Person dirgel _ 謎の人物 _
――視界のすべてが淡い紫と桃に染められて、刹那。サァ、っと開けた時には、船着き場の人集りから少し離れたところに移動させられていた。
奇妙な浮遊感にも似た感覚の直後、なんとか立ったままフリューを抱えている恭行と、よろけて尻餅をつく典。慣れたように平然と掲げた片手をおろして二人と一匹に微笑みかけるメイ。
「さぁ! ついたわよ~! やっぱり情報が正確ねぇ、よくこんな術式作れちゃうわほんと」
「び、っくりした……うわ、ちょっと落ち着いてフリュー」
「あらあら、多分狩猟本能ね? 間近でその子たちの主食である海の魔獣が暴れてるから、興奮しちゃったのかも」
流石の度胸、じたばたと少々暴れるまでは行かずとも藻掻きはじめたフリューを抱えて平然、メイと話す恭行だったが、ふと周囲が静かなことに気が付く。
「……典?」
相棒の様子を確認すれば、立ち上がった直後のままに動きもしないでただ一方向を見つめている。
釣られるように確認すると、そこでは。
海面から顔を出した数匹の巨大魚が、その大きく開けた口から高圧水流砲のように水を吐き出していた。狙う先には、空中に立つローブを纏いフードでその容姿を隠した誰かだ。覗き靡いた髪は、暗く夜のような色をして流れている。
放たれた高圧水流は、その人に直撃――したかのように思えたが、それは翳された手のひらを中心としてその場で渦を巻く。ぐるり、ぐるりと巨大な球体に纏め上げられ更に圧縮。握り拳ほどの水玉に変わる。
それを指先で指し示した巨大魚の一へ、返す。と、凄まじい速度で巨大魚の脳天を貫いて仕留めた。
その間、残りのうち一匹が一度海中へ潜ってから勢い良く飛び上がる。空中に立つその人を喰らい噛み千切ろうと、仲間が仕留められた隙を狙って襲い掛かるも、触れる直前、弾かれたように吹き飛ばされる。
びだんっっっ!!!
気付いたときには、観衆の数m先で透明な壁のようなものに阻まれ、タイルの敷かれた地面に落ちた。びぢ、びくん、としばしの痙攣の後それは息絶える。
……残り一匹はといえば逃げ出したようで、沖合に背びれが沈んでいく様子が見て取れた。
すべてが終わり、歓声が上がる中でフードの人物はゆらりとその姿を消す。文字通り、揺らめいたかと思えば見えなくなってしまったのだ。
「終わったわねぇ、それじゃ帰るわよ~!」
興奮も感動も何も冷めやらぬまま、返答も聞かずメイは再び魔法を発動させて。またまた包まれ染められた視界はすぐに開けると、あの雑貨屋の裏方に戻ってくるだろう。
「っ――は~~~~~~~~………………何が起きてたのか全ッ然わかんねぇ……」
「あ、生きてた」
「ふふふん、楽しめたみたいでよかった~! “あの人”がやってたのは魔術よ、詳しいことは私にはわからないけどね」
キャピピ、と恭行の腕から逃れて床に着地したフリューが鳴く。もはや落ち着いた様子で座り込むと欠伸までしだしては、そのまま居眠りを始めてしまった。
「……なんか静かだけど大丈夫?」
「処理中なだけだ、待ちに待ったそれらしいファンタジーだけども急過ぎる……」
「心の準備とかする間もなかったものねぇ。まあまあ、お茶でも飲みましょ」
「いただきます……」
「いただきます」
とさり、と軽く座ったメイに続き、典と恭行も腰を下ろす。
「それで、」
一口、水分補給をしたあと典が口を開いたと同時にノック音が響く。
ごめんなさいね、とメイが席を立ち扉を開くとそこに居たのは先程のローブの人物。
その人は、メイに通されるまま部屋に入ると。
「こんにちは、初めまして」
流暢に日本語を話し、衝撃的な言葉を口にした。
「私は神々の代理人。挨拶に出向くことが遅れてしまい、申し訳なかった」
脱ぎとった布の向こう側。伸びた夜色の髪から覗く顔は、この世のものとは思えぬほどに美しく整った美術品のような、いっそのこと畏怖心すら抱いてしまいそうなほどのものだった。




