ガルラ、初めての依頼②
受付に出していた素材をいったん回収した僕は、そのまま受付嬢に案内されて商会の奥へ進んだ。
普段客が入る場所ではないのだろう。表の売り場や窓口とは違い、奥へ行くほど空気が変わっていく。床は石造りで、荷車が通れるほど通路が広い。壁際には血抜き用らしき溝や水路が走っており、ところどころに古い傷や焦げ跡が残っていた。大きな素材を扱う場所というより、巨大な魔物を丸ごと持ち込むことを前提に作られた施設という印象だった。
やがて通された先には、三階建ての家くらいはありそうな高い天井の広間があった。中央には巨大な作業台が二台据えられており、壁際には斧、鋸、鉈、鉤爪のような器具、肉を吊るすための鎖などが整然と並んでいる。商会というより、ほとんど屠畜場か解体工房だ。
そこには既に人が集まっていた。筋骨隆々の男が四人。おそらく解体担当だろう。全員、腕だけで丸太をへし折れそうな体格をしている。さらにその横には帳簿や鑑定用の魔道具を持った人たちが五人ほど並んでいた。こちらは査定師だと思われる。
その中でも一番大柄な男が、腕を組んだままこちらを見下ろした。
「おう、あんちゃんか? お騒がせのがきんちょってのは」
「僕ですね」
「表じゃ査定師全員呼べだの地竜素材がどうだの騒いでたが、肝心の大物はどこだ? まさか呼びつけておいて、机に乗る程度の素材だけってことはねぇよな」
その言い方は少し荒いが、怒っているというより仕事前の確認に近い。大物を扱う部署だけあって、半端な案件で呼ばれるのは嫌なのだろう。
受付嬢が半ば呆れたように肩をすくめた。
「この子、収納魔法持ちです。表の窓口では一部しか出していません。量も質も、見れば納得していただけると思いますよ」
その一言で、解体担当の男たちの目つきが変わった。査定師たちも帳簿を構え直す。
僕は中央の大きな台を指差した。
「この台、使ってもいいですか?」
「ああ。壊さなきゃ好きに使え」
許可をもらったので、僕は収納魔法へ意識を向けた。まず取り出したのは地竜の死骸だ。空間が歪むように揺れ、次の瞬間、巨大な体が作業台の上へずしりと現れる。保存状態は悪くない。討伐後すぐ収納へ入れていたので、血の匂いこそあるが腐敗は進んでいなかった。
広間の空気が変わった。
「……おい、地竜だぞ」
「しかも状態がいい。鱗も割れてねぇ」
「どこで仕留めたんだ、こんなもん」
そんな声が聞こえたが、ひとまず続ける。まだ大きいものは残っている。
次に出したのはジャイアントハンマーラビット三体と、その名の由来にもなっている巨大な骨質のハンマー状部位だった。兎型の魔物とは思えないほど筋肉が発達しており、後脚の太さだけでも人間の胴ほどある。続いて、アーミーワスプの死骸を数十体。毒針が傷まないようまとめて収納していたので、取り出すと台の端に黒と黄色の山ができた。
さらにブラッティボアの変異種を一体。通常種より一回り大きく、牙も赤黒く変色している。最後に、トレントの幹材を束にして出す。これは魔物素材というより建材に近いらしい。以前、村の人が「ちょっといい家の柱に使える」と言っていたので、売れるかもしれないと思って取っておいたものだ。
「大きいのはこの辺ですかね」
そう言いながら、ふと思いついて卵と米と赤い調味料の瓶を一緒に取り出しかけた。
「卵にお米、ケチャップで味付けしてオムライスなんつって」
場が一瞬だけ静かになる。
受付嬢が無表情でこちらを見た。
「すみません、続けます」
すぐにしまった。今のはよくなかった。
僕が再び素材を取り出し始めると、広間のあちこちから低い声が漏れ始めた。
「なぁ、あれって……」
「ホークフィッシュの鱗だろ。しかもこの量、群れごとやってるぞ」
