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暁の芽吹 ―レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode12「再会の序曲を踊る」
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⑫-1 病室の中の彼女

 時は1950年五月の最終週。シュタイン・アム・ラインは比較的に快適な気候で、日の入りは夜九時前後である。涼しさを伴う寒暖差はあるものの、過ごしやすい季節だった。


 シュタイン・アム・ラインの町に朱色の髪の女性が、診療所の受付の前に立った。

 受付に看護師の姿はなく、マリアはそのまま待つことにした。


「ふう」


 誰もおらぬその場所で、マリアは溜息をついた。

 イタリアのシチリア島での一件は、マリアを悩ませるには十分すぎた。


 何の情報もなかった、眼帯の男に出くわしたのだ。

 男は、アウローラの拠点を襲撃した内の一人だ。


 男が語ったことは、今でも信じられないことばかりだ。

 共に襲撃してきたアルビノの少年は、寿命だったという。

 嘘をついたとは思えなかった。


 マリアは、確か少年の眼を銃弾で貫いた。

 その感触が、今も手に残っている。


 しかし、男は言った。


 ――『お前に責任はない』と。

 単に致命傷ではなかった、ということなのかもしれない。


 男はマリアを待ち伏せしていた。前回の訪問時に、光によって警告したとも言っていた。

 マリアの動きを、男は把握している可能性がある。


 それだけではない。

 マリアは人間ではないと、はっきりと断言した。

 自分の中では納得していたかのようで、ショックではあったものの、妙に落ち着いている。


 マリアは不可視化し、亜空間へ入り意識を飛ばすことが出来る。

 スイスからイタリアへの距離くらいなら、肉体を移動させることも可能だ。


 それが人間離れした行為であるということに、何故気付けなかったのか。


 男はマリアのことをよくわかっているような口ぶりだったが、レイスの所在は知らなかった。

 自由に動ける立場でないということなのだろうか。


「はあ……」


 わからない疑問が増えただけのような気がして、再び溜息をつく。

 ぐるぐると、いつまでも同じ疑問や想いが頭の中を巡っていった。


 マリアは迷いを断ち切ろうと考え、頬を軽く叩いた。


「あら、マリアじゃない」

「マナさん……」


 マナは黒髪の天然パーマが特徴的な看護師である。

 驚いた表情をしているのは、マリアが人間ではないからなのではないか。

 一瞬だけそういう考えが浮かんでは消えていった。


「頬なんて叩いて、どうしたの? ティニアさんの迎えなら、まだ早いかもしれないけれど」

「あ、うん。退院の準備に……」

「ああ」


 マナは何度も頷きながら、ティニアの病室の方を見つめた。病室からは何の音も聞こえない。ティニアは寝ているのだろうか。


「アルベルトさんが来てたから、もう終わってるとおもうけれど」

「あれ、そうなんだ。出遅れちゃったわね」

「……ねえ、ティニアさんって」

「うん?」

「アルベルトさんとはいい感じなの?」

「うーん……」


 マナは基本的に素っ気ない。淡白というより、他人にあまり興味を持たないのだ。そんなマナが興味を持つとは、珍しい事である。それ程までにティニアに現れた男の影が珍しい。

 アルベルトはめげないどころか、ティニアと心を通わせていたように見える。

 ティニアがアルベルトに甘えている姿を見たことがあるわけではないし、想像も出来ない。


 それでも、ティニアの雰囲気が変わったのは事実だ。


「そうねえ。結構二人きりで会ってるのかな。……何かあったの?」

「浮いた話一つない、ティニアさんがねえ……」


 首をかしげるマナと別れ、マリアは病棟で唯一の個室へ向かった。


 ◇◇◇


 通路をまっすぐ進めば、ティニアの病室にたどり着く。

 マリアはその手前、ティニアの病室を通路で挟んだ反対側の部屋の前で立ち止まった。


 この部屋の向こうには、ティニアにそっくりな彼女が、今も眠っているはずだ。

 義理の姉、レイス。今は便宜上ティナと名付けられ、この診療所に入院している。


「…………」


 マリアはその部屋のドアに手をかけようとした。

 その時、痛そうな物理的ダメージを負う音が聞こえてきた。


「イタッ……」

「ちょっと大丈夫?」

「……はい、大丈夫です。いつものことですから、ははは…………」


 マリアは部屋のドアをいとも簡単に開けてしまったことに気付き、立ちつくした。

 この病室には、レイス――ティナがいるのだ。


 痛そうにしていた医師レオンは眼鏡を直しつつ、背後のベッドに座る女性へ声をかけた。


 マリアは眼帯の男が、レオンを気を付けるように言ったことを思い出していた。

 レオンが敵であるとするならば、マリアを壊さなければいけなくなるという。

 しかし、もしそうなら、あのレイスを黙って匿うことはしないだろう。


「ティナさんも、いつもすみません。ここのカーテンレール、赤く印でも付けようかな」


 ティナと呼ばれた入院着の女性は、医師に微笑みかけると、静かに頷いた。


 やつれ、病弱で希薄な彼女は、余計に美しさを増した。三つ編みを一つ結い、胸の方へ垂らしている。髪はマリアくらい伸びており、おそらく腰まであるだろう。

 ティナは、マリアが長い間探し続けていたレイスに違いなかった。


「ど、どうされました?」

「……あ…………」


 マリアはしまったと思ったが、もう遅い。ティナという女性と目が合い、視線を逸らせなくなっていた。入院中の起きている彼女に会うのは、初めてだ。

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