◆第33話 そして、結末と新たなる始まり
そしてその後、陛下とお父様の間でお父様が正式にローレンス殿下の後見となることになった。
陛下は「アーサーを口説き落とすとは、なかなか将来有望だ」と実に満足されていた……ということを、私は隠れてその様子を見に行っていたディアナから聞いた。
ちなみにお父様はその後「ローレンス殿の最大の欠点は陛下の御子であることですね」としれっと応戦していたらしいけれど。
私とディアナはローレンス殿下にお茶とお菓子を振る舞ってもらう約束をしていたけれど、私たちが領地に帰るまでの間にローレンス殿下がお手透きになることはなさそうだった。
コネリー家の調査は陛下が行うことになったけれど、ローレンス殿下には指示と役割を与えているらしい。これから少しずつ存在感を増すことができるように、との配慮だと思う。
そして、いよいよ領地へ帰る日。
ディアナとルーナさんは馬車に乗るのはあまりお好きじゃないらしく、先に帰ると言って去ってしまった。だから行きと同じで親子水入らずの馬車の旅だ。
けれど、気になることもある。
「お父様はローレンス殿下のお側にいなくて平気なのですか?」
後見になると決まっていたはずなのに、一緒に帰っても問題ないのだろうか? しかしそんな疑問をぶつけてみると、お父様は心外そうな表情をなさった。
「そんなことしたら、家族の時間がなくなってしまうだろう?」
お父様らしい言葉だし嬉しいけれど、お仕事で不都合は生じないのかな……?
お父様が適当なことをしないとは思っていても、ローレンス殿下に対しては大人気ない態度も少し見せるからちょっとだけ心配になってしまう。
「まあ、領内の城から相談くらいはいつでも聞ける」
「あ、そうでしたね」
それが使えるなら、確かになんとかなりそうかな。
羽馬に乗ればすぐに来れる距離だし、馬車ではなく騎乗すればもっと早く到着できるらしいし。お父様なら乗馬もとてもかっこいいんだろうな。
「……おや」
「お父様? どうなさいましたか?」
「どうやらエミリアを見送りに来た客人がいるらしい」
そうしてお父様が示された方向にはローレンス殿下のお姿があった。
お父様は口をとがらせていらっしゃるけれど、私の背を押してくださった。
私は急いで駆けていった。
「ローレンス殿下!」
「ごめんね、急に。間に合うかわからなかったから、先に連絡を入れることもできなくて」
ローレンス殿下の額には汗が浮かんでいる。よほど無理をして時間を作ってくださったのだろう。
ローレンス殿下は私に手にしていたカゴを差し出してくださった。
「これ、お茶とお菓子。詰め合わせてもらったんだ」
「ありがとうございます」
「正式な招待は、またいずれ。とびきり楽しんでもらえるようにするから、ディアナ様にもよろしく伝えてもらえるかな? あと……呼んでも構わないよね?」
「もちろんです! これは、ディアナと一緒にいただきますね」
むしろこうして詰め合わせをもらったのに、お茶まで呼んで下さるとは律儀だと思わずにはいられない。ディアナもお菓子をねだっていたはずなのに、ローレンス殿下のお手伝いができたことで満足して忘れちゃっていたのに……ということは内緒にしておこう。
ただ、お菓子を見たら思いだすと思うし、喜ぶとおもうのだけれど。
「今回のこと、本当にありがとう。全部、きみたちのおかげだよ」
「私はあくまできっかけだけです」
それからローレンス殿下は状況を少しずつお話しくださった。
あれからコネリー家の地下で兵器となりうるものが発見されたこと。それは普通の魔力では起動ができず、そうとうな魔石を核としなければいけないものであったこと。そして耐えうる魔石を人工的に作るにしても通常の場所では魔力が足りず、大地ばかりが死に、魔石が完成しなかったと証言があったこと。そこで人が立ち入らない、そして将来ルイス殿下の所領になる森を、マチルダ様が『使える』と提言したことーー。
裁判は今後行われる予定だが、王家の意向がコネリー家の望みと異なれば攻撃することも辞さないと当主が発言していたと言う証言もあることから、貴族の地位の剥奪はほぼ確定だと言われている。
「あんなに大量に兵器を持っていたとは、と、見つけた時は驚いたよ。できれば見たくなかった結末かな」
そう言いながらローレンス殿下は苦笑していた。
