整理
「クリフ……でんか?」
でんか?伝家?え?
思わずクリフくんとガイさんを交互に見てしまう。
「…王太子殿下?」
「うむ。一応そうなっている。」
あっけらかんと頷いたクリフくんを見下ろし、愕然とした。
ありえない。ありえない。ありえない。
「絶賛大混乱中~って感じっすねえ。まあ、いいや。」
おいおい、まあいいやって何だ。
そう言い返したくとも、あまりの衝撃に声も出ない始末。
金魚のように口をぱくぱくさせ、私はクリフくんをひたすら見る。
道理で見たことあるなあって顔してると思った。
だって、小さい頃のマリアに似てるんだもの。
そっくりそのままって程ではないけど、凄くよく似ている。親子なのがよく分かる顔。
「改めまして、ご無沙汰しております。再び御尊顔を拝し奉れたこと、真に光栄の至りに存じます。」
そう、完璧な騎士の礼をしてみせたガイさんを呆然と見る。
無理のない、慣れた様子を見ると、日常的に行っていただろうことが分かる。
つまり、ガイさんは騎士なのだろう。しかも、殿下に拝謁かなう程の。
でも、リオン兄さんの部下だと言っていた。
何が本当なのか分からない。
「久々に会ったんだ、そんな堅苦しいことを言うな、ガイルディア。」
クリフくんは、そうガイさんを呼んだ。
「…………ガイルディア?……ガイ、さん?」
「あー、ガイは愛称でして。本名は、ガイルディアって言うんすよ。」
へらり、と完璧な騎士の礼をしてみせたとは思えない笑みを浮かべている。
どうやら、素はこちららしい。
立ち上がったガイさんが、クリフくんに微笑み掛ける。それを見たクリフくんの瞳が揺れた。
「坊ちゃん、久しぶりっすね。」
「……ばかもの、連絡が遅い。いきなり見知らぬ子供がお前の手紙を渡して来た時は、驚いたぞ。」
「すみません、今の俺じゃあ、こういう方法でしか坊ちゃんに連絡出来なかったんすよ。」
苦笑して頬を掻くガイさんにクリフくんは近付き、静かに問う。
「話せ、三年間のこと。全部だ。」
真剣な表情のクリフくんに、ガイさんは「御意」と頭を下げた。
完全に蚊帳の外な私だが、流石に混乱し続けるわけがない。
もう十分に落ち着き、状況を把握した私は、そっとこの場を離れようと静かに背を向けた。
部外者の私が聞いていい話ではないと思ったから。
でもそんな私を、ガイさんは呼び止めた。
「お嬢にも知っていて欲しいんすよ、俺のこと。」
振り返った先に見えた、ガイさんの真剣な表情に胸がざわつく。
「…こういう人間もいるってことを。」
そうガイさんが口元に浮かべたのは、自嘲の笑みだった。
「俺は、まあそこそこの家の次男坊って奴でしてね、そりゃもう何不自由なく育ったわけですよ。」
改めて、四人座るのが限界なテーブルに私とクリフくんが並んで座り、向こう側にガイさんが座って話が始まった。
道理で私と初めて会った時の、あの紳士的な挨拶に慣れていた筈だ。
「学院に通って、んで騎士になって昇進して、気付けば殿下の護衛なんてもんにまでなったんすよ。」
「わたしが、五つの時だな。」
「ええ。そりゃもう緊張したんすけどね、あまりに坊ちゃんが可愛らしいもんだから、ついつい普通に接しちまったんですよ。」
つい、で許される話なんだろうか。
どうやら随分とガイさんは変わった人だったらしい。…昔から。
普通なら不敬罪で首が飛んでいる。
「止せ、ガイ。わたしが普通に接して欲しかったのだ。それでガイに命じた。」
「もう坊ちゃんったらァ、頬っぺた真っ赤ですぜい?」
ムスッとしたクレフくんは、怒らない。満更でもないようで、本当にガイさんを好きなんだろうことが分かった。きっと、歳の離れた友人なのだろう。
「まあ、久々のじゃれ合いはここまでにしてっと~。」
「…お前は変わらんな。」
呆れた様子でため息を吐き、クリフくんはそっぽを向く。
どうやら日常茶飯事だったらしい。
王族にここまで出来るなんて、本当天晴れな精神だ。
