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狼少女と嘘吐き少女  作者: キノハタ
第2章 吸血鬼

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第10夜 狼少女と夏祭り

 「つき先輩…………」


 「呼んだ? りこ」


 そうやって夜の繁華街の、お店の前で独りぽつんと立つ君の肩に、そっと自分の頭を預ける。いつものりこの甘く酸っぱい匂いに交じって、少ししょっぱい匂いがする。涙の匂いだろうか。


 「…………え? ……つき先輩……なんで?」


 突然声をかけたから、君は解りやすいくらい困惑した顔で私を見た。そして咄嗟に隠した眼元が震えて赤くなってるから、さっきまでどんな表情をしてたか、簡単に想像がつく。


 「ちょっと用事があってさ。……それにしても、りこは意外と泣き虫だよね」


 普段、無表情で無気力な風を装ってるわりに、心が動くとすぐ泣いてしまう。まあ、その心の動きをなかなか見せてはくれないけれど。


 案の定、そうやって指摘するとは君はすぐ顔を真っ赤にして、私からばっと離れて、ふーっと警戒するようにこっちを睨む。こういうところは、相変わらず猫っぽいというかなんというか。ただ今日はなんというか、そんな視線にも覇気がない。


 「な、なんですか、いきなり現れて、そんなこと……」


 「だって呼ばれてたし」


 「たまたまです! 忘れてください!!」


 そのまま、少しやり取りをしてみるけれど、君はすっかり警戒モードだ。私はやれやれと肩をすくめながら、すっと周囲の様子を軽く窺う。


 繁華街特有の雑多に混じりあった人の匂いの中に、微かに嗅いだことのある血の匂いがする。


 「さっきまで、あの吸血鬼と会ってたの?」


 そうやって私が問うと君は一瞬言葉を詰まらせて、少し目線を逸らしながら頷いた。


 「まあ…………はい。たまたまうちのバーを見つけたみたいで……」


 ほんのりと香る嘘の香り、まあ、たまたまなんかじゃないだろうね。あの人がりこに会いに行く理由は当然ある。私とりこの関係に3回のリミットがあることを、伝えなければならないから。


 そう、全部で3回、あとたったの2回。


 それが私たちの関係に残された時間。


 目の奥が微かに震えるのを、少しだけ息を止めてやり過ごす。


 大丈夫、今は泣いている場合じゃないんだから。

 

 「…………先輩?」


 君が少し不思議そうに首を傾げたから、心配ないよと示すために軽く微笑んだ。不自然にならないように、いつも、しているような表情で。


 「ところでさ、りこ、今から時間ある? 隣町でお祭りやってるんだって、折角だし一緒に行かない?」


 口から零れた言葉は、何気なく、突発的で、出会ったばかりのあの夜のよう。君はそんな私の言葉に、案の定、口をあんぐり開けるとえ? と困惑したような声を漏らした。


 「先輩……すいません、私、バイト中で…………」


 そうして返ってくるのは、至極まっとうで現実的な、そんな台詞。ただ少し迷いが見える気はする。


 もちろん、りこにはりこの事情があるし、それは尊重してあげたいけれど。


 「うーん、どうにか抜け出せない? 折角だし私、行きたくてさ」


 君を困らせるとわかったうえで、そんなわがままをあえて口にしてみる。すると君はうーっと唸りだす。まあ、無茶言ってるよね。バイトなんてそう簡単に抜け出せないし、りこの信用問題もある。ただでさえいつも困らせてるのに、これ以上困らせるのは大変良くない……良くないけれど。


 「今日……じゃないとダメですか?」


 「だーめ、今日なの、今日行かないと、ここら辺の夏祭りは、今日で最後。そしたら、もう今年の夏はいけないの。いこーよ、想い出つくりにさ」


 君と過ごせる時間はあと幾つ?