それを見て、私はなんとも言えない気持ちになった。
ローレンス殿下は自分が魔術を使えるようになることも、魔石の犯人を見つけることも望んでなさっていた。けれど前者は勝負の舞台に立てるようになるためで、後者は精霊のためだ。決して、相手を陥れて自分の立場をあげるためではない。
たぶん、本当に優しい人なのだとおもう。
「ところで……ルイス殿下はどうなさっているのですか」
「城内で生活しているんだけれど……新しい教師陣の要求水準も高いし、味方なんていないし、当然元気なんてないしで気の毒でね。だからつい構ってしまって。最初は反発されていたんだけど、今は行かないと拗ねる時もある。難しいね」
「まぁ」
それは可愛らしいというか、なんというか。
でも味方がいない辛さというのはローレンス殿下も経験があるからこそ、放って置けないんだろうな。
「根は素直な子なんだ。だからこそマチルダ様の言うことは素直に聞いていたし、振る舞いも意向を反映させていた。褒められるからやっていた、っていうのが大きいんだろうね」
「陛下は、ルイス殿下のことをどうお思いで……?」
「わからない。どうするつもりなのかも。けれど厳しい教師をつけておられるあたり、更生するならと考えてらっしゃると想像している」
更生というのは大袈裟な気もするけれど、少なくとも相手に対する思いやりを持つことができれば、だいぶ変化があるのではと私も思う。
でもローレンス殿下にルイス殿下が懐きそうになっていらっしゃるなら、大丈夫かな。だって、ローレンス殿下からいい影響をものすごく受けてくださいそうだもの。
「実は……父上に、今回の件で褒美をいただくことになったんだ。でも、すぐには浮かばなくて……だから、亡くなった母上のことを聞きたいとお伝えしたんだ。すると、私の母上の遺言を聞かせてくださった」
「お母様の?」
「うん。母上は元々平民だったんだけれど、不思議な癒しの力を持つことからたくさんの人を救っていた。そして貴族たちが母上をこぞって妻や養女にし、その力で地位を築こうとしていたのだけれど――なんだかんだで、父上が結婚することになったそうなんだ」
それ自体は私も聞いたことがある内容に近い。当然ローレンス殿下にとっても初めて聞いたわけではないだろう。
しかしローレンス殿下の様子は満足そうで、聞けてよかったという雰囲気だ。
「でも、そんな二人の間に生まれた息子を快く思うものばかりではなくて。実は、私は過去に暗殺されそうになったことがあったそうなんだ」
「え……?」
「実際に毒塗りのナイフで刺され、生死の境をさまよったらしい。その頃の母上は病で先は長くないと言われていたそうだけれど、無理に私の回復を試みられた。結果、その寿命を余計縮めたのではとも当時は考えておられたそうだよ。今も真相は分からないけれど」
「それは……」
「ただ、母上は亡くなられるまでいつも私の身を案じてくださっていたそうだよ。後ろ盾のない母上は陛下に私が二度と危機がないようにして欲しい、と仰ったそうだ。そこで陛下は仰ったらしい。できる限りのことはするが、本人が王になるという阿呆なら、私が止めるのにも限界がある」
「陛下は……ずいぶんな、お言葉を仰ったのですね」
何という物言いか、と思う。
本人も好きで王をしているわけでもないのだろうが……。
「その後私が成長しても魔力発動の兆候がないため、母上との約束を違えることもないかと思っていたそうだよ」
守る方法が権力から遠ざけるというのは、とてもわかりやすい手段だと思う。事実マチルダ様はローレンス殿下のことを歯牙にもかけていなかった。
ただ、陛下がローレンス殿下を優秀な後継者として育てられるよう可能性を探らなかった理由が前妃様の願いだというのは意外だった。もちろん事実上ローレンス殿下が後継者となるには実務での問題が多すぎたということもあると思うけれど、それでも『人なのか』と思ってしまった。
「阿呆な息子で申し訳ないけれど、私は王を目指すよ。阿呆な父上を、尊敬している」
「困り事があれば、遠慮なくご相談くださいね」
とはいえ、年齢以上に大人びたローレンス殿下が遠慮なく頼ってくれるとはあまり思わないのだけれど。
そもそも表で活動を始めた彼は、今後より多くの手段を獲得していくだろう。
しかし、ローレンス殿下は少し困ったような表情を浮かべてらした。
あれ?
