を刺されたような感覚を覚えた。
「……ああ。すぐ戻る」
♢
焚き火の赤い光が届かない、静まり返った夜の森林。
木々の太い幹の陰で待っていたツルの元へ、勇雄は落ち葉の音すら殺して近づいた。
魔法を使うには危険だが、周囲に他の気配がないことを感知魔法で確認する。
そして、神ですら解読が困難だとツルから教えられた「秘密言語」で、静かに問いかけた。
「……何の用だ?」
ツルは大きな瞳を瞬かせた。
そして同じ秘密言語で、柔らかくも切実な響きを帯びた声で答える。
「お話ししたいことと、お聞きしたいことがあります」
勇雄は微かに眉をひそめた。
警戒を解かないまま、秘密言語を重ねる。
「……ミカたちには聞かせられない話か?」
ツルはすぐには答えなかった。
ただ、静かに勇雄を見つめ返している。
その沈黙こそが、勇雄にとっては十分すぎる答えだった。
ツルとの間に結ばれた契約。
……ツルは条件を守っている。
━━「勇雄はツルの話を最後まで聞く」という誓約は、今も生きている。
「……分かった。話せ」
闇深い森の中。
風の音だけが二人の間を吹き抜ける。
勇雄とツルは、静かに向き合っていた。
第57話を読んで頂きありがとうございます。
じゃんけんで一喜一憂する場面から一転、夜の森でツルと対峙するまでを描きました。
次回はツルとの対談です。お楽しみ下さい。