 もちろん、私達が、ただの人間の先輩後輩なら、また来年って言えばいいけど。


 でも、私たちはそうじゃないから。


 君はしばらく困ったような惑ったような顔をしていたけれど、やがてはぁと一つため息を吐くと「一応、聞くだけ聞いてみます」そういって仕方ないなあって風に私を見た。


 私はそんな君の返事に、あえて満面の笑みを向けてから、うんと静かに頷いた。なんだかんだといいながら、こうやって君は付き合ってくれる。


 そうして、やれやれと私のわがままに呆れる君と、君が許してくれたわがままに甘える私。


 夏の長い太陽がそろそろ暮れる、そんな頃。


 昼と夜の狭間の時間、紅い空がビルの向こうに覗く中。


 夏の終わりが私たちのすぐ後ろで、じっとその時を待っていた。


 遠く向こうで祭囃子が、微かに聞こえる。


 そんな音に私は少しだけ耳を澄ませた。





 ※






 結果論から言うと、りこのバイトを抜け出す許可はあっという間に降りてしまった。


 熊みたいに大きなバーの店長は、私とりこが事情を話すと、すぐに無言でぐっと親指を立ててくれた。そして、いそいそと店の奥からレンタル着物の無料券まで、引っ張り出してきた。


 曰く、りこは最近働きすぎ。ありがたいけど、たまには休みくらいとって欲しい。今日はお客も少ないから、店の方は大丈夫。


 …………要約するとそんな感じのことを言って、私たちはあっさりとお祭りに行く許可を得た。提案した私もここまで簡単に行くとは思ってなかったけれど、一番驚いていたのはりこの方だったかな。


 見たこともないくらいぽかんって顔して、渡された着物の無料券を、信じられない物でも見るように見つめてた。やれやれ、この子は一体どれだけワーカホリックだったのかね。


 そんなわけで私達は一時間もしたころには、隣の街の駅について、二人揃って浴衣を着て下駄をからころ鳴らしていた。


 思わぬ幸運に私は胸と下駄を弾ませながら、君の手を取って歩くけど、後ろからついてくる君はなんだかまだ呆然としたままだ。


 「こら、りこ。いつまでぼーっとしてるの? 折角のお祭りなんだから、楽しまなくちゃ」


「いえ、えと、あの、はい。すいません……なんかまだ現実が受け容れられなくて……」


 そう言った君は眼を白黒させながら、しきりに私と自分の浴衣を眺めて、周りの出店や山車を見つめては首を傾げてる。やれやれ初めて、お祭りに来たわけでもないでしょうに。


 「りこ、何か今、お上りさんみたいだよ」


 「えと、ちゃんとお祭りに来たの小学生以来だから……なんか、落ち着かなくて。先輩は逆に……慣れてますね」


 なんて思っていたけど、返ってきたのは意外な返答。……いや、でもりこがお祭りに来てはしゃいでるの、あんまり想像できないか。


 「まあ、この街、割とお祭り多いしね。学校にも行ってなかったから暇だったの」


 「…………はあ、なるほど」


 私がそうやって言うと、りこはどことなく呆然としたまま、そんな返事をする。


 「あと、お祭り中はね、みんな騒いで細かいこと気にしないから」


 「まあ、そうですね……」


 「だから、こういうことも、できたりするの」


 そういって、いつも背中にペタッとつけてる尻尾を下にずらして、浴衣の隙間からそろっと出してみる。灰色の細くくねったそれを、ぴろぴろと浴衣の裾で遊ばせて、りこにどやっと見せつける。


 するとりこはさっと一瞬で顔を真っ青にすると、慌てたように私に抱き着いてきた。あら、大胆。なんて思ったけれど、これはあれか尻尾を隠そうとしてくれてるのか。


 「な、な、な、何やってるんですか、つき先輩!? こんなの人に見られたら……!?」


 そう言って大慌てで目を白黒させる君がおかしくて、思わずくすくす笑ってしまう。


 「だーいじょうぶ、お祭りだからね、みんなそういうコスプレとしか思わないよ」


 「ええ……でも、コスプレの尻尾はこんなに動かないでしょ……」


 「ふふ、誰もそんなこと気にしてないよ」


 なんてやり取りをしていたら、丁度背後を通った外国人の観光客がすれ違いざまに私の尻尾に眼を止めた。りこの顔にはとんでもなく冷や汗が垂れるけど、当の私はあえて涼しい顔をする。こういうのは焦らないほうがいい。