「こっちはゴーレムの核か? 一つ二つならまだしも、四つまとめて出てくるもんじゃねぇだろ」
大物を出し終えた後は、鉱石や小型素材の番だった。青白い光を放つ鉱石、黒い雷紋が浮かぶ鉱石、質の良い魔石、巨大な牙、硬さと速度で知られるホークフィッシュの鱗を袋ごと、植物系魔物の丈夫な蔓、ゴーレムの核を四つ。さらに未鑑定の石や骨、爪、皮、何に使うか分からないが妙に魔力を帯びた部位などを並べていく。
収納の中へ手を突っ込んでは出し、突っ込んでは出しを繰り返していると、途中で見覚えのある布がひらりと落ちた。
「あ」
一瞬だけ手が止まる。
作業台の上に転がったのは替えのパンツだった。
周囲の視線が集まる。
僕は何事もなかったかのようにそれを拾い上げた。
「失礼しました。これは査定しなくて大丈夫です」
収納へ戻す。
誰も何も言わない。
言わないのだが、査定師たちの表情は何とも言えないものになっていた。
「今の状況で一番普通の物が出てきたな……」
誰かがぼそりと呟いた。
「むしろ少し安心した」
別の誰かが頷く。
素材は作業台の上を埋め尽くし、ついには隣の台にも広がり始めた。査定師たちは最初こそ一つずつ確認しようとしていたが、途中から方針を変えたらしく、種類ごとに分ける者、状態を見る者、魔力反応を確認する者、帳簿へ仮記録をつける者に分かれて動き始めた。解体担当の男たちも、冗談を言う余裕をなくした顔で地竜やブラッティボア変異種の状態を確認している。
一通り出し終えたところで、僕は収納魔法を閉じた。
「とまあ、こんな感じなんですけど、どれくらいかかりそうですか?」
大柄な解体担当の男は、地竜の鱗を軽く叩きながら鼻で笑った。
「あぁ、こりゃ今日中に終われば御の字だな。地竜だけでも解体と部位分けに時間がかかる。そこに変異種、アーミーワスプの毒針、ホークフィッシュの鱗、ゴーレム核、鉱石類まで混ざってやがる。適当に値を付けていいならすぐ終わるが、まともに査定するなら一日仕事だ」
横で帳簿を抱えていた査定師が、絶望したように天井を仰いだ。
「はぁ……だから嫌な予感したんですよ。受付から『地竜素材が見えてる』なんて声が飛んできた時点で帰りたかったんです。しかもこれ、地竜だけじゃないじゃないですか。変異種に希少鉱石に未鑑定素材まで混ざってるじゃないですか。分類表を引っ張り出して、相場確認して、状態評価して、買い取り上限を確認して、場合によっては商会長の決裁も必要ですよ。もぉおおー……今日は絶対帰れない……」
最後の方はほとんど泣き声だった。
受付嬢はその査定師の肩にぽんと手を置く。
「諦めてください。私も定時は捨てました」
「道連れにしないでくださいよぉ……」
「もう全員道連れです」
なんだか大変そうである。
僕としては売れるものを持ってきただけなのだが、どうやら量と内容が少しばかり多かったらしい。
少しばかり。たぶん。
「えーっと……明日また来た方がいいですか?」
僕がそう聞くと、受付嬢は即座に首を横に振った。
「いえ、ここまで出された以上、今日中に仮査定だけでも進めます。正式な金額は後日になる可能性がありますが、素材の保管と記録はこちらで行いますので、ガルラ様はしばらくお待ちいただくか、先に用事を済ませていただいて構いません」
「じゃあ依頼を片付けてきても?」
「……普通なら初依頼前にこれだけの素材を持ち込んだ時点で十分おかしいのですが、もう今さらですね。行くのであれば、戻られた時に受付へ声をかけてください」
こうして僕の素材は、商会の解体・査定場に預けられることになった。
そして僕はまだ知らない。
この日、商会の査定部門で急遽残業が確定したことを。




