Tymor _ 季節と鍵の束 _
時折、川底が浅くなったのかイカダの底が擦れ、ガタガタと危なげに揺らぎ、その度に典がぎゃあすか騒いだりと、決して静かとは言えない船旅を続けて、かなり川を下った頃のことだ。
「そういやさぁ、半年間はあの場所で暮らしたけど、気温とか湿度とか……まあ、季節? 全然変わんなかったよな」
ようやくイカダの上でのバランス感覚を覚え始めたのか、あぐらをかいて頬杖をつきながら、適当に座っていた典がぽつりと一言こぼした。
「あー……言われてみれば確かにそうだったかも。そんなこと食料調達とかに必死すぎて気付かなかったけど」
言われるまで気付かなかった、というような様子の恭行は、ごろんと寝転び、緩やかに流れる雲を眺めつつ雑な返事を返す。
こちらは典とは違い、不安定なイカダの上でも比較的自由に動いている。
……恭行が寝返りを打つなどして動くたびにイカダが揺れ、そのたびにほぼ運痴と言っても過言ではない引き篭もり不登校児(笑)がバランスを崩していたのは余談だ。
「……もしかしたら四季が移ろうんじゃなく、場所で変わるのかもしれないな。この辺りはなんか、紅葉してるみてえだし」
「場所で変わるの? だったら冬みたいなところには行きたくないね、食料調達は大変だし、毛布とかないからたぶんこごえてそのまま死ぬと思う」
「サラッと恐ろしい事を言うな、こういう場ではそれが現実になることもあるんだぞ本当気を付けろよ、マジで。異世界転生とかしてる時点でおかしいしありえない話じゃ、ないっ、ぞっ、おぉお!!?」
このまま流れ着く先が雪国で、そこでの生活のことを考えてしまえば身震いの一つくらいはしてしまう。と、そのまま自分で想像した妄想を振り払うため、頭をブンブンと振った典はそのせいでバランスの均衡を崩し、危うくイカダから転げ落ちそうになってしまう。
「勝手にふるえて勝手にバランスくずして落ちかけるってなに……意味わかんないんだけど? どんだけバランス感覚わるいの大丈夫?」
「運動神経抜群の感覚派にはわかんねえやいちくしょう!!!」
「元気そうだし大丈夫っぽいね」
「……なあお前ちゃんと心配してる?? なんでそう冷たいんだよ。運命共同体だろもっと優しくしようぜ、つか美少女じゃないのはもう諦めたからせめてもっと優しくなって!!? あと急に動かないでくれ普通に落ちる無理死んじゃう!!!」
さて。
ここで彼らの進む先、数十kmは遠い場所に視点を移そう。
そこでは鎖の音とはまた違うような、金属同士がぶつかったり擦れたりする際に起きる特有の音が響いていた。
音源をよくよく注視して見てみれば、どれがなんのためのものなのか見分けのつきにくい、どこかの大切な金庫の鍵のようでありながら、子供のおもちゃのようなガラクタ風味も纏う、妙な雰囲気を放つ無数の鍵束を腰からぶら下げているそろそろ更年期障害でも起こり始めていそうないたって普通なのにどこか不健康そうな男がいるのがわかる。
「さあさ、いい感じのお客様は……」
その声は、そろそろ還暦を迎える頃だろうか、少ししゃがれかけた年季の入った音色をしていた。かなり落ち着いている声質だというのに、何故か軽薄そうで、調子の良さそうなトーンで話しているのがアンバランスだ。
「どこにいるのかな?」
ヴヴンッ……と、機械の駆動音のような振動が混ざり、不自然に声がブレる。
男は左目のすぐ上に左手でひさしを作り、右目を閉じた。すると左手のひさしから半透明のヴェールのような光が、片目だけのサングラス、そのガラスを彷彿とさせるように伸び出ていく。やがて左目を半円状に覆うように展開した膜に、二kmほど先の景色が映し出された。
「んーー…………………………いない、かなあ? この辺のどこかだって、僕のカンが確信してたのに。おっかしいねえ……?」
膜越しに辺りをぐるりと一周見渡したあと呟けば、更に少し遠く……だいたい一五kmほど先へとピントを合わせるように、若干目を眇めていく。すると半透明な膜に映る景色がズームし、一回り遠くの景色を映し出した。このタイミングで左目をまたぱっちりと開く。
「………………あーぁ?」
しばらくの間はそのようにしてぐるりぐるり。
時折逆回転にしつつ見回していればいつしか膜に映る場所は六十km程になっていた。その辺りを注意深くまたぐるりと一周、する途中に何かを見つけたようで、その口角がにんまりと歪められた。
「んー? でも見た目がなあ、見た目がだめだなあアレは。儲けの匂いがかけらもしないねえ」
口では年甲斐もなく不貞腐れたようにそんな事を言いつつも、その表情はどこまでも楽しげだ。
「いきあたりばったり、風の吹くまま気の向くままに。ってね」
まるで新しい玩具を見つけた子供のような。
まるで飢餓状態で目の前にご馳走が現れたときのような。
まるで、しばらくネット断ち及びゲーム断ちをしていたゲーマーが、久し振りにネトゲに触れたときの狂喜乱舞一歩手前、まさに直前。そんなような顔をしていた。
tips-『魔学』
この世界ではでは科学の代わりに魔学(魔術学、魔法学、魔導工学など)が発展している。基本的な技術レベルとしては~近世より劣る程度のものだが、場合によっては近未来にも近しいレベルの技術を有する者、または集団がいたりもする。