「ま、そこまで皆の羨望の的だったわけっすよ。一応エリート街道突っ走っちまったしね?そうなると当然、面白くないと思う奴が出て来るわけで。」
大仰に両手を広げて悲哀の表情を浮かべ、役者のように語る。
その姿は酷くシュールだ。
「ま、早い話が恨みを買っちゃったんっすよねェ~。俺ってカッコいいし?腕も立つし、頭脳明晰だし?」
一変、ニヤニヤ笑う姿は凄く面白い。
今度、子供たちの前で小芝居をして欲しいくらいには。
「どっかの馬鹿が神官を買収しやがりましてね、偽の神託なんて発表しやがったんですよ。『俺の存在は災いだ。直ぐに追い出せ』ってね。」
どくり、と胸が鳴る。
どこかで、聞いたことのあるような話だった。
「ま、勿論そんな神託下った俺を家族が守ってくれる筈もなく、スッパリ勘当されて家追い出されて、行き着いたココで野垂れ死にそうになってた俺を拾ってくれたのが、リオンさんっすよ。」
明るく、軽い調子でそう語るガイさんの顔には笑みさえ浮かんでいるけれど、そんなに軽く語れるような話じゃないだろう。
でも私を見たガイさんは、凄く困ったような顔で微笑んだ。
「そんな顔しないでくださいよ、俺が困っちまいますし、兄貴にシメられちまいますよ。坊ちゃんにもそんな顔されちゃ、俺がマーサに叱られちまいますって。」
どうやら、私とクリフくんは相当酷い顔をしているらしい。
苦笑したガイさんを、クリフくんは睨み付けるように見た。
「……お前はわたしの騎士だろう?何故何も言わなかった?何故こうなるまで黙っていた?主君に対して、許されるとでも思っているのか?」
気丈に振る舞っているのが、私には分かった。だって、膝の上で握られた拳が震えていたから。
きっと、彼は気付けなかったことに悔やんでいるのだろう。
そして私も、前世の自分に彼を重ねてしまっている。
「…坊ちゃん」
「…………お前なんか、マーサに叱られればいいんだ。」
俯き、ぽつりと零された愛らしいクリフの言葉に、ガイが苦笑を浮かべた。
しかしその目は、優しく細められている。
「…マーサは恐いっすからねぇ、やだなあ。」
そう言葉にしつつも、声音も表情も優しいものだ。
そして、マーサという名前に、私も聞き覚えがあった。
確か、城の女官頭を勤めていた、厳しくも優しい女性だった筈だ。
きっと彼女は、きっちりしっかり叱るのだろう。
その後で、仕方ないといった笑みを浮かべて、美味しいお菓子をくれるに違いない。
昔、私と殿下、マリアがそうだったように。
苦い顔で頭を掻くガイは、それが分かっているのだ。
そして、クリフくんが言わんとしていることも。
「…でもまあ、悪くないっすね。」
帰って来い、と言っていることに。
泣きそうなのかと思ってしまう程皺くちゃな顔で、ガイさんは情けなく笑った。
俯いていた顔を上げたクリフくんが見たガイさんの顔は、凄く情けないもので。
「………ばかものだ。本当にお前は、おおばかものだ。」
そんな風に罵るクリフくんの顔は、笑っていた。
二人の仲直りってところなのかもしれない。
「…で、ガイさんは何でクリフくんを連れて来たんですか?これ、マリア…殿下は知ってるんですよね?」
「知りませんよ?」
「…………は?」
「わたしは黙って出て来たぞ?」
こてりと首を傾けて、見上げてくるクリフくんが凄く可愛い。可愛い、が。
「……え…でもそれって」
ガイさんは、そりゃもう晴々とした顔で笑った。
「ま、誘拐、みたいな?」
正に絶句とはこのことか、と思った。声が出ない。
待て待て待て、ちょっと待て。
つまり、ガイさんはクリフくんを無断で連れ出し…つまり誘拐した訳で、知らないマリアたちは今頃大慌てで………大問題だ。
「お、王族をゆ、誘拐なんて…きょ、極刑じゃないっ!」
「あはは、そうなるっすねー」
「あはは、じゃない!まさか、兄さんたちが企んでたのって…」
私に睨まれたガイさんは、曖昧に微笑んだ。きっとこれが答えなんだろう。
今は居ない兄たちを思い浮かべ、私は拳を握りしめた。
絶対、一発殴る!