「困り事……ではないのだけれど。私がもっとしっかりしたら、側で支えてほしいんだ」
その言葉に私は首を傾げた。
「お手伝いでしたら、今からでもさせていただきますよ?」
それにもかかわらず、しっかりしたらという前提はどういうことだろうか。そもそもローレンス殿下はしっかりしすぎている。
「うん、ありがとう」
ローレンス殿下からは明確な返答はなく、私にはさらに疑問が増える。お礼を言ってくださっているのに、どこかかみ合っていない気がする。
「私はエミリアから、いっぱい元気をもらった。私も暖かな日溜まりのような、そんな空間を作れるものを目指すよ」
え、日溜まり……って、私……?
それは嬉しいけれど、大げさすぎるし恥ずかしいし過分な評価です……! 目指されるも何も、それこそ今のローレンス殿下のほうが私よりも日溜まりらしいと思う。
それをうまく伝えなきゃ……そんなことを思っているときだった。
「あー、殿下。黙って聞いていましたが、さすがに幼い娘を口説くのはやめてくださいます?」
「お父様! 殿下をからかうのは失礼です」
いつの間にか馬車から出てきていたお父様を、私は慌てて振り返る。口説かれてはいない。決して口説かれてはいない! というか黙って聞いていたというのは、一体いつからそこにいらしたのですか!
けれどローレンス殿下はお父様が近づいて来ていたことに気付いていたのか、慌てる様子はまるでなかった。それどころか、余裕すら感じられる雰囲気だった。
「残念です。もう少しエミリアと話がしたかったんですが」
「あげませんって言ったでしょう」
「いますぐとったりはいたしません。迎えにこさせていただけるような者になれるよう、今から励む段階ですから」
その言葉を聞いた私が、殿下に問い返すことはかなわなかった。
なぜなら、私がお父様に抱き上げられたからだ。
「少なくとも、あなたの周りでも安全だと思えなければ側近になることなど許せません」
あ、そっちか。側近のお誘いだったのか。
一瞬別の意味を考えたけれど、政略結婚でもない限り、この年齢で将来の予約をいれようなんてことはないよね。もっと無邪気ならわからないけれど、ローレンス殿下だし。
いずれにしても、側近はともかく支えること自体は私は了承したのだけれど……。
「お父様、大丈夫です。殿下がお望みなら私は殿下をお守りできるくらい強くなります。お父様とお母様の娘ですから!」
これから訓練するからどんと任せて!
そう言わんばかりの勢いで宣言すると、お父様は目を見開かれていた。
「……だ、そうですが。ローレンス殿下?」
「ひとまず、守られなくても大丈夫なように私も鍛えますのでご安心ください。むしろ、守れるようになりたいとは思いますから」
「そうなさってください」
なんだろう、この、二人の間に流れている空気。非常に微妙で表しがたいのだけれど……。
「それより殿下、あまり時間はないでしょう。ここでゆっくりなさっててよいのですか?」
「……あまりよくないですが、お見送りだけさせてください」
「そうですか。では、急ぎ出発させていただきます」
そしてお父様は一礼してそのまま歩き出そうとしたので、私は急いでおろしてもらった。
そして急いでローレンス殿下にお願いした。
「殿下、ジェイドが生まれたら教えてくださいね。できれば抱っこしたいです」
「うん、もちろん」
「ディアナが、もうすぐ高速移動を覚えられるかもって言ってたんです。それだと羽馬さんよりずっと早く到着できるそうですよ」
「そっか、それは楽しみだよ」
そこまでお話ししていたらお父様から呼ばれた。出発のためだろう。
「では、お元気で」
「そちらこそ。道中、気をつけてね」
そして、私たちは王都から離れた。
王都への道のりは来たときとは変わらないはずだけど、気持ちの面では王都は凄く近い場所に変わった気がした。
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これにて第一部終了です。
お付き合いいただきありがとうございました!
以降は不定期となりますが、よろしくお願いいたします。