 案の定、外国人たちは、最初は一瞬首を傾げたけれど、すぐににっこり笑顔になって「Oh. Japanese animal girl!!」とか言っていた。軽く微笑んで手と尻尾を振ってあげると、向こうも振り返してきてなんだか愉快だ。


 そんな様子を、りこは信じられない物でも見るように眺めてて、外国人たちが過ぎ去ったところで、私はおかしくて吹き出してしまった。


 「ふふっ…………ふふっふふ……」


 「…………そうはならないでしょ、普通」


 「なってるんだなあ、これが」


 何事も、意外と堂々としていればわからないものなのだ。特に今日はお祭りだからね。嘘も堂々としていれば、気付かれないものでしょう?


 まだ昼間の熱気が残る中、夜の街の人並みと喧騒をそうやって、何事もないように歩いてく。君は最初はしきりに心配そうだったけど、周りがさっぱり気にしないから、やがて諦めたように疲れた顔で歩き始めた。


 そんな様子に私がくすくす笑っていると、君は拗ねたように口をとがらせて、つないだ手とは逆の手で、私の尻尾をぺしぺしと叩いてくる。まるで猫じゃらしを叩く猫のよう。少し楽しくなって、君の手を避けたり、仕返ししたりしてみたら余計に拗ねたよう眼で見られてしまった。ふふ、なんだかおかしい。


 そんなやり取りをしていたら、程なくして大きな道を歩行者天国にした、お祭りの中心地にやってきた。辺りには出店が所狭しと並んで、ごった返す人がまるで波のよう。


 「さあ、無理言って誘ったし、奢っちゃうよ、どのお店にいこっか?」


 「いや自分で払うんで大丈夫です。お金余裕あるんで」


 そう言ってりこは素知らぬ顔で、目線を逸らす。私はふーんって返事をしながら、じっとりこをしばらく見つめて、その肩口にそっと顔をうずめる。


 「ひゃんっ…………」


 そんな高くて、か細い声の向こうから、いつもの甘くて酸っぱい香りがする。


 「ほんっと、嘘吐きだねえ、りこは」


 そうやって軽く息を吐いてから、すっと君の手を取って歩き出す。


 「食べたいのあったら言うんだよ?」


 「………………」


 なんて言ってはみるけれど、君は何処を見ているのやら、素知らぬ顔。


 しばらくそのまま歩いて回ってみたけれど、君はさっぱり何を食べたいとも言いださない。やれやれ、私も大概だと思うけど、りこも結構めんどくさい性格してる。


 仕方ないので、私は最終手段に出ることにした。


 「ねえ、りこ」


 「………………なんですか?」


 「あれ、食べたい?」


 指さしたのは、さっきりこが一瞬ちらっと見た、たこ焼きの看板。結構歩いたからね、そろそろお腹がすくころだと思う。


 「……いいえ、ここらへんで、たこ焼き珍しくないじゃないですか」


 甘い、嘘の香り。


 「おじさーん、たこ焼き一つくださーい」


 「つき先輩……?」


 出店のおじさんは気のいい笑顔で私達を見ると、パックにさっとたこ焼きを詰めて渡してくれた。それにお金を払ってから、そのままりこにたこ焼きをスルーパス。


 「フランクフルトは?」


 「…………要りません」


 甘い匂い。


 「ダウト。おじさんくださーい」


 「…………先輩、もう!」


 とまあ、そんな感じで屋台を巡り歩くこと数十分。背後でじっと睨んでくるりこを尻目に、気づけば私たちはすっかり、見た目はお祭りを満喫する女子高生になっていた。


 浴衣に、水風船、たこ焼き、フランクフルト、ポテトに唐揚げ、りんご飴にかき氷。私が欲しくて買ったのもあるけれど、大半はりこの『匂い』に聞いたもの。


 意外だったのは適当に指さしたポケットに入るモンスターのお面を欲しがったところかな。私が買いに走って戻ったら、りこの顔は真っ赤かで、緑色の猫のお面を頭に被せたらぷんぷん怒って先に行ってしまった。可愛いのに、何がそこまで不満なのやら。


 さすがに少し歩き疲れたから、二人で近場の公園の座れそうなところを探して一息つく。その頃には二人とも両手にたくさんのビニール袋を抱えてた。


 そうして、唐揚げをふーふーしながら私が食べ始めると、君は隣でやけくそとでも言うようにフランクフルトを目一杯頬張って咀嚼していた。心なしか、夕方の頃より半泣きになってる気がする。


 「楽しいね、りこ」


 「全然、楽しくないです!」


 そういう割に、フランクフルトはあっという間にりこの口の中に収納されて、リスみたいにほっぺを膨らませながら食べている。面白かったから、そのほっぺたをぐりぐりと虐めてあげると、余計に不満そうな視線が返ってきた。やれやれ、ちょっとからかいすぎたかな。


 なんて思考をしながら、私が唐揚げをもう一つ口に運んだ、そんな時のことだった。










 どおん。










 そんな音が遠くでした。


 ふと音の方を見上げたら。


 ビルの隙間に、紅くきらきらと輝いた光が、円を描いて散っていた。


 「「花火だ」」


 そうしてふっと呟いた言葉が、二人で重なって。


 がやがやと道行く人の喧騒が、少し静まり返った一瞬。


 思わず二人で顔を見合わせて。


 数瞬の沈黙の後。


 やがてどちらともなく笑い始めた。


 そうして、まだ蒸し暑い夜の街の中、祭りの喧騒を見下ろすように開く花火を。


 私達は二人でお腹を満たしながら、そっと見上げてた。


 あと数日で夏休みが終わる。


 君とこうやって夢のような時間を過ごすのも、もうあと少しだろう。


 3回という期限を、きっと私は以前から、心のどこかで知っていた。


 だから、君とのお別れがいつか来ることは、ずっと前から分かってた。


 君から微かに香る血の匂いが、私にその現実を嫌でも思いださせる。


 来年の夏、君の隣に、もう私はいない。


 こうやって花火を二人で見ることは二度とない。


 わかってる、それはもう仕方のないことだから。


 だからせめて、こんな夢のような時間を忘れぬように。


 暖かくて、優しくて、幸せな、こんな想い出を。


 どうか、ずっと失くさぬように。


 そして、もし許されるなら、こんな些細な記憶を、君も時々でいいから想い出してくれたらなんて。


 そんな都合のいい願いを抱きながら、花火を見上げる君の横顔を、私はただ見つめてた。


 それから空いた方の手を伸ばした指先が、君の指に少し絡まって。


 その手首にかすかに触れた時に、そこに『あのリボン』が巻かれていることにふと気づく。


 君が私と結んでくれた、黒くて小さな契約の証。


 思わず微笑んで、そのまま君の手の温もりを感じながら、少し眼を閉じた。


 そしたら君の指が私の手を、優しく握り返してくれた感触が、微かにした。


 「ねえ、りこ」


 「……なんですか、つき先輩」


 君はそう返事をしながら視線は、花火を見上げたまま。


 また来ようね、なんて嘘は口が裂けても言えるはずがない。


 「ううん、なんでもない」


 だから結局、何も言わずにそう首を横に振る。


 そんな私の言葉に、君は何も言わないまま。


 ただ重ねられた指だけが、何かに縋るように、ぎゅっと握られた。



 どおん、という音がする。



 ぱちぱちと、火花が散る音する。



 ざわざわと、人が騒めく音する。



 わぁ、と君が息を漏らす音がする。



 また、どおん、という音がする。



 夏が終わる、音がする。

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